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本選開始

 選姫の儀の本選の会場となる白月殿は紫麗殿の三倍程の面積を誇る。その名の通り白い外壁の中には、大殿と五つの館が存在しており、それぞれ隣の館と中の廊で繋がっている。

 舞姫候補達には本選期間中一人一つの館が割り振られ、そこで生活しながら本番に向けて舞の稽古に取り組むのだ。


「こちらが、白月殿です」

「…」


 紫麗殿を見たときはその大きさに感嘆の声を漏らしたセンナだが、白月殿のあまりの大きさには言葉もでなかった。


「参りましょうか」


 そんな反応にも慣れているのか、楽舞局の使者はあっさりセンナを門の中へと案内する。

 一次試験と二次試験は会場までムジナが共に来てくれたが、今回は使者がいるのでムジナは宿の前でセンナを送り出した。どことなく心細い気持ちでセンナは辺りを見回しながら歩く。


「こちらが月の館です」


 門から向かって右側の館に入ると使者がそう説明してくれた。

 言われてみれば屋根や扉が藍色で塗られていた。部屋の中には入らず廊下をひたすら進んでいるので分からないが、室内も夜や月を思わせる造りになっているのかもしれない。

 しばらく廊下を進むと外に出た。壁がなくなり、屋根だけが取り付けられた廊下が次の建物まで続いている。


「白月殿は隣の館とはこのように中の廊で繋がっています。次に見えるのが風の館です」


 使者の説明を聞きながらセンナは廊下の横の庭に感動していた。


(なんて綺麗なの…!)


 咲き乱れる花々は全て白で統一されており、庭の奥にある池が日の光に煌めいている。

 次の建物の屋根は緑色に塗られていた。


 月の館の時と同じように真っすぐ廊下を進むと外に出る扉が見えたが、使者は扉の前で立ち止まる。


「このまま真っすぐ進むと雪の館ですが、大殿で皆さまがお待ちですので、このまま大殿へ行きましょう」


 使者に続いて左に曲がって歩き続けると、また廊下を経由し、今までで一番大きな建物に入った。


「窯の村のセンナ殿、ご到着されました」


 一際重厚な赤い扉の前にセンナと使者が立つと、使者の声に応じるように扉が中から開く。

 廊下が少し暗かったこともあり、扉の向こう側の光にセンナは目を細めた。

 部屋の真ん中には白い羽織を身にまとった美しい女性が扉の方を向いて立っている。背が高く、立ち姿が堂々として美しい。その女性の前には、五人の女性が立っていた。そのうちの一人がちらりとセンナの方を振り返る。


(温泉で会った人だ…)


 彼女も本選に出場するらしい。知り合いが一人でもいたことにセンナは少しほっとした。


「センナ殿、こちらにどうぞ」


 白い羽織の女性が良く通る声で五人の女性の一番左側を指示してそう言った。


「は、はい」


 センナが言われた場所におずおずと立つと女性は頷いて話を始めた。


「ようこそお越しくださいました。そして、選姫の儀本選出場おめでとうございます。私はこの試験を取り仕切る楽舞局の五色院の一角、白院の席をお預かりしております、白 莉苑 と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 五色院に女性がいることにセンナは驚いた。白院だというその女性は、鳶色の髪に意志の強そうな赤茶色の瞳をしており、人に見られることに慣れているようで、とても堂々とした話し方をしていた。


「まずは皆さんにも自己紹介をしていただきましょう。詩琳殿からお願いできますか?」


 白院の言葉にセンナとは反対側の端に立つ少女が頷いて一歩前へ出る。

 体の向きを候補者の方に向けた少女の顔には見覚えがあった。


(一次試験で助けてくれたご令嬢だわ…)


「耀詩琳と申します。よろしくお願いいたします」


(詩琳様って言うのか)


 二次試験でもその姿は見ていたが、名前は初めて知った。

 詩琳の次に呼ばれたのは、黒髪を一つに束ねた背の高い少女。彼女は鱗 翠廉と名乗っていた。

 そこまでの自己紹介を聞いてセンナはハッとする。


(耀家と鱗家ってもしかして、四家?四領の主の貴族ってこと…?)


 とんでもない人たちとしばらく共に過ごすことになってしまったとセンナは顔を青くする。


「胡 春麗と申します。未熟者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 センナが考え事をしていると、鈴の音に似た心地良い軽やかな声がその場に響いた。声の主は薄紅がかった黒髪を背中に流した美少女。


(あの人は、簪の…!)


