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第14話:はじめての約束
「……」
ペンが、止まる。
タブレットの画面には、途中まで描いた原稿。
線は引いているのに、集中できていない。
「……」
ちら、と視線を落とす。
机の端に置いたスマホ。
画面は暗いまま。
「……」
また、ペンを動かす。
数秒後。
「……」
止まる。
「……だめだ」
小さく呟く。
完全に、集中できていない。
「先生」
後ろから声が飛ぶ。
「また止まってますよ」
「止まってない」
「止まってます」
即答だった。
「……」
言い返せない。
「というか」
結衣が、にやっと笑う。
「さっきからスマホ見すぎじゃないですか?」
「見てない」
「見てます」
「……」
図星だった。
「誰待ちですか?」
「待ってない」
「待ってますね」
「……」
否定しきれない。
「へぇー」
結衣が楽しそうに言う。
「連絡先交換したんですもんねー」
「……」
思わず、視線を逸らす。
「で?」
「……なに」
「どっちから連絡するんですか?」
「……」
答えられない。
「え、まだしてないんですか?」
「……してない」
「は?」
結衣が固まる。
「いやいやいや」
頭を抱える。
「それはないでしょ」
「……」
「普通、帰ったらすぐ送りますよ?」
「……」
「“今日はありがとうございました”とか!」
「……」
何も言えない。
「先生」
じっと見られる。
「奥手すぎますって」
「……」
分かってる。
でも。
(なんて送ればいいの)
分からない。
「……」
そのとき。
――ピコン
音が鳴る。
「……っ」
一瞬で、視線が向く。
画面が光る。
「ほら来た!」
結衣が食いつく。
「……」
スマホを手に取る。
少しだけ、指が止まる。
(……陽斗くん)
名前が表示されている。
それだけで。
少しだけ、心臓が跳ねる。
「……」
タップする。
メッセージが開く。
――体調どうですか?
「……」
シンプルな一文。
でも。
それだけで。
「……」
少しだけ、笑ってしまう。
「なにその顔」
結衣が覗き込む。
「……なんでもない」
「絶対なんでもあるやつ」
「……」
スマホを隠す。
「で?なんて?」
「……体調どうですか、って」
「普通だな!」
「普通」
「でも優しいですね」
「……うん」
小さく、頷く。
「で?返さないんですか?」
「……返す」
「はよ」
急かされる。
「……」
入力画面を開く。
指が、止まる。
(なんて送ればいいの)
考える。
消す。
また考える。
「遅い!」
「うるさい」
「貸してください」
「やだ」
「打ちますよ?」
「やめて」
「……」
少しだけ、深呼吸する。
そして。
ゆっくり、打つ。
――だいぶ良くなりました
送信。
「……」
数秒。
「……それだけ?」
結衣が言う。
「……それだけ」
「固い!」
「いいの」
「よくないです」
「……」
でも。
送ってしまった。
「……」
少しだけ、間。
――よかったです
すぐに返ってくる。
「早」
「……」
少しだけ、嬉しい。
でも。
(なんか)
(距離、遠い)
「……」
画面を見る。
どう続けるか、分からない。
「終わり?」
結衣が言う。
「……終わりかも」
「いやいやいや」
「終わらせるな」
「……」
どうすればいいか、分からない。
「先生」
結衣が少しだけ真面目な声になる。
「会いたくないんですか?」
「……」
言葉が止まる。
「……会いたい」
小さく、答える。
「じゃあ行きましょうよ」
「……」
分かってる。
でも。
「……」
勇気が、足りない。
「……」
画面を見る。
トーク履歴。
短い。
まだ、これだけ。
(……このまま終わる?)
一瞬、よぎる。
(また、会えなくなる?)
「……」
嫌だ。
それは、嫌だ。
「……」
指が、動く。
ゆっくり。
慎重に。
――お礼、ちゃんとしてないし
送る。
「お」
結衣が反応する。
「いいじゃないですか」
「……」
少しだけ、ドキドキする。
「……」
既読がつく。
間が空く。
(……なんて返ってくる)
数秒。
長く感じる。
――気にしなくていいですよ
「……」
予想通り。
でも。
「……」
このまま終わるのは、違う。
「……」
もう一度、打つ。
――今度、会いませんか?
送信。
「……っ」
送った瞬間、少しだけ後悔する。
(言いすぎた?)
(重い?)
「いいじゃないですかそれ!」
結衣がテンション上がる。
「……」
既読がつく。
少し、間。
心臓がうるさい。
――いいですよ
「……」
一瞬、止まる。
それから。
少し遅れて、実感する。
「……」
(……いいって言った)
「どうでした?」
結衣が聞いてくる。
「……いいって」
「よっしゃあ!」
ガッツポーズ。
「やりましたね先生!」
「……」
まだ、信じられない。
「で?どこ行くんですか?」
「……」
そこまで考えてなかった。
「カフェとか?」
「……それでいい」
「普通!」
「いいの」
「……」
スマホを見る。
やりとりが増えている。
それだけで。
「……」
少しだけ、笑う。
「先生」
「……なに」
「顔、緩んでますよ」
「……うるさい」
否定する。
でも。
「……」
もう一度、画面を見る。
(約束、した)
偶然じゃない。
ちゃんと、決めて会う。
「……」
小さく、息を吐く。
胸の奥が、少しだけ軽い。
「……また、会える」
自然と、呟く。
その言葉は。
昨日よりも、ずっと現実的だった。
――次は、偶然じゃない。




