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第28話:揺れる手
「……」
ペンが、止まる。
タブレットの上。
描きかけのコマ。
輪郭はできている。
構図も悪くない。
でも。
「……」
(違う)
表情が、乗っていない。
「……」
線を引く。
少しだけ角度を変える。
目の位置。
口元の形。
「……」
違う。
消す。
もう一度。
「……」
違う。
「……」
(なんで……)
ペン先が、空中で止まる。
「……」
(描けてたのに)
昨日まで。
迷いなく引けていた線。
自然に出ていた表情。
「……」
今は。
どこかズレている。
「……」
ペンを置く。
「……」
深く息を吐く。
「……」
頭の中に浮かぶのは。
黒崎の言葉。
――私情で、筆が鈍るのは感心しない
「……」
(……鈍ってる)
否定できない。
「……」
そして。
もう一つ。
「……」
陽斗。
「……」
自然と浮かぶ。
昨日のやり取り。
短い会話。
それで終わった距離。
「……」
(なんで、ああなったんだろ)
分かっている。
でも。
整理できない。
「……」
ペンを持つ。
線を引く。
「……」
ふと。
表情が、変わる。
「……」
(……これ)
少しだけ、しっくりくる。
「……」
でも。
その顔は。
「……」
(……似てる)
誰かを思い浮かべた顔。
「……」
(……ダメだ)
消す。
すぐに。
「……」
画面が、白くなる。
「……」
手が止まる。
「……」
「先生」
後ろから声。
「……」
振り向かない。
「止まってますよ」
「……」
分かってる。
「……」
結衣が隣に来る。
「さっきから同じとこです」
「……」
「……描けてないっすね」
「……描けてるよ」
「描けてないです」
即答。
「……」
言い返せない。
「……」
結衣が少しだけ覗き込む。
「……その人のこと考えてますよね?」
「……」
心臓が、わずかに跳ねる。
「……」
否定できない。
「……」
結衣が小さくため息をつく。
「分かりやすすぎですよ」
「……」
「好きなんですよね?」
「……」
言葉が出ない。
「……」
「じゃあ連絡すればいいじゃないですか」
「……」
簡単に言う。
「……できたらやってる」
ぽつりと返す。
「……」
「なんか」
言葉を探す。
「……ズレたままっていうか」
「……」
「戻し方、分かんない」
「……」
結衣が少しだけ考える。
「じゃあ戻さなきゃいいじゃないですか」
「……は?」
「そのまま進めばいいじゃないですか」
「……」
「……」
言葉が、刺さる。
「……」
でも。
「……」
首を横に振る。
「……そんな簡単じゃない」
「……」
「仕事、あるし」
「……」
結衣が少しだけ黙る。
「……」
「先生」
少しだけ真面目な声。
「それで描けなくなる方が、まずくないですか?」
「……」
何も言えない。
「……」
ペンを見る。
「……」
もう一度、持つ。
線を引こうとする。
「……」
止まる。
「……」
動かない。
「……」
「……描けない」
ぽつりと出る。
「……」
初めて口にした。
「……」
結衣が、何も言わない。
「……」
静かな時間。
「……」
コンコン。
ノックの音。
「失礼する」
低い声。
「……」
黒崎。
「……」
空気が変わる。
「……蔦谷」
「……はい」
反射的に姿勢を正す。
「……」
黒崎が画面を見る。
「……」
数秒。
「……」
「……落ちているな」
「……」
一言。
「……」
何も言い返せない。
「……」
「前より、迷いがある」
「……」
「線に出ている」
「……」
全部、見抜かれている。
「……」
「理由は分かる」
「……」
心臓が、跳ねる。
「……」
「だが」
一拍。
「それを言い訳にするな」
「……」
「お前は、仕事で描いている」
「……はい」
小さく返す。
「……」
黒崎が視線を外す。
「……立て直せ」
それだけ言う。
「……」
そのまま出ていく。
「……」
静かになる。
「……」
弓乃は動けない。
「……」
スマホを見る。
陽斗の名前。
「……」
指が、少しだけ動く。
「……」
止まる。
「……」
画面を閉じる。
「……」
ペンを握る。
「……」
でも。
線は、まだ揺れている。
⸻
――感情は、線に出る。




