↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「俺が寝てる間に弟子が全員魔王になってた件、愛の鉄拳で魔王を更生させます——師匠、1000年ぶりの出勤」  作者: てん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/23

# 第23話「世界がざわめく」

すいません。更新止まっていました。再開します。



七魔王のうち、五人が消えた。


大陸が揺れていた。


傲慢の魔王が消え、銀月城塞の周辺に交易路が復活した。何百年も迂回を強いられていた商人たちが、我先にと旧街道に殺到している。


憤怒の魔王が消え、焦熱の王国跡地に草が生えはじめた。大地が冷え、風が種を運び、緑が戻りつつある。入植希望者が各国から押し寄せている。


強欲の魔王が消え、黄金天宮の墜落跡地が観光名所化しかけていた。黄金の破片を拾いに来る者が後を絶たない。


怠惰の魔王が消え、錬金汚染に覆われていた土地が回復しはじめている。


嫉妬の魔王が消え、影に覆われていた森に日光が戻った。


世界は変わりつつあった。


だが——各国の王宮は喜んでいなかった。


「あと二人の魔王が消えたら。あの男は何をするのか」


「味方か敵かわからない存在が、最も危険だ」


「手を振れば軍が吹き飛ぶ。あくびで魔物が消し飛ぶ。宮殿を落としても被害を最小限に抑える——つまり制御できている。制御できる力がこちらに向いたら、誰にも止められない」


