第1章 第二話ノ壱 Start-up ~委託業務着手報告~
さすが見切り発車。当初目標の2週間以内の更新を早くも失敗しました。すみません(--;
まだまだ説明的な下りの比率が高めです・・・。
ワシは今,宿屋といういわゆる宿泊施設の一室の椅子に腰かけている。10畳(日本人としては,広さの表現方法は畳の数でするのが基本形である)ほどの広さの部屋の中は,簡素ではあるが清潔なシーツが掛けられたシングルベッド,壁に備え付けられた机と今座っている椅子,服などを仕舞うことを目的としているであろう棚があるくらい。鎧戸とガラス戸が開け放たれた窓からは,暖かな日差しが室内を明るくしている。
そして,机の上には『委託業務内容説明書』と書かれた表紙と数枚の紙,木製の水差しとコップがある。そのコップから温い水を一口含んで,その書類を右手に持ち,一人ごちた。
「はてさて,どうっすっかなー」
背もたれに体を預けると,木製の椅子が“ギィっ”と自己の存在を主張するかのごとく音を出し,続いて腰元から“カチャカチャっ”と,ガンメタリックの鈍い光沢をもつ楕円形断面の金属状の杖(長さ20cm程度)が躍るかのように揺れる。ワシは無意識にそれ・・・Ultimate Aura Blade(女神様は,略してUArB “アーブ”と呼んでいた)に触れる。
わずかな反りを持つアーブは,非常に細かいローレット加工をされたかのような触り心地のいい凹凸と冷たさで,その存在感を主張していた。その感触は異世界に来たという現実感を強くさせているのではないかと錯覚しつつ,引き受けることとした仕事・・・女神様もワシもなんとはなしに“委託業務”と呼び合った・・・の内容とその関連情報を反芻しはじめた。
<時は数時間ほど遡る>
ワシのアパートで海老とキャベツのペペロンチーノを平らげ,追加のTorrontésのほとんどを飲み尽くした女神様が,どこからか取り出したハンカチで淑女のごとく(目の前の人物以上の淑女はいないと断言できるな)丁寧に口元をぬぐいつつ,言葉を続ける。
(で,上司があなたのお願いをどう解釈されるのかはあとで確認ということで・・・まずはお仕事の内容説明をしないとね)
「解釈のされようによっては,その仕事の遂行に影響しそうな気がするので,めっさ気になるんですが,まずは委託業務の内容を聞かせてくださいまし」
国際公務員勤務,ン十年は伊達ではありません。受託する以上は,きっちり仕事をこなすためにも,委託業務の仕様の確認に意識を向けることにし,真剣な表情を女神様に向ける。
(“世界を救う的な仕事になる”と言ったけど,“異世界の存在を脅かす歪を直しつつ,その原因を究明して排除する”,ことが期待されている成果よ。で,その“歪”と呼んでいる事象は,異世界を担当している複数の神々から見ても異常なバランスで魔物の類の発生や人間をはじめとするヒューマノイド系の複数の国家間での同時多発的な紛争の発生,自然等の異常な動き,といったことが挙げられているの)
「たくさんの神様がいらっしゃるにもかかわらず,“歪”をどうにかできないのは何故に?」
(対処可能な“歪”は,異世界を担当している神々やその信者やら信者ではない異世界の住人達により対処できているけれども,あくまで対症療法的な活動でしかなく,根本原因をなんとかしなければ遠くない未来に破綻すると思われているわ。ここでいう“破綻”とは,異世界のエネルギーバランスがおかしくなって,世界を維持できなくなり,自己崩壊を起こして世界そのものが消失するということよ)
「エネルギーバランス?」
(そう。様々な世界は,その中にいる生きとし生ける者・・・例えば魔物や人間,エルフやドワーフ,動植物,傲慢なドラゴンなどね・・・の生体エネルギーもしくは魂の力の質と量とそれらのバランスで維持されているの。それらの生命活動は,結果的に異世界の中でバランスを取るように動きつつ,各々の種の発展を通して,異世界を維持・発展させている。そして,異世界の維持・発展はその世界を担当する神々の“格”の向上につながるわ。つまり,異世界の消失は,担当する神々の“格”の低下,ひいては存在の消失になる,と。そりゃ必死になるわよね。
で,“歪”をどうにかできないか,の理由なんだけど,その根本原因が巧妙に隠されているようで,どうにもそこに辿り着けないていないの。かれこれ2~3百年くらい。彼らの話によると,いいところまではイケているらしいけど,どうだかね)
