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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第三章 フェニックス辺境編

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ブライアンとフェニックス


夜に妖精草とオオカミ草を取りに行ったり、昼はタンザナイトを発掘したり、息つく間もなく一週間が過ぎた。メジタリベの治療薬第一段ができて、ブライアンは大学病院で臨床実験をしてもらう、と持って行った。


ジェイドは三日三晩眠っていなかった。ユズは元気そうだ。何やらキッチンでやっているようだった。つかの間の休息で、ユズを見ていたけれど、ジェイドはいつのまにか机に突っ伏して寝ていた。

ユズはブランケットを彼にかけてやり、臥せった睫毛が意外と長いな、とその横でマジマジとジェイドを見つめた。お疲れ様、といつもしてもらっているように彼の頭を優しく撫でた。クッキーの焦げる匂いがした。ああ、失敗だ。ユズは、ため息をついて、キッチンへ行くのだった。

「やべ、寝てた。ユズ、何をした、焦げてる」

「うん、焦げた。でもそんなに悪くない」

ジェイドが起きた。ユズは焦がしたクッキーを口に運ぶ。

「怪我は?火傷はしなかったか」

「うん、ちゃんと手袋をしたからね」

これはドラゴン製の丈夫なものだから、熱した鉄だって掴める代物である。普通はそんなものをオーブンミトンにはしないが、ここは研究所。逆に普通のミトンはない。

「俺にもくれ、あーんして」

寝ぼけているのか、甘えているのか、ジェイドがそういう。

「はい、あーん」

なんか新婚さんみたいでユズは照れながら、焦げたバタークッキーを彼の口に運んだ。

「うん、意外にいける。料理の才能もあったのか、さすが俺のお姫様」

「今度は包丁使うやつもやってみたいの」

「・・・なんかまな板が切れそうだよな」

ジェイドは想像してちょっと恐ろしくて、笑った。

「包丁は皮むきからがおすすめかな。りんごとかじゃがいもとか。アップルパイでもポテトサラダでも、今が旬だし、今度一緒に」

「ジェイド!大変です!」

ブライアンが駆け込んでくる。ジェイドは跳ね上がる。ブライアンはジェイドに突進した。泣いているようだ。

「ジェーンが、ジェーンが運ばれてきてっ」

もう心臓が止まってしまいそうなのだと取り乱している。

「薬は?」

「・・・分からない、俺はもう見ていられなくて」

間に合わなかったのかもしれない。ジェーンを助けられなかったのなら、加護はもらえない。フェニックスはそう言った。

「私が見てくる。」

ユズは立ち上がった。顔は蒼白で、だけど精悍だった。ユズはブライアンの頭をポンポンと叩いて、研究所を出て行った。ジェーンはICUにいるようだ。マリエッタとエリザベスが椅子に座って、両手を合わせて、神様に、それこそフェニックスに祈っている。壮齢の男の人もいた。おそらく父親だ。ジェーンが死ぬなんてこと、ユズはちっとも考えなかった。ジェイドの特効薬が完成して、それで、治ると思っていた。こんな結果は、来ないと高を括っていたのだ。

エリザベスが震えるマリエッタの肩をさすっている。気丈な彼女も涙で顔を濡らしている。嘘と言って、ジェーン。あなたともう、話せなくなるだなんて。ユズは鼻が痛くなるのを感じた。


ICUの扉が開いて、慌ただしく医者がやりとりをしていた。

「うそだろ、」

「いや、反応ありだ」

「でも誰が指示した?」

「わからない、いや、・・・なら、フェニックスか!」

一人医者が出てきた。

「結果から言いますと、峠を越えました」

マリエッタは崩れ落ちた。ほんとに、本当ですか、と父親が医者に駆け寄った。

「これはフェニックスが届けてくれた治療薬です。これを使ったら心臓の石化が収まった。時期に身体の石化も緩和していくでしょう。一か八かで、何の薬なのかも分からず、ただ『使って』と書き置きが。」

「この病院はときどき怪異が起こるんです。えっとフェニックスのせい、にしていますが。フェニックスはときどき患者のカルテも読んでいきますよ。」

もう一人、看護師らしい女性が来て、話していく。父親はマリエッタと顔を見合わせて、治療室に入っていった。

「家族水入らずにしましょ。・・・心臓が、縮むかと思ったわ」

エリザベスはだけど泣いていて、ユズは手持ちのタオルハンカチを差し出した。

「あら、ユズもひどい顔よ・・・良かった、本当に良かったわ。」

エリザベスはユズの肩を抱きしめてくれた。ジェーンの病の進行は、普通の女性のものよりは早かったのだ。ジェーンの年齢が若いせいである。若いと細胞の新陳代謝が活発で、それがこの病気にはだめなのだそうだ。ユズはエリザベスと一緒に研究所へ来た。ブライアンは伏せってしまったとジェイドが教えてくれた。