各国の首脳が、同じ結論に至っていた。


聖騎士シルヴィア・レインは馬上で報告書を書いていた。


揺れる馬の背で、それでも字が乱れない。訓練の賜物だ。


『対象はバルタザールと名乗る男。推定年齢三十代半ば。ボロい外套を着用。武器の所持なし。元魔王と思われる女性五名を同行させている』


ペンが止まった。次の一文を書くのに、三秒かかった。


『戦闘力は——報告書に記載するのが困難であります』


困難。聖騎士の報告書に書く言葉ではない。だが事実だった。


ギルドの記録。各地の証言。衛兵の報告。冒険者の噂。全てを照合した結果が——「人間の範疇を超えている」だった。


手を振って魔物五十体殲滅。あくびで二百体消滅。十万の軍勢を歩いて突破。竜化した魔王を素手で制圧。空中宮殿から落下して無傷。


一つ一つは信じがたい。だが全てが同一人物の行為だという証言が、独立した複数の情報源から出ている。


シルヴィアは最後の一文を書いた。


『対象が大賢者バルタザール本人である可能性を——排除できません』


報告書を封じ、伝令鳩に括りつけた。鳩が飛んでいく。


上官は「1000年前の人間が生きているはずがない」と言うだろう。自分もそう思う。だが現場の証拠が、それ以外の説明を許さなかった。


シルヴィアは馬を走らせた。対象との距離はあと数日分。


大陸の片隅の酒場では、四人組の冒険者が酒を飲んでいた。


「なあ、聞いたか。五人目の魔王も消えたって」


「ああ。嫉妬の魔王。あのおっさんだろうな」


「おっさんって言うなよ。あくびで二百体消し飛ばした人だぞ」


「でもおっさんだったろ。見た目は」


「……なあ。あのおっさん、大賢者バルタザールと同じ名前だったよな」


「ああ。親が大賢者のファンだって——」


四人が顔を見合わせた。


「……ファンか? あれ、本当にファンか?」


「本物の大賢者ってことはないよな」


「ないだろ。1000年前の人間だぞ」


「……だよな」


誰も否定しなかった。否定できなかった。


当の本人は、図書館にいた。


学術都市リベルタス。大陸最古の図書館を擁する街。石造りの建物が並ぶ静かな街並みの中央に、巨大な図書館がそびえていた。


バルタザールの足が止まった。


「……図書館か」


もう誰も驚かない。弟子五人が一斉にため息をついた。


「1000年前にもあったな。あの頃は羊皮紙が五十枚くらいしかなかったが」


ルナリア「あー……そうだった。手書きで全部写してたのよね」


フレア「先生、夜中にずっと書いてたの覚えてる。インクの匂いがしてた」


メルダ「私の教科書も先生が手書きしてくれた……めんどくさかったでしょ」


バルタザール「めんどくさかった」


図書館の扉を開けた。


中に入って、バルタザールは立ち尽くした。


壁一面の書架。天井まで届く本棚が何列も並んでいる。何万冊という蔵書が、分類され、番号を振られ、整然と収められていた。


「……すごいな」


素直な感嘆だった。大賢者の威厳もへったくれもない。子供のような顔をしている。


弟子たちは師匠が図書館に消えていくのを見送った。こうなると出てこない。1000年前もそうだった。


「先生、私たちは買い物してくるわね」


ルナリアの声が聞こえたかどうかも怪しい。バルタザールは既に古代魔法理論の棚に向かっていた。


棚の端から順に背表紙を読んでいく。指が一冊の本で止まった。


古い。紙ではなく羊皮紙。インクが薄れかけている。1000年以上前のものだ。


手に取って開いた。


表題——『原罪の神を滅する術式についての考察』


バルタザールの目が変わった。楽しんでいた目ではない。鋭い目。戦う時の目だ。


頁をめくる。古代語で書かれた理論が並んでいる。


封印ではなく、消滅。完全に存在を抹消するための術式の理論。


断片だった。術式の全容は書かれていない。冒頭の理論部分と、素材に関する記述の一部だけ。残りは「安全のため、別の場所に分散して記録した」と末尾に注記がある。


「先生、何か見つけたの?」


セラフィナが戻ってきていた。バルタザールの表情が変わったのを見て、一人で引き返してきたらしい。


「……消滅の術式の断片だ」


「消滅? 封印ではなく?」


「ああ。完全に消す方法の——理論だけだが」


セラフィナの目が見開かれた。


「1000年前、俺はこれに辿り着けなかった。だから封印するしかなかった。あの時は力任せに縛りつけるのが精一杯で——」


「今は見つけた。ということは——完成させる手がかりが?」


「断片だけだ。術式の全容にはほど遠い。だが——方向は見えた」


バルタザールは文献を閉じた。


先日、鍛冶屋から聞いた星鉄の話。伝説の素材。そして今、消滅の術式の断片。二つの点が、まだ繋がらない。だが同じ線の上にあることは感じていた。


「この文献、借りていく」


「先生、それ図書館の蔵書よ。持ち出し禁止では——」


「1000年以上前の俺の知人が書いた文献だ。借りる権利はある」


「ないわよそんな権利」


結局、バルタザールは図書館の司書に頭を下げて(セラフィナが代わりに頭を下げて)写本の許可をもらった。バルタザールが写すのは速い。1000年前から鍛えた写本技術が、こんなところで活きた。