「・・・ワシは,神々も含めたすごい人たちが何百年も達成できていないことを一人でやって来いって言われている,と。スケールが大き過ぎて,ワシでどうにかできるように見えないのですが」
(そのための,あなたの特殊スキルと経験,なのよ。国際公務員として世界の裏側の事情にも精通してきた経験と,付与することとなる「物事を理解し,解決する力」が助けになるはずなの。もちろん,“歪”への対処には物理的な力が必要になるから,そのときには「加速する力」とちょっとしたプレゼントが必ず役に立つわ)
「ふぅむ。となると,いただける予定のスキルとワシの業務経験とちょっとした?プレゼントで,本業務委託は遂行可能であると踏んでいるわけですね。業務達成には,いろんな“歪”の対処しつつ,その背後関係に迫るしかないわけか・・・。で,業務遂行の期限は?」
(遠くない未来に破綻するかも,って言ったけれども,具体的な時間はわからないの。まあ,危ないと神々が騒ぎ始めてから数百年は耐えているから,数年単位でどうにかなるとは思わないけど,早く対応するに越したことはないわね。ASAPよ)
「はぁ・・・そういう締切があやふやな類の仕事って,期限は先にしていたのに,急に『今まで進めていただろうから,じゃ,明日までによろしく』って締切を前倒されたりするんだよなぁ。やな予感がする」
ワシは軽くため息をつきつつ,最後の一杯となった白ワインをあおる。
(ま,何はともあれ,委託業務は引き受けてもらえるわけね)
「・・・業務のスケール感が大きくて若干・・・いや,かなりの不安を感じなくもないですが,ちょっと趣向が変わった仕事をしてみたいとは思ってましたし,二言はありませんよ。お受けいたします。
が,赴任先の情報とか,委託業務の達成条件とか,提供いただけるアイテム類は何があるのか等々,細々と聞きたいことがあるのですが」
(ここでいっぺんに話してもいいけど,覚えきれない可能性もあるし,初歩的な情報は別の手段で叩き込むから,それでOKでしょ。あとは都度問い合わせてもらうのがいいかな)
「“叩き込む”という不穏な表現に突っ込みたいところですが,その前に“都度問い合わせる”って・・・メールや携帯電話があるような世界じゃないんですよね?」
(異世界では,こちらの世界でいうところの科学技術の代わりに魔術やそれを用いた魔道具類の技術が発展しているの。そこで,今回の仕事の依頼に際して,上司の口利きと先方の受け入れ窓口の神のご協力をもって,ちょっとした特別アイテムと軍資金を渡すこととなりましたー! はい,ここで交渉上手な私に拍手っ!)
「わー,ぱちぱち,すごいっすー」
(せっかく宵が気持ちよく仕事ができるようにするためにすっごく苦労したのに,その仕打ちとは・・・悲しすぎて涙が出るわ。シクシク)
女神様は得意げに胸を張ったあとに聞いたワシのちょとしたイジワルな返しを受けて,誇らしげな目元を悲し気な目に即座に変えて,顔を伏せる。その動きに追随するように,流れるような綺麗な黒髪がサラサラと音を立てているかのように揺れ動く。
・・・ええ,ちょっとしたイタズラです。悪意はないけれども,目の前で得意げに胸を張る美女を見た瞬間,ちょっと弄ってみたくなっただけです。そもそも,泣いてないじゃないですか。
(まあ,いいわ。悪意はないようだから・・・では,追加の詳しい説明と諸々の品を渡すためにも赴任先である異世界に向かいますか)
「(立ち直り,早っ)え? もう行くんですか? こっちでの後片付けは?」
(大丈夫,さっき話した通り,あなたがこの世界を離れると同時にコピー体が発生するというか入れ替わるようにするから。後片付けとか,こちらの世界での諸々は彼が対応するので安心して)
女神様はそう言うと,向かい合って座っていたテーブル越しにワシの両手を優しく包み込むように握りしめる。ワシは年甲斐もなくドキドキして,思わず女神様を見つめ返す。そのとき,ワシら2人を包み込むような柔らかな白い光が湧き起り始めた。光の輝きの影響か,周囲の景色(といっても見慣れたダイニング周りではあるが)は靄がかかったように薄れ始め,エレベータで上昇するような感覚に似た微かな浮遊感がワシを襲う。
え,なに何? どうなってんの?・・・って,あれってワシ???
よく目を凝らすと,ダイニングテーブルのそばにワシが立っており,苦笑いを浮かべながらこちらに向かって手を振っている。
(ほら,あとを任せる彼に挨拶は?)
