第1章 第一話 Introduction ~国際公務員,委託業務を受ける羽目となる~
いろんな物語を読んで,楽しませていただきました。本当にありがとうございます。
これからは,僕が提供するお話で楽しんでくれる人が一人でも多くなることを期待しつつ,僕が読んでみたいお話を提供していく予定です。
でもって,今回は異世界転移の前の準備運動的な,お話となります。
異世界・・・様々なコンテンツが繁栄している現代においては,このキーワードを聞いて様々なことを想起するだろう。今ここではないどこか,現実世界で得られない何かが得られるであろう場所,人生(それこそ人によっては,”人”生ですらないかもしれないが)がリセットされるところ・・・もちろん,いいことばかりではない;今よりも厳しい現実に晒されて,今以上に生きたくなくなるようなイヤな場所,人生リセットどころかコンティニュー状態でブラックな環境が引き続いちゃうところ,などなど。
いずれにしても人生80年をとっくに昔に折り返してしまった宵・・・人生の酸いも甘いも知り,おいちゃんらしく薀蓄が語れるほどの豆知識を些末な脳みそに詰め込み,あまつさえラノベを網羅してしまったようなそっち方面の猛者・・・にしてみれば,娯楽の一つであり夢物語以外の何物でもなかったに違いない。アレが見えてしまう,その瞬間までは。
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ワシは氷烏宵。しがない国際公務員である。え,国際公務員って? 今どきの人なんだからG○○gle検索とかヤホー辞書とかで調べなさい! 「国際連合およびその専門機関など,国際機関の事務局を構成する職員」とあるでしょうが。要は,事務のおいちゃんってわけよ。ま,職業柄,多言語や多彩な世界文化に精通しちゃっているけど,別にな~んの自慢にもならない。だって,周りの同僚・先輩・後輩すべてがおんなじ感じだからねぇ。あ,けど,事務処理能力なら早えーぞ。通常の10分の1の速度で,10倍のクオリティでアウトプットを出しちゃうから。
さもなきゃ,長々と同じ職を続ける(契約をし続けてくれ!と懇願されちゃう)ことはないから。
職を持たない人がそれなりにいるこの世の中では怒られるかもしれないけど,そんな些末な自慢話を除けば,日々単調な生活しかないわけで・・・。
無骨なアナログの腕時計の針が紺色のダイアルの上を正確に時を刻み,そして5時を指す。見計らったわけではないだろうが,宵は処理すべき書類を添付した大量のメールを送信し,開いていた参考資料を閉じて,すかさずShut downのボタンをクリック。伸びをする。
「さーて,今日もこんなところで勘弁してやるか。帰ろーっと」
シンプルな黒革のカバンにいつもの仕事道具,といっても手帳とスマホのケーブルと充電器しかないのだが,そんなアイテムたちを丁寧に収納し(カバンの形を崩さないような努力は重要),愛車であるBMW 125dの鍵を弄びながら,いつもの駐車場へと向かう宵。
季節はいわゆる夏まっさかりで,くっそ暑い。日本を離れて,ヨーロッパで仕事をしているはずなのに,ここ最近の夏の暑さには辟易する毎日である。きっと,知り合いや同僚たちは,職場に併設されたバーで一杯ひっかけながら涼をとっていることだろう。
「一杯呑んでも,いっぱい呑んでも,その後で暑い中を移動しなくちゃならんのなら,さっさと帰って涼みながら一杯やるに限るだろ」
人付き合いをしないわけではないが,だらだらと群れるの嫌う宵の人となりが表された独り言が発せられる。そして,宵はBMWにエンジンをかけ,お気に入りの曲を満載したコンテンツを流しながら,一路自宅へと向かう。片道10kmそこそこの通勤路は高速を使うこともあり,アクセルを床まで踏み込んで,ふわわkm/hをがんばって振り絞るBMWとしばしのドライブを楽しむのが数少ない娯楽の一つであるのはここだけの話である。
「パルがんばれー。あのいけ好かないベンツをぶち抜いてラップタイムを更新するぞー。ははは」
愛車に名前をつけて呼びかけちゃう痛々しさはともかく,独り言が多くなるのは,多くの中年に起きうる,あるある事象である・・・はずなのだが。
(どう,たのしい?)