 センナが今まで見てきた人間の中で最も美しい造形をしたその少女の顔を忘れる訳がなかった。


(あの人まで本選にいるのか…)


 不安な気持ちが増大するが、簪の礼はしようとセンナは心に決める。

 春麗の次は、灰色の瞳をした小柄な少女が前へ進み出る。彼女には見覚えがないので、二次試験ではセンナが着替えに苦戦している間に順番を終えてしまったのだろう。その少女は風 凰架と名乗った。そしてその次に紅莉が挨拶を終え、ついにセンナの番がきてしまう。


 震える足で一歩進み出ると体の向きを変えた。部屋中の視線がセンナに降り注がれる。


「か、窯の村のセンナと申します。よろしくお願いいたしまひゅ…」


(噛んだ~)


 センナは顔を赤くすると半泣きで自分の立ち位置に戻る。

 白院はどこか生温かい目でセンナを見て軽く頷いた後、視線を全体に向けて説明を始めた。

 

「今年も選姫の儀の本選はこの白月殿で執り行います。事前に説明があったかと思いますが、試験期間はこの白月殿から出ることは許されません。寝食も白月殿の敷地内でしてもらいますので、不便がないように例年候補者一人につき館ひとつを割り振っているのですが」


 ここで白院は些か気まずそうにことばを区切ると、一度咳払いをした。


「ええ…皆さんもお気づきの通り、今回の本選は候補者が六人残りましたので、どなたか二人に館を共用してもらいたいのです」


 白院の言葉にセンナは手を上げようかと考えたが、少し躊躇った。


(私みたいな平民と同じ部屋になるのは皆嫌がるかも…)


 センナが躊躇った数秒の間に別の者が手を上げた。


「私と凰架様が同じ館を使います」

  白院が驚いた様子で手を挙げている春麗を見た。


「春麗殿と凰架殿が…良いのですか?」


 白院の言葉に春麗と凰架が頷いた。


「では、そのように。ご協力感謝します。館の希望があれば貴女方を最優先させますが、どうしますか?」


 春麗と凰架は顔を見合わせたが、凰架が黙って首を降ったので春麗が答える。


「ありがとうございます。では『花の館』がいいです」

「承知いたしました。では、春麗殿と凰架殿が花の館で。他に館の希望がある方はいらっしゃいますか?」


 誰も手を挙げなかったので、残りの者の館は適当に割り振られることになった。


「では、次に本試験の概要をお伝えします。今回は試験期間中にお題に沿った舞を三回披露して貰います。一回の披露ごとに、審査員がそれぞれ一票持ち、最も素晴らしいと思った者に投票します。三回の披露を終えて一番得票数が多かった方が舞姫となります」


 白院はぐるりと参加者の顔を見渡した。


「審査員は我々五色院、現舞姫、神官長、王妃殿下と本来国王陛下にご審査いただくのですが、今回は王太子殿下にご審査いただくことになりました。我々五色院だけは五人で一票持ちますが、それ以外の方は一人一票投じていただくことになっています」


(王妃様に、王太子殿下…!?)


 センナは今にも泡を吹いて倒れそうなほど衝撃を受けたが、他の候補者達は予想通りだったので涼しい顔をしている。

 白院は候補者にここまでで質問はあるか尋ねたが、手を挙げる者はいなかった。


「では、一次試験の課題を発表します」


 一次試験の課題についてはセンナ以外の候補者も予想できていなかったので、些か緊張した面持ちで白院の言葉を待つ。


「一次試験の課題は剣舞です。衣装や剣の用意は各自でしていただいても構いませんし、必要であれば楽舞局の物をお貸しいたします。各自、十日後に備えて準備に励んでください」


 白院の言葉は候補者の誰にとっても予想外だったが、ここでざわつくような品のないものは舞姫候補にはいない。しかし、全員内心は平静ではいられなかった。


 剣舞が誰に有利かは、二次試験で彼(・)女(・)の舞を見た者は全員気づいていたからだ。


 ただ一人、センナだけは別の焦りで顔を青くしていた。


(剣舞なんてやったことない…)


 そもそも、センナは剣を握ったことすらないのだ。


 本選にいきなり立ち込めた暗雲にセンナは肩を落としたのだった。


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