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第27話:踏み越えた先
「……ここっす」
紗季が立ち止まる。
居酒屋から少し歩いた先。
落ち着いた雰囲気のバー。
「……ほんとに知ってる店か?」
「失礼っすね」
にやっと笑う。
「こういう店も行くんすよ、アタシ」
「……意外だな」
「でしょ?」
軽くドアを開ける。
「どうぞ、陽斗さん」
「……はいはい」
中に入る。
⸻
店内は静かだった。
さっきの居酒屋とは別世界みたいに。
「……」
カウンターに並んで座る。
「……」
少しだけ、距離が近い。
「……何飲むっすか」
「任せる」
「了解っす」
紗季が店員に軽く注文する。
「……」
静かな時間。
「……」
さっきまでとは違う空気。
「……」
紗季が、グラスを指でなぞる。
「……こういうの」
ぽつりと。
「ちょっと緊張するっす」
「……は?」
思わず見る。
「お前が?」
「なんすかその反応」
「いや、いつも通り来てる感じだったから」
「演技っす」
「……は?」
「だって」
少しだけ笑う。
「陽斗さんの前でカッコつけたいじゃないっすか」
「……」
一瞬、言葉が止まる。
「……」
紗季が目を逸らす。
「……まあ」
「ちょっとだけっすけど」
「……」
そんな顔もするのかと思う。
「……」
ドリンクが置かれる。
「はい」
「……どうも」
グラスを持つ。
軽くぶつける。
「……」
一口飲む。
「……」
また、静かになる。
「……」
紗季が、ふと口を開く。
「陽斗さんってさ」
「……なんだよ」
「優しいっすよね」
「……」
唐突すぎる。
「……普通だろ」
「いや普通じゃないっす」
「……」
「ちゃんと人のこと考えるし」
「……」
「ちゃんと迷うし」
「……」
「ちゃんと逃げるし」
「……それ褒めてねえだろ」
「褒めてますって」
くすっと笑う。
「……」
「だから」
少しだけ、声が落ちる。
「その人のどこがいいんすか?」
「……」
核心。
「……」
グラスを見つめる。
「……」
少し考える。
「……ちゃんと見てくれるとこ、かな」
「……」
紗季が黙る。
「……」
「……俺のこと」
「……」
「ちゃんと見てくれる」
「……」
言葉にすると、少しだけ実感が増す。
「……」
「……あと」
少しだけ迷う。
「……一緒にいると、落ち着く」
「……」
「無理しなくていい感じ」
「……」
「……」
紗季が、小さく息を吐く。
「……そっか」
短く返す。
「……」
少しだけ、間。
「……じゃあ」
顔を上げる。
「アタシじゃダメっすか?」
「……」
空気が止まる。
「……」
冗談みたいなトーン。
でも。
目は、笑ってない。
「……」
言葉が出ない。
「……」
「アタシも」
紗季が続ける。
「ちゃんと見るっすよ?」
「……」
「無理させないし」
「……」
「楽しくするし」
「……」
一歩、踏み込む。
「……」
「それでもダメっすか?」
「……」
逃げ場がない。
「……」
陽斗が視線を逸らす。
「……」
答えられない。
「……」
紗季が、ふっと笑う。
「ま、いきなりは無理っすよね」
軽く流す。
「……」
でも。
空気は戻らない。
「……」
店を出る。
夜の空気。
少しだけ冷たい。
「……」
並んで歩く。
さっきより、静か。
「……」
駅前の灯り。
人の流れ。
「……」
紗季が立ち止まる。
「……」
振り返る。
「……陽斗さん」
「……なんだよ」
「……」
少しだけ、間。
「……本気なんすけどね」
小さく。
でも、はっきり。
「……」
言葉が出ない。
「……」
紗季が笑う。
いつもの顔に戻る。
「じゃ、今日はここで」
「……おう」
「ちゃんと考えてくださいよ?」
「……」
「逃げるの禁止っす」
「……分かったよ」
「よろしい」
軽く手を振る。
「じゃあまたっす」
そのまま、人混みに消えていく。
「……」
一人残る。
「……」
スマホを取り出す。
画面を見る。
蔦谷。
紗季。
「……」
どっちも、すぐそこにいるのに。
「……」
選べない。
「……」
小さく息を吐く。
⸻
――もう、曖昧なままではいられなかった。