「ジェーンは」

「一命を取り留めたわ」

「・・・良かった」

ジェイドも張りつめていた緊張を解いた。ユズはブライアンのところへ行った。寝てなんていなかった。隠れて、話を聞いて、ボロボロ泣いている。ユズは一緒にしゃがみこんで、彼のふわふわの紫の髪を撫でてあげた。

「俺、俺また、人を殺してしまったって・・・もう、もう怖くって」

彼はジェイドがくるまで一人でずっと薬を作り続けていたのだ。その心労は計り知れない。

「良かった、ブライアン、良かったよ。頑張った、ありがとう」

ブライアンは首を振った。涙がキラキラと光って飛び散る。

「何も、何も・・・もし、一歩間違えば、間に合ってなかった」

「でも間に合った、間に合ったことは事実よ、ブライアン」

ユズはブライアンの肩に手を当てて、目を合わせて、眼鏡を取ってあげた。その金色の目を素で見たのは初めてで、思った通り、すごく可愛い顔をしている。

「私の胸を貸してやろう」

「・・・え、」

「泣いている子には胸を貸すものだよ」

「・・・意味が違う、肩を貸すだよ、ユズのばか」

ブライアンはだけどユズに引き寄せられて、鎖骨のあたりに額をぶつけて、一通り泣いた。ユズは暖かくて、優しくて、この子のことが、好きだと自然に思うことができた。それはブライアンにとっては初めてのことだった。


***


その午後、ジェイドは眠気を押して、ブライアンと一緒に病院の医者への説明を行った。まず自分はフェニックスの難題で特効薬づくりをしなければならなくなった者だ、と説明から入った。「じゃあ、あの薬はあなたが?」と医者たちは顔を見合わせる。だけどやっぱりフェニックスの思し召しだと喜んだ。ある程度の年齢のものはフェニックスをしっかり信仰していたし、とくにこの神殿直下の病院ではそれが厚いのもある。フェニックスの兆候を感じたのは医者たちも久しぶりだと言っていた。そのうち、あの止まり木に止まってくれるだろうか、と思いをはせる。代替わりをしてから姿を現さないフェニックスを大人たちは案じていた。

魔法使いの医者もいて、ジェイドの説明を聞いて、メジタリベの特効薬が効くとは全く思わなかったと驚愕していた。固死の病を患っている入院患者に明日から臨床治療を行い、記録もつけてジェイドに渡してくれる、ということだ。今すぐ患者の心臓をスキャンして、メジタリベを患っているかどうかを調べないと、と医者は慌ただしく動き出した。


研究所へ戻ると、ユズが椅子でくるくる遊んでいた。

「おかえりー」

「ただいま・・・で、特効薬は作れたから、加護をもらいに行けば、良いのか?」

「・・・加護は、不完全な加護でもいいのですか?」

ブライアンは聞く。きょどきょどと目を泳がせている。こんなに尽力してもらったのに与える加護が不完全では申し訳がない気がする・・・と落ち込んでいる。

「不完全な加護だと、どうなんだ?ブライアンは加護を集める者の話は知っているのか?」

「そうですね、加護を集める者は千年前に一度現れたきりです。千年前に何があったと思いますか?」

ブライアンは聞いてきた。今から千年前、文献すら残っていない時代である。ブライアンも又聞きの又聞きだったし、確証はもてないが、分かりうることは話そうと協力の姿勢を示した。

「その話をする前にシリウス歴がなぜできたか、という話が出てきます。シリウス歴はゼウス歴のラグナロクの果てに創生されました。神々の時代、史上最悪の悪魔サタンが登場し、闇の生物を使役しました。巨人が家々を踏みつぶし、巨大なオオカミ、悪魔の蛇リヴァイアサンが次々と英雄を討ち取り、この世界全体が火の海なり、やがて大洪水が起こり、世界は海の下に沈んだと。」