「へ? 彼って,あれがワシのコピー体ってやつですか? 別に経験したわけではないけれども,なんかこう幽体離脱をしているような感じがしますが・・・」
(まあ,似たようなものね。コピー体との情報共有の仕方などは後でまた説明するわ。じゃ,行くわよ)
ワシは,女神様に握られた手を離すことができず(いや,今まで味わったことのない柔らかさと感触と仄かな暖かさに,手を離したくなかったのかもしれない),女神様の言葉に対する同意のしるしとして僅かに頷き,視線を彼に向ける。
「あとはよろしく頼むよ」
声が彼に届いたのかどうかはわからないけれども,彼はそれに応えるかのようにサムズアップを決めていた。
ワシの方は,先に感じていた浮遊感が加速感に変わったことを認識しつつ,行き先と思しき方向に視線を向けたときに,意識を失った。
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(・・・ほら,起きなさい。ってか,幸せそうな顔して眠り続けてないで,起きなさいってばっ! ここに顕現できる時間は限られているんだから。もうっ)
乱暴に頭を揺すられる感覚と,低いトーンのメゾ・ピアノの歌声が奏でているかのような呼びかけの声で意識が急速に戻ってくる。
二日酔いで目覚める朝のような鈍い思考速度で,またもや柔らかい感触の中で目を覚ます。案の定?先ほどと同じように女神様の膝枕であることを再認識する。目を開けた先には,若干の焦りの色をにじませた表情で,黒髪の美女がワシの頭を揺すっていた。
「んぅ,・・・あ,す,すみません。また,意識を失っちゃったみたいで・・・」
(魂を強制的に移動させたから,仕方ないといえば仕方ないんだけど,これ幸いと寝過ぎなんじゃないの?)
「別に,狙って意識を失ったわけじゃないんですけれども・・・。で,例の仕事先の“異世界”ってところに来たのでしょうか?」
微笑を浮かべつつ軽やかに頷く女神様に目を奪われつつ,周りを見渡すと,木造と思しき家屋の一室のベッドにいることが分かった。室内には,簡素なベッドの他に壁に備え付けられた机と一脚の椅子,それに飾り気のない木製と思われるチェストがある。いろんな宿泊施設(高級ホテルやら,ビジネスホテル,旅館,ロッジ的なところ等)に泊まった経験をもつワシの記憶と照合するに,LOHASを売りにした安めのコテージの一室に似ている気がした。自分を見下ろすと,意識を失う前に来ていた服装(薄い水色のボタンダウンのカッターシャツにベージュのスラックス・・・で,スリッパ)であることから,意識を失う前のアレコレを思い出す。
ワシはベッドから抜け出し,唯一の椅子に座り込む。そして,水差しからコップに水を注いで一息に飲み干す。起き抜けの意識がはっきりし始める。
そうだ。『じゃ,異世界に向かいますか』の一言を受けて,光につつまれたんだっけ。
ベッドに腰掛けたままの女神様は,そんなワシにいたずらっぽい笑顔を向けて話しかけてくる。
(ようこそ。異世界へ。といっても,あなたがいた世界と同じように,この世界に存在する人たちは,やはり自分たちの世界は“世界”と呼ぶんだけどね。あまり天文学にかかる知識は発展していないようなので“地球”に相当するような言葉はないみたい)
「なるほど。で,ここはどこ,私は誰?」
おどけた口調で首を傾げ,一昔・・・いや,かなりの昔に流行った言い回しを口に出してみる。
(質問への直接的な答えとしては,今わたしたちがいるのは,ガラハッド王国の王都“エッジ”内にある,中堅どころの宿屋である“黄金の雄鶏亭”の一室よ。で,あなたは,冒険者になるべく王都にやってきた44歳の“一応”人間の“ショウ・ヒノカラス”よ)
「聞き覚えのない地名に,冒険者という初期設定に,“一応”人間って・・・どこから何を聞いたらいいのやら」
と,ぼやいた瞬間に,知りたいと思った『何か』についての情報が頭に思い浮かぶ。まるで,昔の記憶を思い出すかのように。