・・・・返事?・・・・
「ん? 今の曲に台詞を語るパートってあったっけ???」
スピーカーから聞こえたような鈴の音のようなかわいらしい声に一瞬思考が引き寄せられる。確かに満載されたコンテンツからは宵が好きな声優が歌う綺麗な声を奏でている。しかし,一人で運転する車内にはもちろん同乗者はいない。
楽しい高速区間は終了し,おとなしく走らねばならん市街区にシーンが移る。おいちゃん,機嫌よく鼻歌なんぞを奏でてるそのとき。
(どう,たのしい?)
またもや鈴の音のような軽やかな声が車内に響く。
「・・・え? 聞き違い? けど,確かに今,”たのしいかい?おっさん”と言われたような気が・・・」
(いや,そこ,そんなヒドイ言い方しないし)
「えっ!?」
自分以外誰もいない車内から聞こえた(と感じた)宵は驚いて思わず,ブレーキを踏んでしまう。
キキキィーーーーーッ。パッパァァアァーーーーー。
で,そんな急な操作をすりゃもちろん,周囲からクラクションの嵐である。
「いや,ホントすんません」
クラクションを鳴らしたであろう皆様方にはもちろん聞こえないはずなのに,思わず口をついて謝っちゃうところはやはり”ザ・日本人”ここにあり,というとこであろうか。
宵は曲目を再度確認し,前後のどの曲にも語りパートがないことを再認識。
「ま,見るまでもないよな。そもそもそんな曲入れてないし。はて,とうとう幻聴が聞こえちゃう歳になっちまったんかねぇ・・・さすが人生折り返し組ってヤツか。こりゃまいった」
残念ながら,この独り言には誰も答えることなく,BMWだけが相槌を打つかのごとく小気味よいエキゾーストノートを立てて,宵の自宅に到着する。
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宵は冷蔵庫と食材庫のストック状態を一通り見てから,しばし思案する。冷蔵庫の開けっ放しは,霜増殖の主要因。さっさと閉めるが一番,と知ったのは,年の功か,はたまた何かをやらかしたからか。
「さーて,メシめし。今日は何をつくろうかね。昨日は中華,一昨日は和食だったから,今日はパスタかねぇ」
(いいねっ,それ!)
「ええぇぇっっっ!? ・・・今度は間違いない,どこからか声が聞こえた。おっさんが主人公の怪談噺なんて洒落にもなんねーって」
アパートメントに帰ってきてからは,TVもつけていなれば音楽もかけていないから,戸外から聞こえる些細な生活雑音を除けば,もちろん無音である。
いい歳ぶっこいて,怪談噺が苦手な宵はおそるおそる台所を皮切りにアパートメント内の部屋のほうぼうを見て回る。しかしながら,そんな音を発生しそうな何かも,誰も見当たらない。
が,気配的な何かに気づいて振り仰ぐと,背の高い本棚の上に濃紺の縦ロールの綺麗な髪を下げた,10歳程度とおぼしき少女が壮麗なドレスを身に纏い,足をバタバタと振りながら宵を見下ろしていた。
(あははは。やっーっと気づいてくれた。遅いというか鈍いというか・・・ま,それが愛らしいとこなんだけどね)
声は”聞こえる”のだが,どうにも彼女の口元から音が発せられているように見えない。口は動いているのに。
「え,あ,その,何なのぉーーーーーーーっ!!!???」
おいちゃん,年甲斐もなく気を失う。
<約2時間後>
やけに柔らかな感触の中,まどろみの中からワシは浮上しようとしていた。
「・・・んん。めっさ気持ちいい感触が頭にあるんだけど。いやぁ,この感触は数年来ご無沙汰だよなぁ,夢なら覚めないでいただきたい・・・って,はうぁっ!?」
どこぞの潜水艦のごとく,ふわーっと意識が浮上して,うっすら開き始めた視界に映るは,美少女。
・・・え゛ビショウジョ!? 潜水艦から発射されたミサイルような勢いで起き上がるワシ。
そして,目ン玉がこぼれ落ちるかのごとく目を見開いて,目の前の少女から飛び退る。その距離2m。おー,ワシもまだまだ動けるの。はっはっは。まだだ,まだ終わらんよっ。いや,そんな名セリフを吐いている場合ではない。
(わたしの最高級の膝枕ですやすや寝ていたのに,その反応は悲しくなるわー)
「え,いや,その,っつーか,ええっと,すみません。ごめんなさい。ご迷惑をおけかして申し訳ありません!」
非難とおぼしき一言を聞くや,工事現場の立て看板もかくやの90°のお辞儀で,光速で平謝り。礼儀正しき”ザ・日本人”再度現る・・・この一連の行動が’礼儀’の範疇か否かは判断をしかねるところ。
(ああ,もういいから。そこまで引かれると怒る気も失せたわ。せっかくあなたが作り上げてくれた綺麗なイメージの一つに合わせて現れたのにぃ。他の姿の方がよかったのかしら?)
