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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第三章 フェニックス辺境編

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23/57

不完全なフェニックスには何が必要か

※フェニックス辺境編はこれで完結です。


遊園地に行ったのは三日後だった。それはデートなのかとユズは聞いたら、そういうところが即物的だね、とブライアンが言う。ユズはということは、つまり、のように言葉に遊びを持たせないところを、彼はそういうのだろう。別に付き合っていない男女が遊園地に行ってもいいし、関係に名前を付けなくてはいけないわけはない。ユズはユズとして、ブライアンと一緒にいてくれればいいのだ。


「アレク!」

「おう、どうした、こんなところで、一人か?」

アレクシスにはユズが一人に見えるらしい。アレクシスはそばにジェイドを探したが、見当たらない。ジェイドは行っておいでーと送り出してくれた。今は、きっと公爵邸にいる。ブライアンはフェニックス領の人間には見えない、と言っていたが、アレクシスにも見えなくなってしまったようだ。なんとなく、ユズはブライアンがフェニックスになってしまうときが近いのだな、と感じた。

「観覧車にのるの」

「一人でか?」

アレクシスは信じられねえ・・・とユズを見る。

「アレクこそ、一人なの」

「エリーと待ち合わせしてる。・・・・花を送ったら口説けた。花ってすげえな」

ちなみに送る花はすべてジェイドに選んでもらったのだそうだ。そうだ、お前も女の口説き方くらい覚えろ、いい加減・・・ユズはため息をつく。花がすごいと言っているうちでは今日のデートは成功しない気がする。

「じゃあ、行ってくるわ」

「・・・寂しいやつだな」

「ほっといて!」

観覧車に乗る前に、ソフトクリームを食べたし、ジェットコースターにも乗ったし、おそろいのネックレスなんかも買ってみた。店員もそばの人もユズは一人で何かを喋っているので、遠目に変人扱いされた。ユズは別に気にしていなかった。だけどブライアンは申し訳なく思い、個室になれる観覧車だけでよかったのに、と彼女の優しさを噛みしめる。

「ジェットコースター、初めて乗った!」

「俺もです、これも吊り橋効果が期待できる乗り物の一つですよ。」

びゅーんってすごかったねー、もう振り落とされるかと・・・あ、ドラゴンに乗ったときと似てるかもしれない、とユズは賑やかだ。

「・・・ユズ。」

「何?」

ユズは高くなっていく景色を窓から眺めている。ブライアンは彼女にお別れを言わなければならないとずっと感じていた。

「ジェイドのことはどう考えてるの?」

ブライアンが言いたいことをユズは分かっていた。彼はだってきっとなんでも知っている。ユズが心のうちに隠していることも、絶対言わないと決めていることだって、実は知っているのかもしれない。

「どうって・・・考えても、分からないことが・・・、多くて」

ユズは一人では抱えていけないのに、近くにはだれも話せる人がいなかった。

「ジェイドを・・・私は、助けたいの。彼と一緒に生きていきたい。」

悪魔に呪われた魂は、もう戻ってこないし、悪魔が死んでも呪いは消えないし、ユズには八方ふさがりで、でも諦めたくない。だけどジェイドが自分の生きる道を諦めている。それはやだとユズはわがままを言えない。ジェイドが好きだとももちろん言えないのだ。

「ユズ、加護を集めて、何ができるのか・・・俺は知らない。こないだ言ったことはあくまで結果論から導き出した仮の答えと考える。悪魔の封印ができるなら、呪われた魂の蘇生だってできると思うんだ。」

「・・・・だけど」

「そうだね、ジェイドはきっと自分が助かる道は選ばない。でもユズは違う。願ってほしい。ユズが望むジェイドと生きる未来を。」

どうして、どうしてブライアンはそういうことを言うのだろう。観覧車がてっぺんにくるタイミングで。

「俺も、願う。二人が・・・」

「・・・ブライアン、見て・・・」

南の辺境の方だ。黒い、塊が押し寄せてくる。

「あれは、・・・何」

「人だ・・・ネプティーヌとシティズンの同盟軍」

「行かなきゃ!」

「・・・怖い・・・人が死ぬところは見たくない」

ブライアンの顔が泣きそうに歪んだ。ユズは手を握ってやる。

「一人でも、守るために行くんだよ。それが、私にできることだから、行くの。」

ユズの琥珀色の目は、そんなことを言っているのに優しかった。あそこは、前線。彼女を連れて行ったら、彼女は駆け出していく。彼女が死ぬかもしれない。手は震えるけれど、ブライアンは握り返した。