ガラハッド王国とは,この世界にある大国のひとつであり,その名の通り,人間の王様である“ガラハッド12世”による王政が引かれている国である。彼の政治手腕だけでなく,擁している優秀な家臣や周辺を固める貴族たちの尽力により,現時点では政情は表面上落ち着いており,隣接する他国の人間や大森林にいるエルフとも良好な関係が結ばれている。そして,その王都がエッジと言われる都市で,王城とその城下町,城下町を取り囲む近隣市街で構成された,現代でいう計画都市のように整備が行き届いた都市である。
宿泊していることになっている,黄金の雄鶏亭は,ビギナーから少しランクが上がった冒険者がよく利用する宿屋であり,食事もそこそこ上手く,値段も一泊あたり銀貨1枚(100ユーロ程度)で朝晩の食事付と比較的リーズナブルなものとなっている。
最後に気になるワシの年齢と種族であるが,人は人でも“長命種”と言われる進化種に相当することから,44歳と言っても長命種の基本的な寿命である2~300歳から見れば,若者に相当する年齢であった。確かに触れてみた肌からは若々しさを感じるし,力が漲っている気がする。たぶん見た目は若返っていることだろう。
「あれ? 何だ?・・・知ってる,いや思い出した? 国の名前も都市の名前も,宿屋の名前も・・・なんでだ?」
(うんうん。うまく関連情報のインストールができているようね)
「何がどうなっているんでしょうか? わけわかめ」
(あなたの経験を活かしつつ,少しでも身体能力の条件をよくするためにした設定が功を奏したってことよ。魂としては初めて異世界に来たことになるんだけど,円滑な委託業務を遂行するために,44歳という年齢はそのままに,長命の種族で顕現させることで実質的な若返りを達成したの。それに合わせて,年齢相応の知識をプリインストール。これで,異世界における,冒険者になろうとしている青年が完成したって寸法よ。これで,赴任先の基本情報の提供は完了っと)
「それがさっき言っていた,“叩き込む”ってやつだったんですね・・・。あとは,委託業務の達成条件,提供いただけるアイテム類等の情報を確認したいところですが,どうでしょうか?」
(委託業務の達成条件の設定は難しいわね。“歪”の原因排除の結果,異世界全体のバランスが正常に戻ったかどうかを確認するってところかな。このあたりは,受け入れ窓口の神に聞いておくわ。次に,提供するアイテム類だけど,まずは腕時計を見て「中身を見たい」という意志を向けてみて)
ワシは左手にいつも通り収まっている,藍色の文字盤を持つ機械式オートマチックのクロノグラフを見つめる。ちなみに,20年近く大切に使ってきている逸品である。当時の月給2か月分も費やしたことを思い出した。・・・いかんいかん,思い出に浸っている場合ではない。
クロノグラフを見つめつつ,言われた通り「中身を見てみたい」という意志を向ける。すると,視界の片隅に半透明の板が現れ,
『・Ultimate Aura Blade
・携帯食料(10日間分)
・綿製のシャツ
・綿製のズボン
・革製のブーツ
・・・・・』
というようなモノの名前と思しき文字がワラワラとリスト状に表示されてきた。
「おわっ!? なんじゃこら?」
初めての感覚と情報に思わず驚きの声を漏らす。そんな驚いた表情を張り付けたワシをくすくすと笑う女神様。
(あは。驚いた? あなたが大事にしているクロノグラフを元にアイテム類を格納できるアイテムストレージを用意したのよ。魔道具的にはアイテムストレージはこの世界では特に珍しいものではないのだけれど,これはあなたの身体能力値である,INT/WIS/REGの総計値分のm^3が許容量となっていて,収納されたアイテムの時間経過(劣化)は中で停止する,という優れモノなの! はい,この交渉の成果第二弾に拍手っ!)
