【第30話】「余韻と、静かな再開」
ヨルゼンでの死闘を経て、私たちは街に帰ってきました。
まだ体の奥に残る震えと、胸の中に巣くうざわつき。
でも日常は待ってくれない――焼肉の香りと笑い声が、再び私を迎えてくれます。
今日はその“余韻”と“日常の再開”を描きます。
そして、一人の常連客が放ったひとことが、新たな物語の幕開けを予感させるのです。
◆ 帰還の安堵
街の門をくぐった瞬間、張り詰めていた心の糸がぷつりと切れた。
昼過ぎの陽射しに包まれた石畳の街並みが、こんなにも穏やかに見えるなんて。
昨日の咆哮と血の匂いが幻だったかのように錯覚してしまう。
「ふぅ……生きて帰れたな」
御者台のヒョウさんが、深く息を吐きながら馬を下りた。
風雷のメンバーも、それぞれ疲れた顔で肩を寄せ合う。
誰もが昨夜の光景を、まだ言葉にできずにいる。
私はポムを抱きしめた。
「ポム……よかったね、無事で……」
ポムは小さく「ワン」と返事をして、私の胸に顔をうずめてきた。
その温もりだけが、現実に繋ぎ止めてくれる。
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◆ 秘密の重み
家に戻る前、ナオさんは静かに言った。
「昨日のことは、誰にも話しちゃいけないよ。ルミ。あんたのためにも、みんなのためにも」
私はただうなずくことしかできなかった。
“あの瞬間”――自分の口から紡がれた呪文も、召喚された龍も、何一つ覚えていない。
ただ、体の奥が灼けるように熱く、そして……恐ろしくも心地よかった。
「私……何なんだろう」
自分の胸に問いかけても、答えは出ない。
でも日常は待ってくれない。
焼肉屋の仕込みも、キムチの漬け込みも、私を待っている。
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◆ 日常の再開
翌朝。
昨日までの嵐が嘘のように晴れ、私たちの家に、またいつもの朝が戻ってきた。
布団の中に潜り込んでくるポム。
お母さんが半開きの扉から「起きなさいよー」と声をかける。
その前にお姉ちゃんの布団へ戻り、ちょこんと座って「ワン」と挨拶するポム。
……そうだ、これが私の“日常”だ。
お母さんは今日の一品を仕込み、私は水キムチを漬け込み、お姉ちゃんは酒瓶とにらめっこ。
七輪に炭を入れ、暖簾をかければ。
「異世界焼肉、本日もオープンです!」
あの戦いが嘘のように、肉の焼ける音と笑い声が広がっていく。
でも、胸の奥のざわつきは消えない。
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◆ えーさん
最初に現れたのは、やはりこの人だった。
常連のえーさん。
いつものカウンターに座り、黙って塩たんを焼いて、胡椒を振って、エールを飲み干す。
私はそっと声をかけた。
「えーさん、今日もありがとうございます」
すると彼は、にやりと笑って。
「……いよいよ始まったかもしれんな」
とだけ呟いた。
「え? 何がですか?」
思わず聞き返したけれど、えーさんは話題を切り替えるように肉を口に運び、
「やっぱり、ここは旨いな」
と笑ってごまかした。
私には意味がわからなかった。
けど、その言葉は胸に深く刺さった。
――えーさんは、何かを知っている。
横でポムが「ワン」と吠え、まるで“同意”するかのように尻尾を振った。
私は思わず、息を呑んだ。
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◆ 閉店後
夜。
お客さんが引け、静けさを取り戻した店内。
お母さんが腕をしっかり伸ばして、ポムに干し肉を差し出す。
「今日もよく頑張ったわね」
ポムは嬉しそうに干し肉を頬張り、尻尾をぶんぶん振る。
お姉ちゃんと私は笑い合った。
――そうだ、これが私たちの日常。
けれど、えーさんの言葉が頭から離れない。
「いよいよ始まったかもしれんな」
何が始まるのか。
私はまだ知らない。
けれど、そのときが来るのだとしたら……
きっと私は、逃げられない。
胸の奥に、ひとつの決意の種が芽吹いた気がした。
「異世界焼肉、本日もクローズです」
第30話「余韻と、静かな再開」お読みいただきありがとうございました!
今回はヨルゼンの戦いの翌日、街に戻った後の日常を中心に描きました。
えーさんの「いよいよ始まったか」という一言が、これから先の展開の伏線になります。
日常と非日常の間で揺れるルミの心。
その“秘密”が、いよいよ物語を大きく動かしていきます。
次回もどうぞお楽しみに!




