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第31話:同じ温度
「……」
夜のベンチ。
コンビニの明かりが、少しだけ柔らかく見える。
さっきまでの張り詰めた空気は、少しだけ解けていた。
「……」
缶コーヒーの湯気が、静かに消えていく。
「……」
弓乃が、小さく息を吐く。
「……なんか」
ぽつりと。
「ちょっとだけ、楽になった」
「……」
陽斗は横を向く。
「……それなら、よかったです」
「……」
弓乃が、少しだけ笑う。
「……うん」
短く返す。
「……」
沈黙。
でも。
さっきまでとは違う。
重くない。
逃げなくていい沈黙。
「……」
陽斗が、缶を少し揺らす。
「……」
(こういう時間、か)
自然に思う。
「……」
紗季とは違う。
でも。
「……」
(こっちの方が、しっくりくる)
「……」
弓乃が、ふと口を開く。
「……陽斗くん」
「……はい」
「……さっきの話」
少しだけ間。
「……嬉しかった」
「……」
心臓が、少しだけ跳ねる。
「……」
「……でも」
続く。
「……怖い」
「……」
「……壊れそうで」
「……」
その言葉は、静かだった。
でも、重かった。
「……」
陽斗は、少しだけ考える。
「……」
「……壊れるかもしれないですね」
「……」
正直に言う。
「……」
弓乃が、少しだけ目を開く。
「……」
「……でも」
続ける。
「……何もないまま終わる方が」
「……」
「……俺は、嫌です」
「……」
言葉にする。
逃げずに。
「……」
弓乃が、ゆっくり息を吐く。
「……」
「……ずるい」
小さく笑う。
「……」
「……そういう言い方」
「……」
でも。
その顔は、少しだけ柔らかい。
「……」
「……私も」
ぽつりと。
「……同じかも」
「……」
陽斗が、少しだけ目を細める。
「……」
弓乃が、視線を落とす。
「……」
「……このまま終わるのは」
「……」
「……嫌」
「……」
その一言で、十分だった。
「……」
風が吹く。
少しだけ、冷たい。
「……」
陽斗が、少しだけ手を動かす。
でも。
触れない。
「……」
(まだ、か)
自分で分かる。
「……」
弓乃も、同じように手を動かして。
止まる。
「……」
少しだけ、距離がある。
でも。
「……」
その距離が、今はちょうどいい。
「……」
「……明日も、仕事ですよね」
陽斗が言う。
「……うん」
「……」
「……ちゃんと描けそうですか」
「……」
少しだけ、間。
「……分かんない」
正直な答え。
「……」
「……でも」
少しだけ、笑う。
「……描くしかない」
「……」
強い言葉。
「……」
「……応援してます」
ぽつりと返す。
「……」
弓乃が、少しだけ驚いた顔をする。
「……」
「……ありがと」
小さく言う。
「……」
また、静かになる。
「……」
でも。
今度は。
「……」
同じ方向を向いたままの沈黙。
「……」
「……そろそろ帰りますか」
陽斗が言う。
「……うん」
弓乃が頷く。
「……」
二人で立ち上がる。
「……」
並んで歩く。
少しだけ距離を保って。
「……」
「……また」
弓乃が言う。
「……はい」
陽斗が答える。
「……」
それだけで、十分だった。
⸻
――同じ温度で、同じ方向を見始めた。