「おお,たしかにスゴそうだ。許容量が多いのか少ないのかよくわからないけど,収納したものが劣化しないってのは生ものもOKってやつですよね! すばらしい。拍手ものです」ぱちぱちぱちぱち。
(イマイチ,テンションの高さに疑問があるけど,まあいいわ。このアイテムストレージはあなたの意志で出し入れ自在で,収納内容や残容量などの関連情報は“ストレージ内のアイテムを見たい”という意志を向けることで確認が可能なのよ。次に身体能力値の話をしたからステータスの話に・・・)
「あ,それはわかります。というか思い出すように,記憶の中から出てきました。“能力を確認したい”という意志を自意識内に向けると情報板が出るんですよね」
(そう。その通り。あなたの記憶にインストールされているからわかると思うけど,このステータス確認の能力は,この異世界の人たちで,少しでも魔術にかかる修練をしていれば誰でも使える能力なの。あと,魔術などを使って,自身のステータスを偽装することが可能だけど,神々に対して偽装はできないから注意してね。つまり,自身以外のステータスを見る場合,魔術ないしは魔道具による覗き見をするか,神を介して情報を得るしかないってこと)
どれどれワシのステータスは,と。ステータス確認の意志を自意識内に向けてみると,先ほどのアイテムストレージのような半透明の情報板が視界内に現れた・・・その内容はというと,
種族;長命種/(人間)
年齢;44歳
レベル;44
職業;聖術(/無)・剣士
身体パラメータ;
HP; 1216/1216
MP; 1380/1380
STR; 146
INT; 158
WIS; 168
DEX; 124
AGI; 118
CHR; 134
REG; 512
基本兵装;
-Ultimate Aura Blade
-聖術;Lv. 15
> 神との交信 Lv. 15
-魔術;Lv. 3
> 無属性;オーラブレード Lv. 3
スキル;( )内はUArBによる加算・追加
-剣術 Lv. 4(+10)
-(極狂刀流 抜刀術 Lv. 10)
-(極狂刀流 剣術 Lv. 10)
特殊スキル;
-「加速する力」;Lv. 10
-「物事を理解し,解決する力」;Lv. 5
-「意志なきものに意志を与えて操る力」;Lv. 3
-「言葉を理解し,話し,そして書く力」;Lv. 10
と表示されており,案の定,各項目に対して,「これってなんだっけ?」と思うと,記憶の底からそれにまつわる情報が湧き上がってくる。確かに,身体パラメータは,一般的な成人の人間(20歳くらい)の平均よりはちょっと(といっても数%程度だが)高いようである。
さっきのアイテムストレージの話からすると,アレって800m^3以上の容量があんの? そりゃすげぇや・・・ん? なんだこのREG値が512って。
「あのー,女神様? REG値が常人の5倍くらいはあるみたいなんですが」
(あ,気が付いた? あなたの信心度合いからしてみたら,これでも少ないっ!て抗議したんだけど,十分に人外レベルで,下手したら勇者とかの特殊な生まれの人並みなんだから,と説得されてしぶしぶ了解したんだけど,やっぱり不満?)
女神様は.ぷんすかと音が出るんではないかというほどの表情を浮かべて,文句をのたまっていらっしゃる。
「いえ,不満ではなくて,これだけぶっ飛んだ値なので心配になっただけです」
(不満がないなら,ないで良いんだけど・・・それに,これくらいのスペックでないと私と自由に連絡が取れ合えないからね。ま,UArBがあるからREG値が低かろうとも交信はできるようにはなってたんだけど)
そう。自分の中にある常識と思しき知識から,信じる神がいる場合にREG値は顕現し(神を信じないものにはこの数値項目そのものがステータスに現れない),500程度以上になると信心の対象である神との双方向で交信ができるらしい,ことに気がついた。
で,なに? アーブ?・・・これは意識を向けても記憶を掘り起こそうとしても詳しい情報がない。どうやら,先ほどのアイテムストレージで見た“Ultimate Aura Blade”のことで,無属性魔術のスペルの一つであるオーラブレードを顕現させる補助具の一種である,という程度の情報は思い出したのだが。
(んふふふ。アーブの情報全てはプリインストールの対象にしなかったというか,できなかったのが正確なところかな。ぎりぎりまで作り込んでたからねぇ)
嬉しげな微笑を浮かべて語る美しい女神様を見て,こっちまで嬉しくなるわっ!と思いつつ,疑問を浮かべた表情を向ける。
(これこそ,交渉成果の第三弾。それも激しい交渉の大成果! このアーブとあなたのスキル“加速する力”があれば世界最強も夢ではないわっ!)
握ったこぶしを鋭く振り上げて,遠くを見て力説する美女にちょっとだけ戦慄する。何がどう激しい交渉になったのか知らない方が良さそうである。まさか“世界最強”も目的の一つだったりしないだろうなぁ・・・。戦闘狂的な方向性を持っていないといいんだけど。
「別に世界最強を目指すのは委託業務内容には含まれていなかったはずなんですが・・・」
思わず予防線を張るワシを無視して,目の色を変え始める女神様。
(うーん。せっかくだからそれも業務内容に含めようかしら,面白そうだし・・・て,そんな話じゃなくて,アーブの説明ね)
あ,よかった。帰ってきた。危うく,お一人様の世界にイってしまいそうな様子の女神様が戻ってきたようでほっとする。んで,どんなものなのかしらん。
(これは,ただのオーラブレードを顕現させるための増幅器ではなくて,私との交信のための補助具でもあり,あなたの戦闘パートナーとでも言える存在なの。交信時には,その柄を握りしめて,私と交信したいと意識を向けると,私に何らかの事情がない限り,必ず交信できるの。ただ,交信にはMP消費が必要となるから注意してね。で,特筆すべきは,その戦闘パートナーとなりうる性能と驚異の盗難防止機構!)
