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第21話:黒崎
「……」
ペンが止まる。
タブレットの上、描きかけのコマ。
線は引いているのに、どこか軽い。
「……」
(なんか、違う)
自分でも分かる。
悪くはない。
むしろ、前より感情は乗っている。
でも。
「……」
(これでいいのかな)
一瞬、迷いが出る。
「先生」
後ろから声。
「……なに」
振り向くと、結衣が立っていた。
「今日、黒崎さん来ますよ」
「……え」
一瞬で、空気が変わる。
「……今日だっけ」
「そうっす」
結衣が軽く頷く。
「打ち合わせ」
「……」
忘れていたわけじゃない。
ただ。
「……」
(タイミング、悪いな)
昨日の余韻が、まだ残っている。
「……」
小さく息を吐く。
「……分かった」
短く返す。
⸻
コンコン、とノックの音。
「失礼します」
低い声。
扉が開く。
「……」
空気が、静かに締まる。
黒崎が入ってくる。
無駄のない動き。
落ち着いた視線。
それだけで、場の温度が少し下がる。
「久しぶりだな、蔦谷」
「……お久しぶりです」
自然と、敬語になる。
背筋が伸びる。
「元気そうで何よりだ」
「……はい」
短く返す。
「座っていいか」
「……はい」
黒崎が椅子に腰を下ろす。
結衣が資料を差し出す。
「今回の原稿です」
「ありがとう」
黒崎が受け取る。
「……」
ページをめくる。
静かに。
ゆっくりと。
「……」
その時間が、やけに長く感じる。
「……」
弓乃は何も言わない。
ただ、待つ。
「……」
数ページ進んだところで。
黒崎の手が止まる。
「……」
「……変わったな」
ぽつりと、落ちる。
「……」
心臓が、少しだけ跳ねる。
「……そうですか?」
なるべく自然に返す。
でも。
ほんの少しだけ、間があった。
黒崎が視線を上げる。
「前より、柔らかい」
「……」
「悪くない」
一度、区切る。
「……」
「だが」
視線が、まっすぐ向く。
「意図してやっているものではないな」
「……」
言葉が詰まる。
「……」
図星だった。
「……」
黒崎が、もう一度原稿に視線を落とす。
「表情の乗り方が変わっている」
「線の抜きも変わった」
「……」
淡々とした分析。
でも。
全部、当たっている。
「……」
「何かあったか」
「……」
一瞬、止まる。
「……いえ」
否定する。
でも。
自分でも分かる。
弱い。
「……」
黒崎は何も言わない。
ただ。
じっと見ている。
「……」
その視線に、耐えきれず。
少しだけ目を逸らす。
「……」
沈黙。
「……」
結衣が、ぽつりと口を開く。
「先生、最近ちょっと楽しそうっすよね」
「結衣」
少し強めに名前を呼ぶ。
「……すみません」
結衣が口を閉じる。
「……」
でも。
遅い。
「……」
黒崎が、小さく息を吐く。
「……なるほど」
短く呟く。
「……」
弓乃の肩が、わずかに揺れる。
「……」
黒崎が、静かに言う。
「そういう顔をしている」
「……」
言葉が、刺さる。
「……」
「……蔦谷」
一拍。
それから。
「……弓乃」
呼び方が変わる。
「……っ」
顔が上がる。
「……」
黒崎の視線は変わらない。
落ち着いたまま。
でも。
一段、踏み込んでいる。
「……」
「悪いことではない」
黒崎が言う。
「感情が乗るのは、強みだ」
「……」
「だが」
少しだけ、間。
「それに流されるな」
「……」
息が詰まる。
「……」
「お前は、それで飯を食っている」
「……はい」
小さく返す。
「……」
黒崎が原稿を閉じる。
「次は、もう一段上を見せろ」
「……」
「今のは、まだ途中だ」
「……はい」
しっかりと、答える。
「……」
黒崎が立ち上がる。
「また来る」
「……はい」
扉へ向かう。
そのまま、出ていく。
「……」
静かになる。
「……はぁー……」
結衣が息を吐く。
「やっぱ圧すごいっすね」
「……」
弓乃は答えない。
「……先生?」
「……大丈夫」
短く返す。
でも。
「……」
胸の奥が、ざわつく。
「……」
机に戻る。
ペンを持つ。
「……」
さっきの言葉が、頭に残る。
――そういう顔をしている
「……」
スマホを見る。
陽斗との履歴。
「……」
(……恋、か)
小さく息を吐く。
「……」
否定は、できない。
「……」
でも。
「……」
ペンを握る。
「……」
線を引く。
さっきより、少しだけ強く。
「……」
(流されない)
そう決める。
「……」
でも。
心の奥では。
別の気持ちも、確かにあった。
⸻
――変わったのは、絵だけじゃない。