「・・・ユズ、最後に聞いてくれる」

最後なんて言わないでほしかった。ブライアンは眼鏡を外して、涙をぬぐう。拭ってもぬぐっても止まってくれない。

「俺に・・・不完全なフェニックスには、何が必要だったか。」


※※※


深紅の羽根が一つ、落ちて、まばゆい光が観覧車の天辺の席から漏れた。

遊園地の観覧車の上にその赤く金色に光る不死鳥が現れ、高く高く鳴き声を響かせながら、南の方へ飛んでいく。

アレクシスはその様子を見て、息をのんだ。あれが、神に一番近い聖獣と言われるフェニックス。遊園地に何の用で現れたのか、あたりの人々は騒然としていた。そして歓声が上がる。

フェニックスが出た!なんて素晴らしい日だ、今日は祝杯だ・・・と。みんなが周りを見合わせて涙を見せながら手を取り合い、喜んでいた。


「アレクー!!!」

遊園地内は馬は禁止なのに、ジェイドが常識外れに走り抜けてくる。エリザベスもジャスティスに跨ってきて来た。約束の時間にはだいぶ遅れていた。ただ事ではないのだと、表情を見て察した。

「ジェイド、フェニックスが」

「アレク、南辺境にすぐに行ってくれ」

「馬を持って来たわ、お願い、レジー兄さまを助けてほしいの」

「ネプティーヌとシティズンが連合軍になって攻めてきた。万病薬をめぐって折り合いがつかなかったらしい」

「・・・すぐに向かう、ジェイド、ユズが」

「ユズはもう行ったよ、すぐに、追いかけよう」

「嘘だろ、あいつ一人で観覧車に」

「一人じゃない」

もう全体分からないが、アレクシスはエリザベスからジャスティスを受け取り、跨り、辺境へ急いだ。

「エリー、万病薬を頼む。」

「なるべく急いで持っていくわ。あるだけ全部持ってきてもいいのよね!?」

ジェイドは頷いた。アレクシスを追いかける。

馬をこんなに走らせているのに、アレクシスに追いつかず、距離がどんどん開いて行く。馬の扱い方、馬の質もきっと桁違いなんだろう。ユズは無事だろうか、観覧車から飛び立っていったフェニックスをジェイドも見ていた。きっと一緒に行ったはずだ。フェニックスは深紅の翼を広げて、観覧車全体を包むほどの大きさで、金色に発光していた。あれは聖獣体で間違いない。視界が滲んでいくが、今は辺境に行かねばならない。ジェイドはもう見えなくなりそうなアレクシスの背中を追いかけた。


戦場につけば、軍隊が、押し寄せる連合軍に盾で防壁を作って対応している。こちら側からの攻撃はしていないらしい。一方的な攻めに対抗策としてはこちらも攻めて出るしかない。エリザベスの義兄にあたる、レジナルドが上官にそう進言しているが、上官はわなわなと顔面蒼白で事態を見ているだけだった。こういうことに慣れていないのだろう。こんなことになるなど今の今まで思っていなかった、という顔だ。