ふんすっ,と鼻息も荒く(鼻息の荒い美女って,ある意味インパクト大である),説明を始めた。よほど思い入れがあるらしく,画期的な新技術を開発した技術者のごとく,とどまるところ知らないかのような勢いであった・・・で,その性能とやらを要約すると,
- Ultimate Aura Blade(通称,アーブ)は,無属性魔術のスペルであるオーラブレードを効率的に使うための増幅器が基となっていて,ワシの身体パラメータと無属性魔術の練度・・・そしてワシの気合いと根性に応じて性能を発揮し,感情に応じた色(通常は,鋼色で手入れの行き届いた刀が輝いているような色。怒りで赤く,恨みなどの負の感情で黒く,喜びで黄色などになるらしい。感情がダダ漏れになっちゃうってどうなのよ)に発色しつつ,薄い発光を伴い,柄の端部から刀状の刀身が顕現する。この刀身は,通常のオーラブレードと異なり,ワシの生体エネルギーであり,魔術等による無力化ができない仕様となっている。
刀身の長さは調整が可能で,基本形は90cmほどの長さであり,ワシの意志に応じて長さを変えることができる。大きさによっては,消費MPやら制御に難が出てくる。
なお,一般品は,その使用にあたりMPを消費していくが,アーブについては消費と同時にREGに応じたMP回復を促すため,剣技を多発しない限り,MPは減っていかない(消費したそばから回復する)。
特筆すべき特殊機能として様々な剣技が登録されており,MPを消費して,ワシの意志に応じて剣技を繰り出す。新たな剣技等を受けるとそれを完コピし,完コピ(登録)された剣技等は,アーブ内での解析がなされ,当該剣技を受けた場合の対策方法がセットで登録される。
アーブは,女神様との交信にかかる補助具の役割もあることから,ワシの魂にヒモ付けがされているらしく,ワシ以外の魂には一切反応しない。無理な起動をかける(MPを流し込む)と拒絶反応からのMPの逆流が強烈な毒性をもって発生し,無理に扱おうとした者・モノを心的な面から攻撃する・・・っと,ひでえ盗難防止機能である。
ということらしい。細かなところでは,“女性と思って大切に扱うこと!”といった,注意書きも含めて,関連情報が多い。“作り込んだ”という話に偽りはなさそうである。
アイテムストレージ内にはアーブの取扱い説明書的なものが収納されていたことだし,内容はおいおい確認していくか。説明を聞く限り,これがあれば,身体パラメータが多少低くとも荒事には対処できそうな気がしてきた。
「ちょっと試しに起動してみていいですか?」
(ええ。どうぞどうぞ)
“にっこり”というのが音で聞こえてきそうなほど,うれしさ全開の表情でワシを促す女神様。
ワシは椅子から立ち上がり,まず,クロノグラフに意識を向けて,アーブの取り出しを意識する。途端に右手元にアーブが現れ,すかさず握り込む。
アーブは,ガンメタリックの鈍い光沢をもつ楕円形断面の金属状の杖(長さ20cm程度)のようなものであり,わずかな反りを持っている。柄の表面は非常に細かいローレット加工をされたかのような凹凸がある。片方の端部には剣鍔のごとく平たいお猪口のようなものがついており,逆側は何かキャップのようなもので端部処理がされている。両端部には細かい意匠が施されており,何かの植物を象っているようである。
そして,MPがアーブに流れ込むようなイメージをもって,右手に握り締めたアーブに意識を向ける。握り込み部の表面の凹凸がとても気持ちいい。なんだ,この陶酔感・・・その感触に我を忘れそうになる前に,柄の端部(剣鍔のごとく平たいお猪口のようなものがついている)から,フゥィンッ,という軽やかな音と共に90cmほどの長さの鋼色の刀身が顕れる。確かに,うっすらと発光しているように見え,綺麗に輝いている。特に感情が振れているわけではないから,標準形の色となったのだろう。
「・・・綺麗だ」
何を思うこともなく,心の底からつぶやきが漏れる。その気持ちに応えたかのように刀身を包む光がわずかに震えたかのように見えた。
