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第18話:触れた温度
(……前よりは、落ち着いてる)
鏡の前で、弓乃は小さく息を吐いた。
前回ほどじゃない。
服を選ぶ時間も、メイクにかける時間も、少しだけ短くなった。
それでも。
「……」
鏡の中の自分を見る。
ラインの綺麗なワンピース。
動くたびに自然に体のシルエットが出る。
強調しすぎているわけじゃない。
でも、隠してもいない。
「……」
目元に指を添える。
少しだけ丁寧に整えたメイク。
前回よりも、ほんの少しだけ柔らかく。
でも、ちゃんと印象は残るように。
(……これでいい)
小さく頷く。
「先生」
後ろから声。
「また気合い入ってますね」
「入ってない」
「入ってます」
結衣が笑う。
「前より自然ですけど、ちゃんと“可愛い”っすよ」
「……なにそれ」
「褒めてます」
「……」
少しだけ視線を逸らす。
「……行ってくる」
「いってらっしゃい、デート」
「違う」
「はいはい」
軽く流される。
⸻
待ち合わせ場所。
弓乃は、少し早く着いた。
でも今回は。
「……」
前ほど、そわそわしない。
周りを見る余裕もある。
それでも。
(……来るかな)
少しだけ、期待している。
そのとき。
「弓乃さん」
声。
振り返る。
「……陽斗くん」
自然に、名前が出る。
「お待たせしました」
「ううん、今来たとこ」
「……」
少しだけ、目が合う。
前みたいに止まらない。
でも。
「……」
一瞬だけ、視線が止まる。
やっぱり。
「……今日も」
陽斗が言う。
「……似合ってます」
「……」
少しだけ、間。
それから。
「……ありがと」
自然に、返せる。
前よりも。
少しだけ、距離が近い。
⸻
並んで歩く。
「……」
会話が、途切れない。
「最近、仕事どうですか?」
「まあ、いつも通り」
「忙しいですよね」
「そっちは?」
「俺もまあ、それなりに」
自然に、続く。
無理していない。
「……」
ふと、横を見る。
「……」
陽斗の横顔。
真面目で。
少しだけ柔らかくて。
「……」
(こんなに話しやすかったっけ)
前は、もう少し距離があった気がする。
「……」
(でも)
悪くない。
むしろ。
「……楽しい」
ぽつりと漏れる。
「……え?」
陽斗が聞き返す。
「……なんでもない」
少しだけ笑う。
⸻
店に入る。
席に座る。
「……」
空気が自然だ。
「甘いの好きなんですか?」
「まあ、普通に」
「意外」
「なんでですか」
「なんか、ブラックコーヒーだけ飲んでそう」
「偏見ですよ」
「当たってるでしょ」
「……当たってます」
「ほら」
笑う。
「……」
視線が合う。
自然と、笑い合う。
「……」
距離が、近い。
前よりも。
明らかに。
⸻
そのとき。
「……」
陽斗のスマホが、震える。
「……」
視線が一瞬だけ落ちる。
「……」
すぐに戻す。
でも。
(……今の)
弓乃は気づく。
「……見なくていいの?」
「……後で大丈夫です」
少しだけ迷ったように答える。
「……そっか」
軽く流す。
でも。
(誰だろ)
ほんの少しだけ、引っかかる。
「……」
気にしないようにする。
今は。
この時間が大事だから。
⸻
店を出る。
外は少し人が増えていた。
「……」
人の流れ。
少しだけ混んでいる。
「……」
歩きにくい。
「……」
弓乃が少しだけ遅れる。
そのとき。
「……あ」
手を引かれる。
「……」
一瞬、止まる。
「……」
陽斗の手。
しっかりと、掴まれている。
「……こっち」
自然な声。
「……」
離れない。
数歩。
そのまま進む。
「……」
温度が、伝わる。
「……」
心臓が、少しうるさい。
「……」
やっと、手が離れる。
「……すみません」
陽斗が言う。
「……いえ」
少しだけ、間。
「……」
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
「……」
(もうちょっとでも、よかったかも)
自分でも驚く。
「……」
そのまま、歩く。
さっきより。
少しだけ、距離が近い。
⸻
「……」
並んで歩く。
何も言わない時間。
でも。
気まずくない。
「……」
ふと。
さっきの手を思い出す。
「……」
(あったかかった)
「……」
少しだけ、指先に残る感覚。
「……」
「……あの」
弓乃が言う。
「……はい」
「……またすぐ、会えるよね」
自然に出た言葉。
「……」
陽斗が少しだけ笑う。
「はい」
「……会いましょう」
「……」
安心する。
その一言で。
「……」
少しだけ、立ち止まる。
「……今日は、ありがとうございました」
「……こちらこそ」
軽く頭を下げる。
「……」
少しだけ見つめる。
「……」
それから。
「……また」
「……また」
背を向ける。
歩き出す。
「……」
数歩進んで。
振り返る。
陽斗も、振り返っていた。
「……」
目が合う。
少しだけ、笑う。
⸻
歩きながら。
弓乃は、自分の手を見る。
「……」
何もない。
でも。
「……」
確かに、残っている。
「……」
小さく、息を吐く。
「……」
(触れた)
それだけで。
こんなにも、違う。
「……」
少しだけ、胸に手を当てる。
「……」
(もう)
戻れない気がした。
⸻
――触れた温度は、消えなかった。




