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第19話:交差する気持ち
(……やばいな、これ)
帰り道。
夜の空気の中を歩きながら、陽斗は小さく息を吐いた。
理由は分かっている。
(手、引いた)
あの瞬間。
自然にやったつもりだった。
でも。
「……」
指先に、まだ残っている気がする。
弓乃の手の感触。
柔らかくて。
温かくて。
「……」
思い出す。
離した後の、あの空気。
言葉はなかったけど。
でも、確かに何かが変わった。
「……」
(……好き、なんだろうな)
ぽつりと、頭に浮かぶ。
否定できない。
もう。
とっくに、分かっていた気もする。
「……」
スマホを取り出す。
トーク画面を開く。
弓乃。
短い履歴。
でも。
一つ一つが、妙に重い。
「……」
少しだけ、迷う。
でも。
打つ。
――今日はありがとうございました
少し考える。
――楽しかったです
送信。
「……」
数秒。
――私も、楽しかった
すぐに返ってくる。
「……」
思わず、息が漏れる。
「……はぁ」
安心する。
それだけで。
「……」
(また会いたい)
自然に思う。
⸻
翌日。
「……」
編集部。
いつものデスク。
いつもの仕事。
でも。
「……」
集中できない。
気づけば、スマホを見ている。
「……」
通知はない。
(……まだか)
そんなことを考えている時点で。
もうだいぶやばい。
「陽斗さん」
声。
顔を上げる。
紗季がいた。
「……なんだよ」
「なんだよ、じゃないっすよ」
紗季がにやっと笑う。
「昨日、会ってたでしょ?」
「……は?」
一瞬、止まる。
紗季が続ける。
「例の人と」
「……」
言葉が詰まる。
「図星っすね」
紗季が肩をすくめる。
「分かりやすすぎっす」
「……別に」
とりあえず言う。
「別に、じゃないでしょ」
紗季が机に手をつく。
少しだけ距離が近い。
「どんな人なんすか?」
「……」
その質問に。
少しだけ、考える。
「……普通の人だよ」
紗季が即ツッコむ。
「絶対違うっす」
「なんでだよ」
「その顔で“普通”は無理っす」
「……」
言い返せない。
「……」
少しだけ、間。
「……優しい人、かな」
ぽつりと、出る。
「……」
紗季が、少しだけ止まる。
「へぇ」
軽く頷く。
「他は?」
「……」
考える。
でも。
言葉にするのが、少し難しい。
「……話してて、楽」
「……」
「……あと」
少しだけ迷う。
「……ちゃんと見てくれる」
「……」
その言葉に。
紗季の手が、ほんの少しだけ止まる。
「……」
でも、すぐに笑う。
「そっかー」
軽い声。
でも。
ほんの少しだけ、トーンが落ちている。
「……」
紗季が少しだけ視線を逸らす。
それから、戻す。
「じゃあ」
にやっと笑う。
「アタシ、負けてるっすね」
「……は?」
思わず返す。
紗季が肩をすくめる。
「だって」
「陽斗さん、完全にそっち見てるじゃないっすか」
「……」
否定できない。
「……」
紗季が、少しだけ笑う。
「でも」
少しだけ、間。
「アタシも頑張っていいっすか?」
「……は?」
陽斗が固まる。
「なにそれ」
紗季が楽しそうに言う。
「だって、まだ決まってないじゃないっすか」
「……」
「付き合ってるわけでもないし」
「……」
正論だった。
「……」
紗季が少しだけ顔を近づける。
「なら」
少しだけ、声を落とす。
「アタシにもチャンスあるっすよね?」
「……」
言葉が出ない。
「……」
紗季が、ふっと笑う。
「ま、冗談半分っすけど」
軽く引く。
でも。
その目は、本気だった。
「……」
空気が、少しだけ変わる。
そのとき。
――ピコン
スマホが鳴る。
「……」
陽斗の視線が落ちる。
画面が光る。
「……」
表示される名前。
弓乃。
「……」
紗季が横からちらっと見る。
「……」
陽斗がメッセージを開く。
――今日、少しだけ電話できる?
「……」
心臓が、少し跳ねる。
「……」
顔に出る。
完全に。
「……」
紗季が、それを見る。
「……へぇ」
小さく呟く。
「タイミングいいっすね」
「……」
何も言えない。
「……」
紗季が、少しだけ笑う。
「いいじゃないっすか」
軽く言う。
「ちゃんと行ってきてくださいよ」
「……」
「逃げたらダメっすよ?」
「……」
陽斗がスマホを握る。
「……」
一歩、踏み出す。
「……」
振り返る。
紗季が手を振る。
「いってらっしゃいっす」
いつも通りの笑顔。
でも。
その奥にあるものは。
もう、隠れていなかった。
「……」
陽斗は歩き出す。
スマホを見ながら。
「……」
胸の中にあるのは。
期待と。
少しの、不安。
⸻
――一人だったはずの恋に、もう一人が加わった。