特に目的もなく軽く振る。アーブの重さは適度な重さ(量ったわけではないが,たぶんスマホよりちょっと重いくらいだろう)があり,振り回すには重くもなく軽くもない絶妙な重量配分をもっていた。んー,なんかいい感じ,とか思っていた矢先,いつのまにか音もなく飛び上がった女神様が,ワシの頭上に向けて鋭く手刀が振り下してくるのが見えた・・・気がした。
シュイィィィッン
金属同士がぶつかる音とは少し違う,甲高い音が室内に響く。
そこには,対処をしようと意識するよりも先に体が動き,身を引きながら腰を落として,両手で握りしめたアーブを振り上げて受けとめるワシと薄い水色の何かをまとった右手の手刀を振り下げて,笑顔を浮かべる女神様が静止していた。ワシの腕がプルプルしているのは秘密である。
(ふーん。アーブの性能ってよりも,剣術のスキルで反応したってところかしら)
「いきなりなにをするんですかっ! めっさビビったじゃないですか!」
(せっかくの装備なんだから,試したくなったんじゃないかと思ってね。未熟な私の体術でその協力をしただけよ)
考えるよりも先に動いた自分にも驚いたが,なんの気配の変化もなく攻撃をしてきた女神様にも十分に驚いて,抗議の目で見つめる。女神様の手から薄い水色の何かが霧散していく。
思い返すと,歴戦の格闘家かよ!ってくらいの鋭さだった。あれが当たってたら,絶対死んでた・・・て,なんでわかるんだ? あ,そうか。剣術スキルの影響か職業の影響か,相手の力量を推し量れるようになってきているってことか。だから,先ほどの攻撃も受け止めることができたのか。
ワシは,アーブからMPを引き上げるような意識を向け,起動を解く。即座に反応したアーブは元の金属状の杖に姿を変える。そんなアーブを見つめて,思案気な表情を浮かべる目の前の黒髪の美女。
(剣技が繰り出されなかったってことは,私が手加減しすぎたからかしら。ふーん,そう易々と私の前に存在を現すようなことはしないってことか。デキは良くとも,私との相性はイマイチなのは覚えているわ。まあ,いいわ。とにもかくにも宵をよろしくね)
「??? 何を言っとるんですか?」
(アーブの真骨頂である剣技を体験してもらいたかったんだけどうまくいかなかっただけ。それに,作り込んだモノには,愛着が湧くものよ。わかるでしょ。だから,大切な信者を守るようお願いしたのよ)
「車をはじめ,いろんなものに愛着を感じちゃうワシとしては,意味は理解しますけど,なんか隠してませんか。“相性がイマイチ”とか変な話が出てるし」
(何も。気にしたら負けよ。アーブにかかわる情報は全て渡したから,気になるなら隅々まで読んでみて頂戴)
少し不機嫌気味になった女神様を見て,『こういう雰囲気になった女性を深追いしてはいけない』という人生経験を発揮して,話題を変えることにする。椅子に座り直し,話題を振る。合わせて,女神様もまたベッドに腰掛ける。
「あとは,魔術関係は・・・無属性魔術は比較的一般的なレベルとして,聖術のレベルはかなり突出している気がしますよ。次は,スキルか。・・・ん? 一部のスキルだけ,情報が記憶から出てこない?」
(聖術の方はREG値を考慮すれば妥当なレベルよ(今回の異世界行を幸いに交信できるほどにイジったのは秘密だけど)。
スキルはね,知っての通り,職業に関連したスキルが職業とともに身につくの。ただし,職業関連とはいえ,習得するために訓練等が必要となるスキルもあるから,職業につけば関連するスキルの全てが手に入るわけではないことに注意しておいて。あなたの場合は剣術 Lv. 4つまりベテラン冒険者一歩手前くらいの腕前だけでなく,アーブのおかげで達人級の剣技が使えるから,あまりスキル探しに頑張る必要はないと思うわ。
だから,今持っている剣術スキルを上げることと,登録されている剣技を使い込んで練度を上げること,そして世にある様々な剣技を受けて登録数を増やせば最強ね!)