そう。確かにワシの目の前にいる少女はある姿を忠実に・・・いやそれ以上の美しさを再現した姿だったのだ。陶磁器のような肌理こまやかな白い肌,小さな顔,濃紺の髪は縦ロールでアクセントをつけつつ精巧な銀製と思しきカチューシャで纏められ,肩口よりわずかに下のところで綺麗に切りそろえられている。目の色は髪の色と同様に濃紺であり,綺麗なアーモンド形の目は目じりが少し下がってやさしげな雰囲気をもたらしている。しかしながら,気分を害したことを表現したいのか,尖らせた唇はぷっくりと膨らみ,リップを引いたかのような艶やかな桜色を呈していた。’少女’と認識した通り,華奢な体つきではあるが決して不健康な感じがしない。着ているドレスはビスクドールが着ているようなデザインで,その肌触りは滑らかの一言に尽きる(ええ,膝枕にて体感させていただきましたからね,わかりますとも)。
その’ある姿’とは,自らが信心しつづけた女神様の姿そのもの。いや,それ以上の美しさをもって,ワシの目の前に顕現していたのである。
そうワシは,よくいる日本人らしく,無宗教でありつつどの宗教の神々もその存在を否定はしなかった。ただし,どの神々をも信ずることができない人。あるジャンルの人から見れば,残念な人,神をもおそれぬ不届きもの,破戒者・・・まあ,ろくなヤツではないということである。
しかしながら,ある事件をきっかけにワシは自らが信ずる何かを自身の中に作りあげ,自らの心をすべて捧げて,信心してきた。誰にも語ることなく(何かを信心していることはごく一部の信頼に足る人たちには説明したことはあるものの,理解されたことがあるとは露程も思っていないが),誰に知られることもなく,自らの信ずる力のみで自身の女神様の力を感じ,そして与えてもらえるご加護と女神様の恩恵を享受してきたと信じてきた・・・今でももちろん信じている。
「え,いや,その,本当に表れた女神様を前に何を言えばいいのか言葉が見つかりませんて・・・。いくらラノベに精通したところで,現実離れした何かを見て,おどろかない人がいるならばお聞かせいただきたいっ」
心の奥底で感じる何かによって,目の前の彼女が本物の女神様であることを認めつつ,なぜかこの期に及んで,何を疑ったのかはわからないが,自分を見守りつづけ,救い続けてくれたであろう存在が具現化したことが受け入れきれず,女神様の名前を口に出すことができないワシがいた。きっと畏れを感じていたのかもしれない。いつも心の中で語りかけていた(また語りかけてくれていた),近しく愛しい存在にもかかわらず。そこに自らの矮小さを気づかされ,一抹の悲しい気持ちと自身の至らなさに苛まれる。
(いいのよ。そんなこと気にしないし。”女神様”と認識されただけでも十分合格だわ。というか,ずーっと見続けてきたあなたがどういう反応するかのケーススタデイは数えきれないことしたもの。そのうちの一つを見たに過ぎないわ。そもそも目の前に現れることを直前まで躊躇ってのはわたしだし。ま,彼の推測は当たってたってことか)
彼女はワシの心の内を見透かしつつ,どこか自らを説得するような口調で,そう嘯いた。そして,その後に続く言葉にワシは耳を疑う。
(で,夕飯は何にするの? やはり,パスタなら海老とキャベツのペペロンチーノよねっ!)