「フェニックスの・・・フェニックスの加護が・・・戦争など」

と呟いている。

「フェニックスは再生を示唆しているのでは!?」

「では、滅びろというのか!!」

「争っている場合か!指示を出せないなら、グリフォンから使者を立てる!どうする!?」

アレクシスは割って入った。

「王都の介入を許可する。レジナルド」

その男の目はレジナルドと同じ目だ。フェニックス辺境伯だ。レジナルドは彼の息子で、スタンシャインに養子に入った。わざわざ再婚するタイミングで。

「ではアレクシス、俺の軍を率いてくれ。マルコ、彼について行くように」

副官なのか、三十代くらいの男が、拝承をして、軍を動かす。フェニックス領の軍隊は赤い軍服を着ている。胸にフェニックスの勲章をつけて。アレクシスは馬で前に出た。


遅れること少し、ジェイドも到着した。

「レジー」

「ジェイド!ここへきては危険が及びます」

「俺はここでも魔法が使える。負傷者がいたら回してくれ」

「・・・かたじけない。衛生兵のほうへ回ってください。」

「レジー、ユズは」

レジナルドは首を振る。前線のグリフォンの加護は、アレクシスが操っているのか・・・、意識してユズを探すが、いないようだ。フェニックスの気配もこの辺境には感じなかった。


***


フェニックスが打って出たことで、現場は混迷を極めた。相手は決死の形相で、こちらの息の根を止めに武器を振るうが、アレクシスは受け流して、蹴飛ばすにとどめていた。戦の根源が薬なら、それを材料に交渉ができる。それまでこいつらを食い止める。なるべく、死人を出さない方向で。レジナルドからの指示はこちらの兵の指揮を大いに下げるものだったが、誰も死なないのなら、それに越したことはない。薬一つで戦争が起きる。その事実は普通ではないと感じた。それだけこの界隈では貴重な薬なのだろう。剣を鞘から抜かずに、一撃で相手を伸ばして、馬から落としていく。だいぶ倒したが、軍勢5万はいるだろうか。こちらの実力を制限して戦うのは、普通にやるのより難しい。相手も分かっているから質が悪い。着の身着のままで出てきて、装備もままならず、剣を振るう。五人、十人は一気に交わせるが、交わした後の隙を狙われる。ザクっと、脇腹に剣が刺さった。立て続けに襲ってくる輩を、振り切る。

「大丈夫ですか、止血を」

「必要ねえ、畳みかけろ!」

アレクシスは軍の指揮を執る。この軍は精鋭なのか、指示通りに騎馬が動く。一万足らずで、相手方三万を制圧できそうだ。向こう側が押されているのが気にかかる。

「あっちに百割けるか」

「サイモン、第二軍へ援軍は?」

「行けます。」

マルコはアレクシスへ頷く。

「むしろ百で足りますか」

サイモンは三百将だ。

「百で良い、ついて来てくれ」

アレクシスは自分の位置が分かるように旗を翻す。マルコに現場の指揮を任せ、第二軍と連合軍の間に駆けこむ。


「凄まじいな、あのグリフォンの将は」

「・・・百人、いえ、千人力といったところか」

レジナルドと辺境伯は戦況を見守る。

「レジー、エリーが薬を持ってきた、とりあえずこれだけ」

ジェイドはカバンいっぱいに入った万病治療薬をレジナルドへ渡す。後ろの方に馬車二台分はストックがあるという。交渉の材料はそろった。

「・・・あとはどうやって、話を聞かせるかだ」

この戦の止め方は、やはり力で制圧するしかないのだろうか。

「あの連合を動かしている将校を引き摺り出す。」

静かな声が響いた。


「ユズ」


ユズはうつろに連合軍を見ていた。ゆっくりこちらへ歩いてくる。ジェイドの呼びかけにも答えず、そのまま歩いて行く。彼女は剣を持っていて、グリフォンのオーラと、金色のオーラもまとっている、不思議で、だけどビリビリとした威圧感を放っていた。現に誰も口出しできず、彼女の歩みを止められない。鎧も兜も、軍服すら着ていない。普段のスラックスと白いシャツを着て、深緑のローブを羽織っただけの格好だ。

レジナルドははっとして正気に戻る。

「行っちゃだめだ、死ぬ!」

ユズに駆け寄って、前に回る。だけど彼女はこちらを見ない、レジナルドを押しのけて前に進む。

「後に続け、彼女を守れ」

レジナルドは自ら馬を率いた。彼女の前に出て、ルートを作るのだ。そして気づかなかった。敵が自ら、道を開けていく。そしてひれ伏して、そこが道になる。一体、どうなっているのだ、とレジナルドはゾワッとした殺気なのか、怖気なのか分からないものを感じた。空が、神々しく光っていた。上に深紅の翼を広げたフェニックスがいた。それは明らかに威嚇をして怒気を放ち、彼女に武器を向ける者は、何かに押さえつけられるように這いつくばるのだ。