この国の起こりまでブライアンがさかのぼった。ユズがぽかんと口が開いたから、ブライアンはその顎を抑えて、口を閉めて、頭を撫でてやる。

「その再来の危機が、シリウス歴1500年、およそ千年前に訪れたんです。そのとき加護を集めし者が現れて、その危機を脱した。」

ブライアンはフェニックスの歴史が記録されたどこにも置いていない分厚く古めかしい書物を取り出してきた。中身は何と書いてあるのか分からない文字で記されている。これを彼は解読したというのだろうか。

「加護を集めると何ができるんだ?」

答えは返ってこないだろう、とジェイドは知っていたが、聞く。

「聖獣は、代替わりするものとしないものがいます。おそらくその時も生きていたであろう西のタマモ、北のラルフは実際に起きたことを知っているはずです。どちらも意地悪なので教えてくれませんが。一方グリフォン、東のドラゴン、そして南のフェニックスは代替わりをする。グリフォンは300歳を過ぎたあたりでしょうかね、ドラゴンはこの前ゴッドがやっと生まれたと。ドラゴンに関していえばゴッドがいないときは大変苦しい時期に相当すると言います。ゴッドが生まれれば繫栄するでしょう。そして、フェニックスですね。千年の寿命はありますが、今の代のフェニックスはどうにも力が弱く、人を怖がり、歴代で最も不出来なんです。しかし不出来ながら、物知りではあるのです。加護を集めると何ができるかを、ラルフやタマモが教えてくれないのであれば、自分で可能性を潰し、ある結論を導きました。」

ブライアンはつらつらと例の調子で話し出した。ジェイドはそれに聞き入っている。彼はどうして、ラルフの名前やゴッドドラゴンのことまで知っているのだろうか。グリフォンの年齢までも調べて知れるものなのだろうか、そして何より、加護で何ができるのかを導き出したなんて。

「加護は悪魔に作用する。加護によって悪魔を封印できると考えます。千年前、セレスティン・グリフォンは、ラグナロクの再来を企てる悪魔を封印したのではないかと。」

セレスティンの名前が出てきて、ユズははっとした。自分が持っている剣に記されている名前である。

「・・・今、俺の国にいる悪魔は、」

「ジェイドの国にいる悪魔も、力を完全に取り戻せば、この世界を崩壊させ、悪魔の世界を作る。そのために、聖獣を殲滅し、封印を解こうとしている・・・。悪魔はジュピタルの王城の地下深くに封印されているからです。聖獣がいれば、悪魔は近づけませんから。」

「なら、ジェイドの国にいる悪魔は実体じゃないってことなの」

ユズは分かったところだけを聞き返した。

「そうですね。聖獣をジュピタルからウラヌスタリアに呼び寄せて、その隙を狙う危険性もあります。」

「・・・加護を集めても、持って行って、召喚してはだめ、なんだな」

震えるように、ジェイドは聞いた。

「一概にはそうとは言えない。ジュピタルとウラヌスタリアは鏡の位置にある。ウラヌスタリアで悪魔を封印しなければならない。俺はそう考えています。」

悪魔の封印術式が、解けたわけではなく、地底を通じて、悪魔が出てきたのだ。長い年月をかけて。ジュピタルの魔素を吸い力を少しずつためて。

ジェイドは息を吐きだした。やらなければならないことが、だんだんとはっきりしてくる。答えが返ってくるとは思わなかったのだ。ドキドキと心臓が痛い。動揺しているのだ。


「ブライアン、お前は・・・フェニックスなのか?」


ラルフがバジリスクであったように、人間に擬態している聖獣もいることをジェイドは知っていた。ジェイドはちょうど17歳。フェニックスが生まれた年と一致するし、彼はどことなく自分は人間ではないようなことを言うのだ。


ブライアンははっとして、一呼吸置いてからまた話し出した。

「それは当たっているようで少し違います。俺は人身御供。フェニックスの意志、言葉を伝達するものです。フェニックスが完全に復活すれば、フェニックスと同化する・・・今はまだ人ですが、・・・いえ、もう人ではありません。俺の姿は、フェニックス領の人間には見えないのです。」

ジェイドは、衝撃を受けた。そんな存在が、実在することに驚きとショックを隠せなかった。見えない・・・そうか、だからエリーが彼の存在を知らないと言ったのか。

「ひとみ、ひとみごくうって何」

ユズはおろおろとジェイドと、ブライアンを交互に見た。ブライアンが説明しようと口を開くのをジェイドは止めた。

「・・・だ、大丈夫だ、ブライアン・・・ユズには」

ジェイドは首を振った。ブライアンは少しほっとしたように口を閉じる。

「ユズ、あとで俺が話す・・・しかし、困ったな」

加護は不完全ではだめだと思う、とブライアンが言う。だから頑張ってあなたに完全な加護を与えられるようにしたい、と。だけどそれは、ジェイドにも、ブライアンにも一番の試練であるのではないかと、漠然と感じた。もうこれ以上、先をジェイドは考えたくなかったのだ。


