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第9話:すれ違う時間
――一週間。
「……」
コンビニの前。
ベンチに座る。
夜の空気は、いつもと同じ。
でも。
「……来ない、か」
小さく、呟く。
(忙しいのかな)
あの人は、漫画家だ。
しかも、売れている人。
時間なんて、ほとんどないはずだ。
「……」
分かってる。
でも。
(……来るかもって思ってた)
期待してしまう自分がいる。
「……はぁ」
少しだけ、息を吐く。
「……連絡先」
ぽつりと、漏れる。
「聞いておけばよかったな」
――別の日。
また同じ場所。
また同じ時間。
「……今日も、か」
来ない。
分かってるのに。
足が向く。
(……バカだな)
それでも、やめられない。
――さらに数日後。
「……」
ベンチに座る。
何も変わらない。
でも。
少しだけ、慣れてきてしまった。
「……来ないのが普通、か」
そう思った方が楽だ。
それでも。
(……会いたいな)
心は、別だった。
――そのとき。
スマホが震える。
――啓太
『飯食い行こー』
「……」
少しだけ、画面を見る。
それから。
『いいよ』
と返す。
立ち上がる。
コンビニを、少しだけ振り返る。
「……」
何もない。
分かってる。
それでも。
少しだけ、名残惜しかった。
――居酒屋。
(……飯屋って言ってたよな)
暖簾をくぐりながら思う。
(居酒屋かよ)
軽くため息をつく。
店内を見渡す。
「おーい!」
奥から声が飛ぶ。
見ると。
「……もう飲んでんのかよ」
啓太と紗季が、すでに飲んでいた。
「お!スーパー編集者の陽斗さーん!」
紗季が手をぶんぶん振る。
「遅いっす!まじ遅いっす!」
「いや今来たとこだろ」
「遅すぎて!」
身を乗り出す。
「陽斗さんをこよなく愛するこの紗季さまが、ショボ先輩に口説かれそうになりましたよー!」
「は?」
一瞬止まる。
「どれから突っ込めばいいんだよ」
「おい」
啓太が睨む。
「誰がショボ先輩だ」
「え?ショボ先輩じゃないんすか?」
真顔で返す紗季。
「売上見ます?」
「やめろ」
即答だった。
「現実見せんな」
「いやいや先輩、現実から逃げちゃダメっすよ」
「うるせえ」
軽く小突く。
「あと誰がお前みたいなお子ちゃま口説くか、あほ」
「えー?」
笑いながら避ける。
「ワンチャンあったかもしれないじゃないっすかー」
「ねえよ」
「夢ないっすねー」
二人で言い合う。
でも。
完全に笑い合っている。
「てか」
椅子に座る。
「お前らもうそんな飲んでんのか?」
「はいっす!」
紗季が即答。
「結構いってるっす」
「見れば分かるわ」
「でもまだ全然余裕っす!」
「やめとけ」
「えー」
軽く拗ねる。
「……」
少しだけ、空気が落ち着く。
「……」
グラスを持つ。
でも。
少しだけ、手が止まる。
「……陽斗?」
啓太が気づく。
「どうした?」
声が、少しだけ柔らかい。
「なんかあったのか?」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
「え、なに急に真面目」
紗季が笑う。
「ショボ先輩が急に真面目モード、ウケるんすけど」
「うるせえ」
軽く返す。
でも。
「……でも確かに」
紗季も少しだけ見る。
「なんかあったっすか?」
「……」
少しだけ、迷う。
でも。
「……ちょっとな」
ぽつりと、漏れる。
「お」
啓太が身を乗り出す。
「来た来た」
紗季もニヤッとする。
「例の人っすね?」
「……」
否定しない。
「やっぱりー!」
「分かりやすすぎっすよ」
「……うるさい」
少しだけ、苦笑する。
でも。
次の言葉は、少しだけ重かった。
「……来なくなった」
「……あー」
啓太が、軽く頷く。
「そういうパターンか」
「……まだ1週間くらいだけど」
「え」
紗季が反応する。
「1週間っすか?」
「……ああ」
「それでも普通に気になりますけどね」
肩をすくめる。
「アタシだったら無理っす」
「は?」
「3日でそわそわするっす」
「早すぎだろ」
「いやいや」
笑いながら言う。
「だってそれ」
指を立てる。
「陽斗さん、タンク減ってきてるじゃないっすか」
「タンクってなんだよ」
「心のHPっす」
「ゲームかよ」
「いやマジで」
少しだけ笑いながら。
でもどこか本気で。
「今それ以上減ったら危ないっすよ?」
「……」
陽斗は、少しだけ黙る。
(……減ってる、か)
否定は、できなかった。
「連絡先は?」
紗季が続ける。
「……知らない」
「は?」
紗季も固まる。
「え、なにそれ」
「……」
「いやいやいや」
笑いながらも呆れる。
「それは詰んでるっすよ」
「……」
言葉が刺さる。
「でも」
啓太が、少しだけ柔らかく言う。
「忙しいだけかもしれねえだろ」
「……」
少しだけ、顔を上げる。
「決めつけんなって」
優しいトーンだった。
「……まあ」
小さく頷く。
「そう、かもな」
「で?」
紗季がニヤニヤする。
「どんな人なんすか?」
「……」
少しだけ、考える。
「……綺麗な人」
「おー」
「あと?」
「……距離感が近い」
「はい出ましたー」
「典型的に落ちるやつっすね」
「……」
否定できない。
「てか」
紗季が身を乗り出す。
「それ完全に好きじゃないっすか……」
少しだけ、声が落ちる。
「……」
一瞬、空気が変わる。
「紗季、ドンマイ」
啓太が軽く言う。
「うるせえやーい!」
すぐに返す。
「陽斗さんはアタシの――」
一瞬止まって。
「……もんだい!」
強引に言い切る。
「なんだそれ」
思わず突っ込む。
「いいから!」
グラスを持ち上げる。
「飲むぞー!」
「はいはい」
啓太が笑う。
「……」
陽斗も、少しだけ笑う。
その空気の中で。
少しだけ、気持ちが軽くなる。
「まあ」
啓太が、ぽつりと言う。
「また会えるだろ」
軽く。
でも、ちゃんと。
「……そうかな」
「そういうもんだって」
「……」
少しだけ、息を吐く。
完全じゃない。
でも。
少しだけ、軽くなる。
「……会えたらいいな」
ぽつりと、呟く。
――すれ違いの中で。
それでも。
物語は、少しずつ近づいていた。