「・・・え? あの,そのお食べになられるのでしょうか??? 何か話があるんじゃないんかいっ」
(当然でしょ。お話も重要だけど,愛しい彼に作ってもらう,イタリアン・・・あー,もうっ萌えるじゃないっ!)
興奮気味の声を発する彼女を,ハニワ顔で見つめつつ,どんな言葉使いで接すればいいの?とくだらない悩みと春キャベツを使うレシピにも拘わらず普通のキャベツでいいんだろうか?としょうもない疑問を浮かべつつ,ワシは冷蔵庫と食材庫を開くのであった。
いつも通り,ニンニクをオリーブオイルで熱し,香りを移す。’ニンニク臭は問題ないんだろうか? っつーか,食事ってできるのか?・・・あー,もうようわからんっ’とひとりごちて,ソースを作りつつ,パスタをゆで始める。白ワインと少量の片栗粉で海老の下ごしらえをし,投入のタイミングを待つ。
ここ一番のタイミングで海老を投入し,ほどなくしてキャベツと鷹の爪を追加。キャベツがオリーブオイルを吸い過ぎない頃合いを見て,パスタとゆで汁少々を混ぜ合わせ,塩と黒こしょうで味を調整。最後にゆず胡椒でアクセントをオン。もちろん,刻み海苔は忘れません。
「はいっ,出来上がり!」
綺麗にオレンジ色を呈した海老たちと綺麗な緑色がパスタを彩る。
(わー,ぱちぱち。素敵ー。惚れるわー)
「なんだろう,棒読み感をうっすら感じるんですが・・・」
(気にしたら負けよ。いただきまーす)
女神様が食べ始めるのを見て,平行して準備していたツナサラダにゴマ醤油ドレッシング(自家製)を軽く和えてサーブする。飲み物は,少し逡巡し,’少女にアルコールはねーよな’と口の中でつぶやき,オレンジジュースをそっと差し出す。
(はふ,はふ。おいしいじゃないの。やはり女を捕まえるには胃袋からってのは鉄板ね!)
「はあ。そんな常識あったっけ・・・ま,いっか。んじゃ,こちらもいただきます」
ワシは手を合わせてから,フォークを手に取る。パスタを食べるときにスプーンを併用するのは子供だけであるというホントかウソかわからないイタリアンな常識を信じているワシはフォークだけで皿の隅のパスタを絡め取る。飲み物は普段呑みに常用している,GAVIを開ける。
(何,わたしにはノンアルコールで,あなたはイタリアンワインで小洒落ちゃうわけ?)
ワインを入れたタンブラーを口につけようとしたワシを少女が睨み付けている。なんだろう,居もしない愛娘に怒られている気分て,これいかに。
「いや,子供にアルコールはアカンでしょ。オレンジジュースは健康的でいいんですよ。ワシは限られた人生における,アルコール摂取可能量を考慮して,好きなアルコールで満たすことで幸せを最大限にするよう努力しておりまして,その結果がこれであるわけです」
と愚にもつかない言い訳を吐き出しつつ,くいっとタンブラーを煽る。そして,視線を下すと目の前に”少”が抜け落ちた美女がパスタを頬張ってます・・・えええぇっ!!!!????