「最後のヤツは女神様の趣味でしょ?」
(違うしー)
口をとがらせた女神様を見やり,やはり戦闘狂の気があるに違いないと確信の度合いを強めるワシ。引き込まれないように注意せねば。そんな決意?を見透かしたのか,話題を変えて,話が続けられる。
(で,聖術にしても,私とのつながりによってスペルを授与できるから特に訓練等を焦る必要はないでしょう。一方で,無属性魔術については,アーブを使うための基本系として備わっているだけだから,本来用途としてスペルを増やすとなるとそれなりの訓練などが必要ね。
で,それらのスキルはある意味一般的・・・アーブの剣技はちょっと特殊だけどその筋の人であれば知っている情報だから,あなたの記憶の中にあるわ。でも,あなたの元の世界での能力を基に異世界向けに変質させたスキルが特殊の極みとなるの。
この世界では,勇者などの特殊な生まれのものや神により特別に付与される特殊スキルに相当していて,ここの担当神の一人から聞いた話だと,特殊スキルは1つか2つくらいしか習得できないらしいの。過去の伝説に3つの特殊スキルを持った英雄がいたらしいけど。それに対して,あなたは4つもの特殊スキルを持っているのはある意味異常・・・人外・・・いや伝説外と言えるでしょうね。この特殊スキルは神々により秘匿される傾向があるから,その“常識”に合わせて宵の特殊スキルも秘匿をかけておくわ。たぶん見ることができるのは私よりも格の高い神々くらいのはずよ)
長々と話したせいなのか,女神様は机に近づき,無造作に木製のコップから水を飲み干す。飲み干した後に,続けたられた各特殊スキルの説明に唖然としてしまった。
それらはかなりのチートスキルな気がするんですが・・・女神様の説明によると,
「加速する力」;Lv. 10
キーワードである“アクティベート・アクセラレータ”がMPを込めて詠唱されることで起動し,“ターンダウン・アクセラレータ”のキーワードでスキルが解除される。任意の速さ(最大で(REG×スキルレベル)倍分まで;現状では5120倍まで。投球速度で考えると,時速100kmのボールがだいたい音速の400倍以上の速さまで加速できることとなる)まで自分自身を加速させることができる。
MPを100消費することで,スキルが1回発動でき,(自身のスキルレベル)×分の時間まで持続可能(任意で解除可能)・・・つまり現状では”加速している時間”10分間を13回まで連続で稼働させることが可能ということとなる。
これは一時的に,自身の身体能力を発揮する速度(当然思考する速さも含む)を(REG×スキルレベル)倍の速度で稼働させる(耐えられる)体に作り変えるスキルのため,時間を弄るわけではない・・・つまりここで,ワシが願ったことが叶っているわけである。
なお,その効果が得られる範囲は,スキルを発動させた地点を起点に半径(REG×スキルレベル)mであるため,その範囲を抜けると効果が消失する(例;現状では,半径約5kmの球状の範囲を抜けると速度が元に戻ってしまう)。ただし,投擲するなどをした場合は,その速度は維持されるため,範囲を抜けても速度が落ちることはない。
スキル発動中の範囲は,うっすらとした境界面(淡い水色の薄膜のようなもの)が見えるため,範囲を抜けるかどうかは知覚可能。
「物事を理解し,解決する力」;Lv. 5
深い思考をする際に用いるスキルであり,キーワード“アポカリプス”にMPを込めて詠唱することにより発動するスキル。消費MPは,総量の1~5割程度であり,推測の比率が高いほどMPの消費量が上がっていく。
スキル発動時までに収集された情報を元に,確度の高い推測を交えて状況等を把握することができる。その際に,誤情報が混じっていたりした場合は,スキルの力によりアラートが出る。そして,解決案などが必要な場合は,その解決案までを導き出す。
「意志なきものに意志を与えて操る力」;Lv. 3
一般的にある魔術の一つである,からくり術に類似したスキル。使役対象に対して,キーワード“アライブ・フォー・アス”にMPを込めて詠唱することで発動するスキル。
スキルレベル数までの無機物に疑似生命を吹き込み,使役することができる。スキル発動時に付与する疑似生命のクオリティに応じて,消費MPが異なる(数%~全MP)。
スキルにより付与されて疑似生命は基本的に“破壊(殺害)”されるか命令が完了されるまで活動する。命令が完了すると,完了した旨のシグナルがワシの意識内に流れ込み,再度の命令を与えなければ元の無機物に還元される。
疑似生命体は,ワシと意識的につながっており,念話のようなコミュニケーション術を有する。
「言葉を理解し,話し,そして書く力」;Lv. 10
常時発動型のスキルで,あらゆる言語を聞いた(読んだ)端から,理解することができる。そして,その言語での返答を意識すれば,当該の言語で会話(記述)ができる。何も意識しなければ,標準語(人間語)で返答してしまうが。
となっていた。
そこそこ書き込んだので,連続2話投稿をしてみます。
しばしお待ちを。