ユズは、泣いているようだった。それでも、前に進まねばならない。

「・・・化け物が」

将校のところまでたどり着くとネプティーヌの将がそう憎々しげに吐き捨てた。

「薬が欲しくないのか」

「あるならなぜ今まで出さない!お前らのせいで何人死人が出たと思っている!」

ユズは腹が立った。この薬を当てにして、努力も何もしなかったのはお前たちだろうと。自分たちの国の責任を転嫁して。この薬を作り上げるのに、ブライアンは17年、ノート100冊の記録を作ったのだ。そんなことも知らないくせに。

「戦を起こすなら、今後フェニックスから融通はしない。すべて王都に送り、王都の管轄にする。これは、国家機密に値する薬だ。」

今まで親切で融通した結果、こんなことになるのなら、最初から。フェニックスは救いたかっただけだ。苦しみや人命を。感謝され、信仰され、平和を築いてきた。だけどその優しさが、政治に利用されようとしている。

「王都が介入?それは関税をかけるというのか!」

「今、苦しむ民を見捨てる?フェニックスのくせに」

シティズンの将校も食ってかかってくる。フェニックスは利用価値のあるものだ、そんなふうにしか捉えていない。こんな人間がいる国に、それでも慈悲をかけ続けた結果だ。この聖獣は、争いを好まないゆえに、逆境に置かれて苦しむ。

変わらない。人間の醜さや愚かさは。17年、姿を消し続けたとしても。現れたらまた利用されるだけだ。でも、それをあえて選ぶと、人とともに歩み続ける道を、選んだ。選んだ責任を取らなければいけない。

「わかったわ、戦争ね。レジーそれで良い?」

ユズはレジナルドを振り向く。レジナルドは瞑目して、歯を食いしばる。

「ほかに道は・・・」

フェニックスに聞くように見上げる。キラキラと光の粒が降ってきた。

「この薬はフェニックスの涙。だから、守ってほしい。これからは、どうか、簡単に差し出したりしないで。苦しんでいる人を助けるために、フェニックスを犠牲にしないでほしいの」

「そうか・・・フェニックス領は、もうずっと前から、終わっていたのか」

信仰が廃れ、与えられることが当たり前になり、人々は廃頽した。戦のないことが、平和がもたらした弊害である。

「フェニックスと生きるというのなら、覚悟を決めて」

ユズが言う。レジナルドは決意をもって、ネプティーヌ、シティズンの将校を見据えた。

「戦います。決別だ!」

周りを囲んでいた敵兵とユズたちを守るように囲んでいた自国兵が一斉に動く。ユズは剣を抜いて、応戦した。レジナルドは将校二人と対峙する。ここは敵兵のど真ん中で、図り間違えば、自分の首を取られるかもしれない、だけどユズは強かった。向かってくる敵の騎馬を平地にいながら、剣一本で屠っていく。

レジナルドはまずネプティーヌの将を討ち取った。シティズンの将校は逃げ腰で、レジナルドにネプティーヌの将が切り伏せられたのを見て逃げ出した。

「追え」

もう情け容赦はかけられない。明日は倍の軍を率いてくるかもしれない。逃げた将を副将が串刺しにする。将校を失った敵兵は、もはや有象無象。5万の連合軍はあっという間に崩れ去っていた。