(ほら,面食らってないで,ちゃんと目の前の女性にワインを注ぎなさいな)
そう,目の前にはまさしく妙齢の美女が鎮座しています。何が起こったのか,わけわかめ。
先ほどまでいた濃紺の縦ロールの美少女は跡形もなくいなくなり,ぬば玉のごとく艶のある黒髪が腰近くまで流れている,切れ長の目をした,これまた陶器のような肌理こまやかな白い肌を持つ美しい和風美女がいたのである。深紅のルージュを引いたような口元の口角を上げて。
いつの間にやら大人になってしまったのか,少女というには失礼な大きさの膨らみが胸元の象牙色のドレスを押し上げて,色気的な何かをワシ向けてアピールしている。・・・いや,アピールされている気がする。
そして,その姿もまた,ワシがイメージしていた女神様の姿の一つであったのだ。
催促するがごとく,ぐいっと目の前に突き出されたオレンジジュースが飲み干されたグラスを見つめる。ワシは躊躇することなくそれを取り上げて,新たなワイングラスを棚から取り出し,丁寧にGAVIをサーブして勧める。
「お嬢様,いかがでしょうか」
なぜか口調が変わるのは目の前のビジュアルに圧倒されたからか。
(今までの信心に免じて,及第点にしておいてあげるわ)
流し目と合わせて,送られてくる声は,先ほどと同様に口から発しているようには見えないのに聞こえる声。少女のような高めの音ではなく,低いトーンで人の心を落ち着かせてくれるようなメゾ・ソプラノが響く。ああ,大人の女性だわ。
何か知らんが,気がつけば家デートをしているような環境下で食事が進む。
齢40なんぼにして,美女を前にしただけで,何から話しかければ良いのかわからなくなる自分に’調子狂うなー’と口の中でつぶやきながら,時折パスタをワインで流し込む。
ほどなくして,GAVIは空き(どんだけ呑むんだよ! ワシそんなに飲んでないのに),やむなくこれまた白であるTorrontésをサーブ。
「・・・・・・・・・・・・」
話を催促するような気持ちで沈黙しつつ,女神様を見つめる。それに呼応するように,彼女の深紅の唇が動き出す。
(さて,どこからお話しすればいいかしら。・・・ま,そういう豆知識というか情報はよくわかっているだろうから,単刀直入に言うと,異世界に招聘すべく,目の前に現れたってとこかしら)
「いわゆるスカウト的何かってヤツですが? で,何をワシにさせたいんですか? そもそも女神様はワシの心の中にしかいないものと思っていたんですが」
(そうね。この世界ではきっとわたしを認識して,信心を持ってくれるのはあなただけでしょう。けど,わたしの担当管轄がもう一つ増えてしまったの。ある意味,あなたのおかげによる昇進みたいなものかしら)
「へ? 担当の増加? 昇進?」
(わたしを含め,あらゆる時空間にあまたの神々がいるの。それこそ星の数ほどって例えがそのままになるくらい。で,その神々の力と格は,信心する存在によって増えたり減ったりするの。力と格が上がれば,義務が増えて,仕事が増える,と。たった一人の信者しかいないわたしが担当を増やしてもらえるほど昇進する理由はまったくわからないけど,上司によれば,強い思いで一途に信じつづけた,たった一人の信者をもつわたしは,玉石混合の信者が多数いる神々と比べて,混じりけのない純粋かつ高潔な存在のようなものであるらしいわ。真の意味はもっと違うところにあるのだけど,人に理解できる語彙をもって説明するとそんな感じ)
一息に話されたことを飲み込むよう,ワシはタンブラーのシャルドネを一気に流し込む。
「話してもらったことについては一定の理解はしたけれども。で,繰り返しになりますが,ワシを招聘して何をさせようってんですか? 見ての通りのおいちゃんは荒事がこなせるわけでもなく,明晰な頭脳があるわけでもない。人様に言えるような特技的なものは事務処理能力ですよ。まさか異世界で事務職員の達人として成り上がって世界を救えと? 事務官無双!!・・・いや,それはそれで面白そうだけど,ありえないでしょ」
(まあ,いわゆる世界を救う的な仕事になる,はず。もちろん,それが遂行できるような力は与えることはできると思うし。ある意味その能力がきっかけになるというかなんというか・・・ある意味わたし次第のとこもありまして・・・)
