30
第30話:会いに行く理由
「……」
夜の空気が、少しだけ冷たい。
編集部を出て、歩きながら。
スマホを、何度も見ている。
「……」
弓乃さんとのやり取り。
――少しなら
その一言だけで、十分だった。
「……」
(どこだ)
もう一度、画面を見る。
送られてきた場所。
いつものコンビニ。
「……」
少しだけ、安心する。
「……」
(……結局ここか)
自然と、足が速くなる。
⸻
コンビニの明かりが見える。
その前。
ベンチ。
「……」
(……いた)
弓乃が座っている。
俯いている。
缶コーヒーを持ったまま。
「……」
足が、止まる。
「……」
(……なんて言う)
ここまで来て。
言葉が、出てこない。
「……」
(いや)
小さく息を吐く。
「……」
(ここで止まったら、意味ねえだろ)
一歩、踏み出す。
「……」
近づく。
「……弓乃さん」
声をかける。
「……」
弓乃が顔を上げる。
一瞬、目が合う。
「……」
ほんの少しだけ、驚いた顔。
それから。
「……来てくれたんだ」
小さく、笑う。
「……」
その一言で。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
「……」
「座っていいですか」
「……うん」
隣に座る。
「……」
少しだけ、距離がある。
でも。
それが、妙にリアルだった。
「……」
沈黙。
「……」
何を言えばいいか。
分からない。
「……」
先に口を開いたのは、弓乃だった。
「……ごめんね」
「……え?」
「この前」
視線を落とす。
「なんか、変な感じで終わっちゃって」
「……」
少しだけ、言葉を探す。
「……いや」
首を振る。
「俺も、何も言えなかったんで」
「……」
お互い、少しだけ苦笑する。
「……」
また、静かになる。
「……」
でも。
さっきとは違う沈黙。
「……」
少しだけ、呼吸が合う。
「……」
「……あの」
弓乃が、ゆっくり口を開く。
「……」
「最近、ちょっと」
言葉を探す。
「……描けなくて」
「……」
心臓が、少し跳ねる。
「……」
「……黒崎さんにも言われた」
「……」
「迷いが出てるって」
「……」
何も言えない。
「……」
「……正直、分かってる」
小さく言う。
「……」
「原因も」
「……」
一瞬だけ、こっちを見る。
「……」
また、目を逸らす。
「……」
「……ごめん」
もう一度。
「……」
その言葉に。
少しだけ、胸が締まる。
「……」
「謝らないでください」
ぽつりと返す。
「……」
「……別に」
少しだけ、笑う。
「悪いことしてるわけじゃないし」
「……」
弓乃が、少しだけ驚いた顔をする。
「……」
「……俺も」
言葉を探す。
「……」
「……ちゃんと向き合えてなかったんで」
「……」
弓乃が、静かに聞いている。
「……」
「……逃げてたし」
「……」
「……昨日も」
少しだけ間。
「……別の人と飲みに行ってました」
「……」
空気が、少しだけ変わる。
「……」
弓乃が、何も言わない。
「……」
「……でも」
続ける。
「……楽しかったです」
「……」
「普通に」
「……」
「でも」
「……」
「……違った」
小さく言う。
「……」
弓乃の指が、少しだけ止まる。
「……」
「……何が」
「……」
聞かれる。
「……」
少しだけ考える。
でも。
今回は、逃げない。
「……」
「……会いたいって思ったのは」
「……」
一拍。
「……弓乃さんでした」
「……」
空気が、止まる。
「……」
弓乃の手が、わずかに震える。
「……」
「……だから」
「……」
「……ちゃんと話そうと思って」
「……」
それ以上は、言えない。
「……」
沈黙。
「……」
風の音だけが、通り抜ける。
「……」
弓乃が、ゆっくり顔を上げる。
「……」
目が、少しだけ潤んでいる。
「……」
「……ずるいよ」
小さく、笑う。
「……」
「……そんなこと言われたら」
「……」
「……迷うに決まってる」
「……」
胸が、強く鳴る。
「……」
「……私」
言葉を探す。
「……」
「……仕事、ちゃんとやりたい」
「……」
まっすぐな声。
「……」
「……でも」
少しだけ、揺れる。
「……」
「……会いたいとも思ってる」
「……」
正直な言葉。
「……」
「……だから」
「……」
「……どうしたらいいか、分かんない」
「……」
その一言が、全部だった。
「……」
陽斗は、少しだけ息を吐く。
「……」
「……分かります」
ぽつりと返す。
「……」
「……俺も、分かんないんで」
「……」
少しだけ笑う。
「……」
「……でも」
「……」
「……逃げるのはやめます」
「……」
弓乃が、ゆっくりこちらを見る。
「……」
「……ちゃんと考えます」
「……」
「……弓乃さんのことも」
「……」
「……仕事のことも」
「……」
言葉にする。
「……」
弓乃が、小さく息を吐く。
「……」
「……うん」
小さく、頷く。
「……」
それだけで、少しだけ。
空気が、柔らぐ。
「……」
完全に解決したわけじゃない。
答えも出ていない。
「……」
でも。
「……」
同じ方向を向いた気がした。
「……」
「……寒いですね」
陽斗が言う。
「……うん」
弓乃が笑う。
「……」
少しだけ、距離が縮まる。
「……」
何も決まっていない。
それでも。
「……」
ここから、始めればいい。
⸻
――答えはまだない。でも、同じ場所には立てた。




