【第32話】「えーさんの誘い」
いつもの日常の中に、少しだけ違う風が吹くことがあります。
今日も異世界焼肉は仕込みから始まりますが、最後には思いがけない“えーさん”からの誘いが…。
物語はいよいよ、新しい局面へ。
朝。
今日もいつも通り、ポムが私の布団に潜り込み、お姉ちゃんの布団へ戻ってからお母さんが半開きのドア越しに「起きなさいよー」と声をかける。
すっかり馴染んだ、我が家のルーティン。
けれど今日は少し違う。
仕入れはお姉ちゃん担当、私はキムチを仕込む番。
そしてお母さんは「今日は腸詰ウインナーを仕込むから、しっかり見ておきなさい」と台所に立った。
私は横からじっと見つめる。
粗挽きの龍肉を香辛料とよく混ぜ、腸に詰める。空気を抜くための細かい作業、火を通したときに弾けないようにするための仕込み…。
ひとつひとつの手順に、熟練の技が光る。
「すごいなぁ、お母さん」
つい口から感嘆がもれる。
お母さんは「毎日続ければ誰だってできるさ」と笑ったけど、やっぱり真似できない。
そこへ、眠そうに目をこすりながらお姉ちゃんが帰ってきた。
「ふぁぁ……ただいまー」
「おかえり。いいところだから急いで着替えて!」
そうしていつものように準備が整い、七輪に炭を入れ、暖簾を掲げる。
「異世界焼肉、本日もオープンです!」
⸻
最初のお客さんは、やっぱりえーさんだった。
一人席に腰を下ろすと、今日の一品――腸詰のウインナーを見て、満面の笑みを浮かべた。
「これは大好物なんだよ」
そう言って、ハフハフしながら頬張るえーさんの顔は、まるで子供のようだった。
さらに今日はタンとサムギョプサルも注文。
肉を一枚一枚、丁寧に焼き、唐辛子とニンニクをのせ、野菜で折りたたむようにして食べる。
食べ方に人柄が出るとはよく言うけれど、えーさんの姿はどこか慎ましく、そして力強かった。
そんなとき、ふと目が合った。
「ルミちゃん、明日……私の作業場に来るかい? 少し話をしてあげよう」
「えっ?」思わず声が裏返った。
すぐさまお姉ちゃんが割り込む。
「私も行く!」
するとえーさんは首を横に振った。
「何も取ってくやしねーよ。真剣な話だ。嫌ならやめとく」
少し困ったような笑みを浮かべるえーさん。
けれど私は即答した。
「行きます!」
その場で作業場の住所を聞き、胸の鼓動が早まるのを感じた。
お姉ちゃんは横で「なによー」と唇を尖らせていたけど。
⸻
えーさんはその後もエールを傾け、大好物の腸詰をすべて平らげ、お腹をドワーフ腹にしながら「ごちそうさん」と帰っていった。
私は気になって仕方がない。
けれど、目の前の現実も待ってくれない。
次々と訪れるお客さんの笑顔に応えながら、今日も店は賑わっていった。
最後はいつものようにより坊が現れ、ポムとお母さんの掛け合いでひとしきり笑いが起こる。
「異世界焼肉、本日もクローズです!」
けれど私の胸の奥には、明日への期待と少しの緊張が静かに灯っていた。
第32話「えーさんの誘い」お読みいただきありがとうございます!
ついにえーさんがルミに「作業場に来い」と誘う展開になりました。
これまでの“見守る存在”から一歩踏み込み、いよいよ物語が動き出す予感です。
次回は、その作業場で何が語られるのか――。
どうぞお楽しみに!