「歯切れが悪いなぁ。それこそ,ラノベ的にチート能力全開で無双してこいって言ってくれれば,一も二もなく乗りますって。・・・でもね,ワシにできるのは無双でなく夢想全開くらいですよ。はっはっは」
芝居がかった高笑いをバカにするでもなく,女神様は神妙な表情で再度口を開く。
(そうね。ある意味チート能力全開かな。わたしにできるのは,何もないあなたに何かを付与するというよりも,あなたのこの世界での能力を変質させるくらいしかできないの。そもそもわたしはそんなに格は高くないし,そもそもはあなただけを見てればいいという存在だもの。ただ,その変質させた能力は,あなたが成長することだけでなく,わたしの成長にも則して変遷していくの。・・・というのは上司からの受け売りなんだけど)
「ほえ? よくわからんですよ。そもそも,異世界に招聘っつったって,ワシ死んじゃうの? 別に何がある人生でもないけど,突然死は切ないですよ」
ワシにだって,小さいながらも夢的なものはそこそこあるわけで。見目麗しき素敵な女性と恋人気分を味わうとか(恋人ができる気でいるのがスゴイところ。はい!ここ拍手),リターンライダーとなってバイク三昧的な生活をしてみるとか,うまいメシを堪能するとか,読みかけのラノベを完読するとか・・・自分で言ってて,あまりにちっちゃくて寂しくなってきたわ。
(端的に言うと,死んでもらっては困るのよ。わたしを信心してくれる人がいなくちゃ話にならないし)
「ワシはここからいなくならない。けど,異世界には招聘される???」
またもや,わけわかめ。
(この世界には,いわゆるあなたの現身を残していくの。完全なるコピーなので,本物と変わらない。けど,あくまでコピーなので,今迄の経験上にあることしかできない。なので,新しい何かを生み出すときはオリジナルのあなたが,異世界側から指示を出すことになるの。こちらで経験したり,得たものはオリジナルにフィードバックされるから,MMORPGのアバターを置いてきて,情報が適宜共有されるって感じかしら。でも,あなたの想い(信心)はオリジナルからアバターを介してわたしに流れ込むから,わたしの女神としての力や格は維持・強化される,と)
そして,女神様は残りのワインで喉を潤して,ワシを漆黒の瞳をたたえた切れ長の目で見つめる。どうよ?とばかりに・・・。
美女に見つめられるのはうれしい限りであるが,話の題目が題目だからなぁ。とはいうものの,断るという選択肢は,ワシの中にはなかった。それは,自らが信ずる女神様からの頼みであることもさることながら,やはり危険を冒すことになろうとも,平凡な日々から抜け出して,何かをなしたいという功名心がこのおいちゃんにもあったということなのだろう。
「完全な理解には至ってないところではありますが,死んじゃうわけではないなら,こちらに帰る余地があるってことですよね? あとは向こうで何をするのか,そのために何を提供してもらえるのかに納得がいけば,お仕事はお受けいたします。というか,女神様のためになることならば,条件が多少悪くともやりますとも」
(いや,そこは”女神様のためなら,何でもやります。いえ,ヤラせてくださいっ”と意気込むところではないでしょうか・・・)
「意気込むところの言い回しに,ワシに対する評価を垣間見た気がしますが・・・何はともあれ,条件等々をご教示くださいませ」
女神様は,一度目を伏せると,しばし瞑想する。ワシはその神々しい美しさ(女神様だから当たり前か)に視線を奪われ,次の言葉を固唾を飲んで待つ。おもむろに彼女は目を開け,少し機械じみた声音で語り始めた。
(あなたが異世界に転移することで得られる力は,「加速する力」「物事を理解し,解決する力」「意志なきものに意志を与えて操る力」「言葉を理解し,話し,そして書く力」・・・よ)
「なるほど,事務処理能力の凄さ加減が効いているってことか。あとは,車の運転に多言語を駆使する力がきっかけ・・・かな。身体能力面でのご加護はないのでしょうか? 何をするのかわかりませんが,異世界なんてキーワードから思いつくのは,気合と根性と体力でミッションを達成させるようなことしかイメージできないんですが。となると,せめて若返らせていただかないと体力的にキツそうな気がするんですが。どないでしょ?」
