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味方


 一通りの説明が終わり、各々が与えられた館に移動する中、センナは白院に呼び止められた。

 何か咎められるような行動をしただろうかとセンナが表情を固くしていると、白院はセンナを安心させるように声色を和らげた。


「センナ殿は身の回りの世話をする方を連れて来てませんよね?慣れない場所で不安でしょうし、候補者の方には全力で舞に取り組んで頂きたいので、楽舞局から貴女の世話をする者を派遣したいのです」


 白院は後ろに控えていた少女に目配せする。

 藍色の内衣に水色の袴を身に纏い、黒鳶色の髪をした女性には見覚えがあった。一次試験で案内人を務めていた女性である。


「李 果梨と申します。若輩者ですがセンナ殿のお力になれるよう精一杯務めます」


 美しい姿勢で礼をした果梨に、センナはぽかんと開きそうになった口を慌てて結んでお辞儀を返した。


「センナ殿が返って集中できないようでしたらいつでも下がらせて構いませんので、今日のところはこの果梨をお側につけても良いでしょうか」


 白院の言葉にセンナは恐縮して答える。


「お、お気遣いありがとうございます。よろしくお願いします」


 白院と果梨に代わる代わる頭を下げるセンナに白院は苦笑した。


「では果梨、しっかり務めるように」

「はい」


 白院はそう言い残すと、共の者を連れて去っていく。


「ではセンナ殿がお過ごしになられる雪の館にご案内いたします」


 果梨のはきはきとした声につられるようにセンナは背筋を伸ばして、その後ろに付いていった。


***


 センナがひと月過ごすことになった雪の館は屋根も扉も浅黄色に塗られていた。


「雪の館は白月殿の建物の中で一番新しいんです。白月殿は元々四つの館と大殿で出来ていたらしくて、雪の館だけ後から付け足したらしいですよ」


 廊下を歩きながら、果梨は感じよくセンナに色々なことを教えてくれる。


「私みたいな平民が一番新しい館を使ってしまって良かったんでしょうか?」

 センナが不安になって聞くと、果梨は大きく頷いた。


「勿論です。選姫の儀の本選に残っている方は、少なくとも選姫の儀の間は身分も育ちも関係なく対等ですよ。何かされたら遠慮なく言ってくださいね」


 果梨の勢いに押され気味になりながらセンナは頷く。


「それに、四領出身の方の館は決まっていたようなものですから。東は花の館、西は月の館、南は鳥の館、北は風の館って決まってるそうです。私も楽舞局に入ってから初めての選姫の儀のなのであくまで先輩から聞いた話ですけど」


 果梨の言葉にセンナはほっとした。


「なら良かったです。対等と言われてもやはり気後れしてしまうので。一次試験でも果梨様の言葉がなかったら緊張でまともに舞ができなかったと思います」


 センナが改めてあの時の礼を言うと果梨は嬉しそうに笑った。


「覚えていて下ったんですね。あの、これは内緒にして欲しいのですが、実は私あの時のセンナ殿の舞をこっそり見ていたんです。心が洗われるような、澄み切った舞で、虜になってしまって…この役も自分から立候補したんです。って、すみません、私ちょっと気持ち悪かったですか?!」


 センナが言葉を失っているのを悪い意味だと思ったらしい果梨は慌てる。


「ち、違います!嬉しかったんです。楽舞局のいつも素晴らしい舞を見ている人にそんな風に言ってもらえて、驚いたけど光栄です」

「それなら、良かったです。でもセンナ殿の舞は本当に素晴らしいですよ。二次試験で審査してた私の寮の主任も褒めてました」


 果梨の言葉にセンナは照れくさくなってはにかんだ。


「ここが雪の館の中で一番大きな部屋です。この奥にもう二部屋あって、全ての部屋が庭に面しています」


 そう言って果梨が入り口から向かって左の扉を空けると、外にはこれまた美しい庭がひろがっていた。月の館と違い、池はないがその代わりと言わんばかり整然と植えられたツバキが美しく咲き誇っている。