敵が撤退して、幾人もの犠牲が国境の平野に転がった。


「地獄絵図だ」

苦しそうにレジナルドは言う。

「ユズ!無事か」

アレクシスが白馬で駆け寄ってくる。彼もだいぶ満身創痍だ。これも自分が出した無茶ぶりを彼が引き受けたからに他ならない。


ジェイドが負傷した兵に薬を取らせていた。万病薬は完璧で、飲んだら身体から光を発して傷を癒していく。

「負傷している敵兵はどうしますか?」

「送り返せ。」

「治療はしなくてもよいですか」

「普通治療で良い。」

吹っ切れたのかレジナルドは指示を出していく。戦うのだ、これはフェニックスを守るために必要なことだ。


『ありがとう・・・神殿で待つ』


フェニックスが消える。この声は、フェニックスの声で、ブライアンの声ではなかった。



***



南辺境が戦に踏み切ったのは、あの魔法大戦を除けば、実に五百年ぶりのことである。今の代のフェニックスは人間が嫌いなようだ、代替わりしてからずっと加護も薬もくれず、現れなかったことも、人々は悪く噂する。安寧に埋もれ人自体が頽廃している、というのは本当なのだろう。かつて、戦は世直しとして使われることもあった。クーデターなどがそうである。


王都への報告、万病薬の保護の申請、軍備の強化・・・フェニックス辺境伯を巡る側近たちは忙しく、ジョージ・スタンシャイン公爵家もその余波を受けていた。レジナルドは軍に入り浸り出し、ジョージ自身、辺境伯の屋敷に足しげく出入りしていた。


「・・・ジョージ、今のフェニックスは人身御供を行ったそうだ。知っていたか」

「ひと・・・それは誠ですか・・・いや、なら姿を現さなかった理由にもなる」

「先代よりもだいぶ、人間不信のフェニックスになりそうだ・・・」

「守って、やらねばなりませんね。フェニックスも、この辺境も。その・・・人身御供になったものに心当たりは?」

「いや、戸籍も探させたが、17歳になるもので該当者はいない。戸籍さえもなかったと。神殿の地下に、薬についての研究が記録されている書物が大量にある、たしかに、生活していた痕跡はあった・・・私としたことが、フェニックスが現れるまで、存在に気付かないとは。なんて愚かな」

フェニックス辺境伯は自分の愚かさに嘆く。そしてたった17歳の性別も定かでない子どもを犠牲にしてしまった事実をできるだけ明らかにしたい、とジョージに話した。ジョージも協力を惜しまないことを述べる。

「そういえば今日、出立だったか。グリフォンからの使者と遠方の国の王弟は」

「はい、神殿に寄ってから、と。辺境入り口まで見送ります。」

辺境伯の屋敷は、神殿から近くにあった。ジョージはユズとジェイドを馬車でここまで連れてきていた。


***


フェニックスは、大きさを自由に変えられるらしい。今日は烏くらいの大きさで、神殿の上の止まり木に止まっていた。

『よく来たね。加護を貰いに来たのだろう。』

低く、心地の良い知らない声がフェニックスから聞こえた。ジェイドが剣を差し出すと、剣に金の縁を纏ったガーネットが羽の形に刻印された。そして深紅の飾り羽を一つ、ひらひらとユズの手のひらに落とす。

『ユズには、感謝しているよ。これを言ったら、お前はまた泣くだろうね』

ジェイドはフェニックスからユズを庇うように前に出る。

「今まであった聖獣の中で、あなたは一番残酷だ」

『どちらが、残酷なのだろうね。』

フェニックスはゆっくりと話す。

『ブライアンは、この神殿で出産され、へその緒が付いたまま、あの中央の棚に置かれていたんだよ。生まれたことを祝福されず、どれだけ泣いて助けを求めても、誰一人助けには来ない。母親は名前だけつけて、早々に辺境を出て行ってしまった。三日三晩、泣いて、疲れて眠り、腹が減って泣き、だけどだんだん衰弱していく・・・私がブライアンを依り代にしなければ、あのとき消えてしまった命だ。確かに私は残酷だね。あの時、赤子のままでほおって死なせておけば、今こんな喪失の苦しみを味わうことなどなかった。』

依り代を本体にして、今湧き上がる力を感じていた。これがフェニックス本来の力で、今は加護を完全なものを与えることができる。

『あの子は可哀そうな子だ。誰からも愛されず、だけど人の役に立ちたいと勉強し、認識もされないのに、必死に薬を作っていた。言葉も知識もすべて独学で、やがて人に興味を持ち始めた。エリザベスやジェーンがよく遊びに来ていて、年の近い子どもには親近感すら感じていたようだよ。エリザベスの願いを聞き入れてやれなかったときは落ち込んでいたし、ジェーンが病気になった時も、なんとしてでも治してやらないといけないなんて思った』