(残念ながら,今のわたしの力ではパラメータとでもいうべき諸能力を人外の領域まで引き上げることはできないの。せいぜい一般的なレベルよりも少し増してあげるくらい。若返り的何かは期待しないでちょうだい。それに,あなたが培った経験も重要な能力の一部なので,年齢はいじることができないわ。さっき話した,あなたとわたしの成長が寄与することなんだけど,現時点では何がどう影響するのかよくわからないの。成長した内容次第というところかしら。あと,上司からは,この仕事への協力への感謝として,一つだけあなたの願いを叶えてくれると言われているのだけれど・・・)
「”願い”ねぇ。・・・それでは,与えていただけるそれぞれの力を発揮することに耐えられる肉体,ですかね。付与される力があっても,それを即時に限界まで扱えないんじゃ意味ないですから」
(ええ。わかったわ,その”願い”は伝えておくわ。どう叶えてくれるか上司次第だけど)
そこで,まさに残念そうな表情を浮かべる女神様。美しい彼女は,どんな表情を浮かべようと美女そのものなのだけど,’残念’というイメージが強烈な力をもってワシを圧倒する。そんな,圧倒感なんて,いらんって。
「その残念さを前面に押し出されると不安しかないのですが。マジで大丈夫なんでしょうか」
(この間,似たような仕事を受けた同僚の信者が出した願いの叶え方を見ちゃったからねぇ・・・)
「ここはどう叶えられたかは聞かないのがいいんですよね?」
(ええ。もちろん。ぜひとも【聞かないで欲しいわ】)
・・・先生,そこダ○ョウ倶楽部のファンの一員としては『聞いてください』にしか翻訳されないんですケド。
(聞かれても困るしぃ・・・ね,わかるでしょ?)
「この流れは,”お聞かせください”というセリフをワシに言わせたいようにしか理解できんのですが・・・ええ,ノリますとも,最愛のあなたに水を向けられて,無視できるワシがいるわけがないっ。で,何があったんですか?」
(そのときの”願い”は,『何モノにも負けない力』・・・だったらしいわ)
聞いちゃイカン話な気はしていた。長年の人生経験で分かる空気感でワシは見切っていた。しかし,ワシは愛する女神様が期待する何かを裏切ることなんぞ,出来はしなかった。
「で,その結果は?」
女神様は,心底残念そうな表情を浮かべつつ,目が笑っているという高等スキルを駆使して,大切な信者であるワシに正確に伝えてくれた。その彼だか彼女だかわからん同志の末路を。
(そう。かの信者は”モノ”には負けない力は身に付けたわ。それは一点の曇りもない真実。ただ,”モノ”の定義は上司の中では生きとし生ける者以外のすべてだったの。結局,かの信者は,絶大な力を内包しつつも,矮小な魔物や野生の動物に打ち勝てる力は得られなかったの)
「で,その方の行く末は!?」
(派遣された先で,世界を救うべく悪戦苦闘しているとは聞いているわ)
遠くを見つめる女神様を見たワシは,子供の頃に見たTV番組での’はいっ,残念!’とニコやかに笑う天然パーマの司会者とそれに付随するおかっぱ頭のオバさんのシーンしか浮かばなかった。
「一応,生きて頑張っていると信じますが,まずは上司殿の言葉の定義を確認しましょうよっ!」
ここで,最愛の女神様はワシの物マネか!?と思うくらいに目を見開いて,独白。
(え!? さっきのお願いがファイナルアンサーと思って,もう伝えちゃったよ!?)
「いや,そこは,’ファイナルアンサー?’って,聞きましょうよっ」
はい。すでに賽は投げられておりました。
次回掲載は2週間後を超えない時期がターゲット。
とにもかくにも,前書きにあるように僕が読みたいと思う物語を紡いでいく予定です。
カッコよく見せようとして,ダサい展開になったり,グダグダになったりすることもあろうかと思いますが,ハッピーエンド以外は認めない,強情な作者が書く作品なので,ダークな展開やブラックまっしぐらな展開を望む方は満足できないお話になろうとかと思います。
女神様を信じるみんなにご加護がありますように。




