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第37話:崩れる音
「……」
ペンが、止まる。
さっきまで動いていた手が、急に動かなくなる。
「……」
タブレットの上。
描きかけのコマ。
途中まで、いい流れだった。
線も、悪くない。
表情も、乗っていた。
「……」
(いけると思ったのに)
「……」
少しだけ、呼吸が浅くなる。
「……」
もう一度、ペンを動かす。
線を引く。
「……」
止まる。
「……」
(……違う)
さっきまでの感覚が、消えている。
「……」
消す。
描く。
止まる。
「……」
繰り返す。
「……」
(なんで)
「……」
黒崎の言葉が、浮かぶ。
――選べ
――両方取るなら、落とすな
「……」
(……両方)
「……」
仕事。
恋。
どっちも。
「……」
(やるって言ったのに)
「……」
手が震える。
「……」
線が、揺れる。
「……」
「……違う」
思わず、声が出る。
「……」
「……違う……」
「……」
ペンを置く。
「……」
両手で、顔を覆う。
「……」
(できない)
「……」
頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。
「……」
(どっちもやるって、なんだよ)
「……」
仕事に集中しようとすると、陽斗が浮かぶ。
「……」
陽斗を考えると、黒崎の言葉が刺さる。
「……」
(……どっちも、邪魔してる)
「……」
息が、苦しい。
「……」
「……先生」
声がする。
「……」
振り向けない。
「……」
「……止まってます」
結衣の声。
少しだけ、近い。
「……」
「……」
「……大丈夫ですか」
「……」
答えられない。
「……」
「……先生」
少しだけ、強い声。
「……」
「……」
「……描けない」
ぽつりと、漏れる。
「……」
「……無理」
「……」
結衣が、黙る。
「……」
「……分かんない」
言葉が、止まらない。
「……」
「……どうしたらいいか」
「……」
「……どっちも、やりたいのに」
「……」
「……」
涙が、落ちる。
「……」
ぽた、と。
画面に落ちる。
「……」
「……」
止まらない。
「……」
「……なんで」
「……」
「……なんで、こんな」
「……」
声が震える。
「……」
結衣が、そっと肩に手を置く。
「……」
「……先生」
「……」
「……一回、離れましょう」
「……」
「……無理っすよ、このままじゃ」
「……」
「……」
首を振る。
「……」
「……締切……」
「……」
「……落とす」
「……」
「……それだけは、ダメ」
「……」
結衣が、少しだけ言葉に詰まる。
「……」
「……でも」
「……」
「……このままもダメです」
「……」
「……」
弓乃が、ゆっくり顔を上げる。
「……」
目が、赤い。
「……」
「……どうしたらいいの」
小さく。
「……」
「……分かんない」
「……」
その一言が、すべてだった。
「……」
沈黙。
「……」
時計の音だけが、響く。
「……」
スマホが、震える。
「……」
視線が、向く。
「……」
画面。
陽斗。
「……」
一瞬で、呼吸が止まる。
「……」
「……」
指が、動かない。
「……」
「……」
結衣が、そっと言う。
「……出ますか」
「……」
「……」
首を振る。
「……」
「……今、無理」
「……」
そのまま、スマホを伏せる。
「……」
「……」
深く息を吸う。
でも。
「……」
吐けない。
「……」
「……分からない……」
もう一度。
小さく。
「……」
「……分からない」
「……」
ペンを握る。
「……」
でも。
動かない。
「……」
画面は、白いまま。
「……」
何も、進まない。
⸻
――壊れる音は、誰にも聞こえない。