ブライアンの人生を、今聞いている・・・とユズは思った。聞けば聞くほど、胸が苦しくて、呼吸が乱れた。

『愚かな人間に利用されているだけだよ、と私が言っても、それでも人を助けたいと彼は言ったよ。でも欠落しているものがあってね。人間にもフェニックスにもなりきれない中途半端な存在だった。万病薬は作れない、加護も不完全。どんどん自信を無くして、それでもジェーンの病気は進行していく。焦っていたんだね。そんなときにお前たちは来た。フェニックス領の人間じゃなければ、姿を見せることができる、今まで人間と話したこともなかったのに、飛び込んだんだ。もう、終わりだと私は思った。人と交流してしまえば、欠落している部分が補われるのも時間の問題だろうと。だから、最初から・・・お前たちが来た時にあの子は終わりは決まっていたんだ。』

耐えきれずに、ユズの目から雫が零れ落ちて行った。

出会ったことが、終わりだったと。そんな風に言われて、心が震える。私が、終わらせてしまった。それは、ユズにとって重い事実だった。


『ジェイド、苦しいか。もう加護を集めるのはやめてしまえばいい』

「やめない。ここまで来て・・・でも、俺の加護のために、ブライアンを失わせたくなかった。命が欲しいなら、俺のを食えばいい、どうして、どうしてブライアンが」

『私はね、このままブライアンが覚醒しないで、この辺境が滅びてもいいと思っていたんだよ。人間が嫌いだからね。人間の作る世も、お前の加護のことも私にはどうでも良いことだ。しかし、お前の加護のために、ブライアンが希望して私に身を捧げた。その意味をしっかり考えておくれ。』

耳が痛い言葉だ。完全な加護を渡したいとブライアンは言った。そして彼は、終わりを知っていた。ユズと遊園地に行くと言った朝、ユズを先に行かせてジェイドを振り返ったブライアンを思い出す。

「次に会うときは、きっとフェニックスだ。見て、涙が金色になった。これで、万病薬も完成する。ジェイド・・・本当にありがとう」

そう言って、抱擁をした。心なしか身体が透けていた。ジェイドは何も言えなかった。さよならも、ありがとうも、息が詰まって。

「ジェイド、ユズを頼みます。泣かせたら、化けて出ますからね」

ブライアンは笑って、ユズを追いかけて行ったのだ。


——————


神殿から出て、無言で階段を降りていた。

「先行くわ」

アレクシスがずんずんと先に山を下りていく。後ろに残されたユズをジェイドは振り返った。アレクシスはこういうことろでもっとユズを気遣ってやればいいのに。ユズは涙で前が見えていないようで、時々グズグズと足を止めて涙をぬぐっていた。頑張って止めようとしているようだけど、無駄な努力というやつだ。

「・・・おいで」

ハンカチを差し出して、彼女の手を引いてゆっくり階段を降りる。

「・・・知ってる、ジェイド。不完全なフェニックスに必要だったもの」

「・・・」

ジェイドは応えなかった。


「ブライアン、良かったって・・・会えたこと」


その出会いが、自分自身の終わりを意味していても。



——————————


「・・・ユズ、最後に聞いてくれる。俺に・・・不完全なフェニックスには、何が必要だったか。」

ユズは窓から目を離して、ブライアンの金色の瞳を見つめて、ゆっくり頷いた。彼の身体が透けていて、今にももう触れなくなってしまいそうだった。

「俺は、あなたが好きです。この気持ちは恋と呼ぶにはあまりに拙く、だけど愛であることは疑いようもないようです。この苦しみのような、切なさのような、幸福のようなものをあなたが俺に教えてくれた。」