学術都市を出た。


街道を南西に向かう。次の目的地はまだ決まっていない。暴食の魔王グリアか、色欲の魔王リリスか。情報を集めながら進む。


街の外れで、バルタザールがまた足を止めた。


弟子五人が諦めの表情で見守る中、バルタザールは街道沿いの平原を眺めていた。


広い土地だった。


なだらかな丘陵が続き、遠くに川が見える。草原が風に波打っている。空が広い。気候は穏やかで、日当たりが良い。


バルタザールがしゃがみ込んで土を取った。いつもの動作。匂いを嗅ぎ、指で零し、舌で僅かに舐めた。


「……かなりいい」


目が輝いていた。本屋や図書館と同じ目。だがこちらの方がもっと真剣だった。


「土が深い。腐葉土が厚く堆積してる。水源も近い。広さは十分だ。ここなら——六人どころか十一人でも住めるし、畑も——」


「先生」


ルナリアが横に立った。


「ここ、気に入ったの?」


「ああ。今まで見た中で一番いい。だが——」


バルタザールは地図を広げた。


指が二点を示した。この土地の南東——暴食の魔王グリアの領域。北——色欲の魔王リリスの領域。


「魔王の領域に挟まれてる。今は問題ないが、呪縛が解けるまでは安全とは言えない」


ルナリアが頷いた。


「全員回収してからね」


「ああ」


バルタザールは地図を畳んだ。立ち上がって、もう一度だけ平原を見渡した。


「……全員回収したら、もう一度来るか」


五人の顔がぱっと明るくなった。


フレア「先生と一緒に住むの!?」


セラフィナ「まあ……先生が選んだ土地なら、住んであげてもいいわ」


メルダ「畑……先生がやるなら……私は寝てる……」


ルナリア「わ、私は別に先生と住みたいわけじゃ——住環境の効率化として——」


ヴィオラだけが黙っていた。


「……十一人で住むの?」


小さな声だった。


バルタザール「最終的にはそうなるな。まだ六人増える」


「……十一人」


複雑な顔をしていた。先生と住めるのは嬉しい。だが十人の弟子と一緒に住むということは——先生を独り占めできる時間がさらに減る。


バルタザールはヴィオラの頭に視線を向けた。触れない。ただ見た。


「お前の部屋は、俺の部屋の隣にする」


ヴィオラの瞳が揺れた。


「……いいの」


「壁越しに気配がわかるだろう。お前は、それで安心できる」


ヴィオラの外套を掴む指先が、少しだけ強くなった。


夜。


弟子たちが寝た後、バルタザールは一人で座っていた。


膝の上で図書館の写本を広げている。月明かりで文字を読む。古代語の術式理論。消滅の術式。


「消滅の術式か」


呟いた。


「1000年前はこれに辿り着けなかった。力任せに封じるのが精一杯だった」


星を見上げた。


セラフィナの精神世界で学んだことを思い出す。力では砕けない鎧があった。メルダの城では料理で起こした。ヴィオラには言葉と時間で向き合った。


力ではない手段で、弟子を救ってきた。


「力だけでは足りない。1000年前と同じ轍は踏めない」


写本を閉じた。


「あいつらに教えられてるな。……師匠が弟子に」


苦笑が浮かんだ。だがその表情には、1000年前にはなかった穏やかさがあった。


デミウルゴスを倒すために、力だけでは足りない。かつてはそれしかなかった。だが今は——別の何かが、少しずつ見えはじめている。


その「何か」が何なのか、まだわからない。だが方向は——見えた。


翌朝。


出発の準備をしていたバルタザールが、空気の変化に気づいた。


「……変わったな」


ルナリア「何が?」


「空気だ。南東と北。残りの二人——呪縛が濃くなってる」


五人の弟子の表情が引き締まった。


セラフィナが腕を組んだ。


「デミウルゴスが学習してるのよ。五人失ったら、残りは死守する。次はもっと厄介になるわ」


ルナリア「今までとは違う呪縛が来るってこと……?」


バルタザール「ああ。だが——行かない理由にはならない」


荷物をまとめ、街道に出た。


六人が歩きはじめた——その時だった。


街道の向こうに、砂埃が上がっていた。


馬の蹄の音。一頭。速い。まっすぐにこちらへ向かってきている。


バルタザール「……来たか」


ルナリア「何が来たの?」


砂埃の中から、銀色の光が現れた。


白馬だった。その上に——銀色の鎧を纏った女騎士が跨っている。


短く切り揃えた銀髪。鋭い碧眼。引き締まった顎。背筋は定規で測ったように真っ直ぐ。全身の銀色の鎧が朝日を弾いて輝いている。


馬が止まった。街道の真ん中で、バルタザール一行の前に立ちはだかる。


女騎士が馬上から一行を見下ろした。


ボロ外套の中年男。その周囲に、銀髪のエルフ、赤髪の竜人、金髪の天使、茶髪の小柄な少女、黒髪の寡黙な少女。


女騎士の瞳が一瞬だけ揺れた。元魔王が五人。この目の前に。だがすぐに表情を引き締め、凛とした声で告げた。


「バルタザールと名乗る者はどなたでありますか」


声が街道に響いた。


バルタザールは弟子たちの前に立ったまま、女騎士を見上げた。


「……俺だが」


聖騎士シルヴィア・レイン。


王命を帯びた追跡者が、ついに追いついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。