***


夜が更けていた。ジェイドは疲れて眠りたいはずなのに、眠れなかった。ブライアンは研究室のほうで万病薬の実験をしているようだ。

「ブライアン、起きてたの」

「俺は眠らなくても大丈夫です」

ユズの声に、ブライアンが答えた。

「完全なフェニックスには眠りが必要かもしれないわ」

「今のところ運動が必要とは記録が取れています。見て、ユズ。不死鳥の涙に色がついた」

水はキラキラと、そしてうっすら赤く色づいている。

「こんなことは今までなかった。ジェイドとユズが来てから変化が目まぐるしい。だからきっと完全なフェニックスになれる日は近いです。もう少しだけ待っていてください。」

「・・・ねえ、フェニックスになったら何かしたいことはある?」

「フェニックスになったら?フェニックスの役割は愛と平和の加護を人々に届けることです。そこに俺の意志は別に関係ないのでは」

「じゃー、フェニックスになるまえにしたいことは?」

ユズはユズなりにあの言葉の意味を考えた。考えた結果、今彼に、酷いことを聞いているのではないかと思う。でも知りたいのだ。

「泣いているの、ユズ。肩を貸しましょうか?」

昼に彼女がしてくれたように、ブライアンは、ズキズキと胸を締め付けられるような痛みを感じた。

「それは、したいこと?もっとないの、キスしたいとか、ハグしたいとか、せっ「ユズはどうしてそんなに即物的なんですか、あんまり思春期をこじらせないでください。人身御供は純潔でなければならないので、セックスしたらたぶん」

「たぶん?」

「死にます」

「ええ・・・」

ユズは目を丸くするから、ブライアンは笑った。ユズがそんな殺生な、とでも言いそうな顔だからだ。

「ユズは経験があるんですか」

「ないですね、具体的にどんなことをするのかは興味はあります。結婚は、する予定はないんだけど・・・初夜ってとってもロマンチックだと思わない?自分が大好きな人に身も心も捧げるのよ、どんな・・・気持ちなんだろう」

ユズは明るく、空想しているようだけど、だけど息苦しさにも似た切なさも混じっているように聞こえる。自分の思う人とは絶対に結ばれないとでも言うのだろうか。

「どうして結婚は考えていないの?ユズくらいの年のご令嬢はそろそろ婚約者ができるのでは?」

「私が普通のご令嬢に見える?」

ブライアンは首を振る。

「自分で選んだ道だから、後悔はしてない。だから、憧れるだけなら良いと思う。セックスは即物的なものなの?そくぶつてきってつまりなに?」

「あまり考えないで本質のみに重きを置くことです。大体気持ちがどうとか言いますが、セックスは男性器を女性器の中に入れて、射精に至る一連の行為のことです。人間、男と女であればだれとでも成立する。そこにはユズの言うロマンというものは存在しないこともあります。セックスフレンドや風俗のように、ただスポーツ感覚で楽しむ人もいれば、一方的な暴行や強姦という犯罪も起こりえます。」

「悲しいことを言うのね。でも、勉強になる。」

素晴らしい面だけではなく、負の側面もあることをユズに教えてくれる人はこれまでいなかったようにも思う。

「大概は、気持ちが通じ合ってからそういう関係になるのだと思いますが、現に俺は複数のレイプでできた子どもで、母はここに俺を置いて・・・いいえ、捨てた。そういう、悲しいこともあるのだと、あなたには知ってほしいと思います。あまり、自分をないがしろにしないで。」

「・・・ブライアンまた泣いてる、あなたは泣き虫ね」

「ユズも泣いてます、人のことを言えない」

ジェイドも寝たふりをして聞いていて、もう涙が止まらなかった。ユズが何したい、の件から何度ツッコみそうになるのを抑えたかしれない。間に入らなかった自分を誉めたい。


しばらく沈黙が続いて、ブライアンがぽつりとつぶやく。


「観覧車に乗りたいです。」

フェニックスになる前に、彼女と観覧車に乗ってみたい。金色の瞳から、また一粒、キラキラと光る涙が落ちて行った。



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