「舞の稽古にはこの部屋が適していると思いますよ。光も良く入ってきますし」


 果梨はそういいながら手早く外に繋がる扉を開いて、部屋に日光を取り入れていく。

 それが済むと、果梨は庭とは反対側の引き戸を開けた。


「衣装や楽器はこちらに入れられます。センナ殿は持ち込みの衣装や楽器はありますか?」

「はい、衣装を少し。後で部屋に届けてもらえると言われました」


 センナは一次試験と二次試験で着た衣装をもちこんでいた。


「そうですか。届いたらここにしまっておきますね。楽器も衣装も楽舞局から借りれますから、必要なものがあれば遠慮なく仰ってください」


 果梨の言葉にセンナは少し考える。


「あの、私剣舞って今までやったことがなくて、果林さんに教えてもらうことって出来ますか?」


 センナの言葉に果梨は目を丸くした。


「ええ!初めてなんですか!それ、一大事じゃないですか。分かりました、私が…」


 教えますと言いかけて、果梨は口をつぐんだ。


「教えたいんですけど、舞について口出しするのは不公平になるから控えるように言われてました…。でも、知らないままにする方が不公平ですよね。主任に聞いてみます。センナさんはちょっと休んでてください!」


 果梨は一人で葛藤を完結させると、楽舞局に戻ろうと勢いよく扉を開けて、今部屋に入ろうとした人物にぶつかりそうになる。


「わ、すみません」


 果梨がぶつかりそうになったのは、風の館を与えられたはずの紅莉だった。


「あら、ごめんなさい。今大丈夫?お隣さんだから挨拶しておこうと思って」


 ゆったりとした朱色と白の衣を纏った紅莉は右手に持った包みを掲げて微笑んだ。

 

***


「まさか試験前に偶然会った相手が本選まで残るなんて、驚いたわよ」


 紅莉が自分で持ってきたお菓子を摘みながらカラカラと楽しげに笑う。

 せっかく来てくれたのだからと果梨が素早く部屋を整えて茶を入れてくれたので、二人は親睦を深める茶会もどきをすることになったのだ。

 果梨は茶の準備を終えると、楽舞局に舞を教える件を聞きに行ったので、センナと紅莉は二人きりだ。


「知っている人がいて安心しました」


 センナは本心からそう告げる。


「貴女の二次試験の舞、見事だったわ。どこの踊り子なの?」

「踊り子じゃないですよ。実家は陶芸を生業にしていて、普段はその手伝いをしています」


 紅莉は驚きで手に持った焼菓子を落としそうになる。


「じゃあ独学であの舞を?」

「独学というか、村で器を納品している芸館があるので、そこの踊り子さんの舞を見て覚えました」


(見ただけであれほどの舞ができるなんて…!)


 紅莉は動揺を悟られないよう、あえてゆっくり菓子を食べた。


「それはすごい才能ね。扇の扱いは見ただけじゃ難しいのに…剣舞もできるの?」


 センナは困ったように頬を掻いた。


「いえ。剣舞は今まで見たことがなかったんです。二次試験で黎明は見ることができたので黎明なら形にはなると思うんですが、流石に二次試験の課題を本選でやるのはどうかと思って…」


 二次試験で見ただけの舞が『形にはなる』とはっきりと口にしたセンナに紅莉は興味が湧いた。


「黎明は剣舞の基礎よ。私の部屋から舞剣を取ってくるから舞って見せてくれる?何か助言できるかもしれないわ」

「いいんですか?私たち、競争相手なのに…」


 驚くセンナに紅莉は悠然と微笑んだ。


「今まで剣舞を見たこともなかった小娘にちょっと助言したくらいで、この私が不利になるわけないでしょ」


 おだけた様子で胸を張る紅莉を見て、センナはホッとしたように笑うのだった。


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