「私が、・・・あなたに教えられるものなんて、」

ないはずだ。彼はとても物知りで、ユズの知らないことをたくさん知っている。ブライアンがユズの手を取って、ゆっくりと首を振る。

「やっと、人間になれた気がする。そして、完全なフェニックスになれる。この気持ちをずっとずっと知ってみたかった」

ブライアンの身体が金色の光に包まれていく。

「ありがとう、ユズと会えてよかった。」


人に愛されるということ。そして人を愛するということ。それが知りたかったのだ。どちらも一人では決して成しえない。


———————-


会えてよかった、彼に言われたら、こっちがやるせない。会わなければ良かったなんて、思ってはない。でもどうしたってこの気持ちは言葉にできない苦しみを伴う。自分のために彼を終わらせてしまったと。


「・・・ジェイド、ジェイド・・・私は、」

私もあなたに会えて良かったと、私は最後に言えるのだろうか。ユズはやっぱり言葉が出てこなくて、立ち止まって目を押さえる。ジェイドは歩くのをやめて、ユズを抱き寄せた。頭を優しく撫でて、でもだんだん抱擁が強くなっていく。何も言わない彼が、ユズにも何も言わなくても良いと言ってくれているようだった。


いつかブライアンが転げ落ちないように押し倒した階段で、日が暮れるまでユズは泣いていたのだった。



フェニックス辺境編-完結―


ユズ・グリフォン

今回はちゃんと主人公。無自覚に少年の恋心をつかむ。

バニーガールに興味津々。研究所生活では、夜はジェイドが寝静まってから起きて、ブライアンとエッチな話で盛り上がっていたことがたびたびある。二人とも思春期。ブライアンのエッチな話は、難しいけど興味深い。


ジェイド・ウラヌスタリア

今回は特効薬を作る。ヒーロー枠をブライアンに取られた魔法使い。ユズとブライアンの関係は微笑ましく思っている。夜な夜なユズとブライアンがこそこそ際どい話をしているのは知っている。アレクシスに恋愛指南をするが、まったく伝わっていない。手のかかる子が多く苦労している。


アレクシス

今回は脇役。兄のようなものからお目付役に降格した。エリザベスに振られたのが解せぬ。自分の力じゃ振り向かせられなかったので、ジェイドの助言通りにしたらデートに誘えた。さらに解せぬ。


ブライアン

今回ヒーロー枠。フェニックスの人身御供。赤ちゃんの時から万病薬の実験に励む。ジェイドとユズは実は初めて話した人である。研究熱心で、いろんな学術書を読んで、一度記憶したことは忘れない。これはフェニックスの力なのかは不明。ユズがバカなのが可愛くて仕方ない。自分の話で目を回していると、抱きしめたくなる。我慢。純潔を失ったら死ぬので。


エリザベス

悪役令嬢枠の妹にはめられている役どころだが、不屈の精神でむしろ遣り込める勝気なお嬢様。ステラが山に捨てられたのはエリザベスの激怒によるもの。アレクシスの容姿が通用しない。ポーカーが強く、面倒見も良い。


ステラ

悪役令嬢枠。アレクシスを落とそうとするけど、なぜかアレクシスが姉のほうにアピールしだした。不完全なフェニックスの加護を持っているが、アレクシスに通用しないのは、アレクシスがグリフォンの加護を持っているからである。


レジナルド

辺境伯からスタンシャイン家に養子に入る。そのうち辺境伯補佐として南辺境を担う要人になる予定。今は第三軍を率いる将軍。


ジョージ・スタンシャイン

エルヴィンの叔父さん。妻を二回亡くしている。今の妻と再婚したときにレジナルドも一緒に養子に入ったので、ステラやエリザベスはレジナルドが今の奥さんの子どもだと思っている。フェニックス辺境伯補佐を担っており、レジナルドを後任にしたい。


オニキス

ユズの兄。外伝で城に入ってみた。とりあえず魔獣は討伐。悪魔は魔力をうまく使えていなく、物理攻撃が有利であることが分かる。オニキスの容姿は割とユズに似ている。黒髪に黒真珠のような綺麗な目をしていて、それなりに整ってはいる。妹からの手紙が欲しくて拗ねる。


エルドラド

ジェイドの兄。ジェイドからの手紙でメジタリベを調べろと言った人。一を聞いて十を知る賢いお兄さん。ちなみにジュピタル王国の人間は魔力がもともとないので、メジタリベにかかると全身白くなってしまうらしいという裏話もある。


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