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憧れの漫画家さんが、なぜか僕にだけ距離が近い  作者: 優未緋


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第12話:触れる距離


「先生、ゼリーと冷却シート持ってきましたー」


結衣が戻ってくる。


袋を机に置いて、慣れた手つきで中身を出していく。


「陽斗さん、水もう一回いけます?」


「……あ、はい」


言われるままに動く。


ペットボトルを手に取る。


「先生、とりあえず何か食べないとダメです」


「……むり」


即答だった。


「いや無理じゃないです」


「食べたくない……」


布団の中で、小さく首を振る。


いつもの弓乃とは、全然違う。


強気でもないし、余裕もない。


ただ、弱っている。


「先生」


結衣が少しだけトーンを落とす。


「あとで後悔しますよ」


「……しない」


子供みたいな返しだった。


「……」


少しだけ、沈黙。


「陽斗さん」


結衣が、ちらっとこちらを見る。


「お願いしてもいいですか?」


「え?」


一瞬、意味が分からない。


「こういうとき、男の人の方が言うこと聞いたりするんで」


「いや、それは……」


困る。


普通に困る。


「……」


でも。


弓乃を見る。


苦しそうに、目を閉じている。


「……分かりました」


自然と、言葉が出た。


「ナイスです」


結衣が小さくガッツポーズをする。


「じゃあ私はちょっと電話してきますねー」


明らかに嘘っぽい理由を残して、部屋を出ていく。


「……」


静かになる。


二人きり。


「……弓乃さん」


声をかける。


「……なに」


少しだけ、目を開ける。


「これ、少しだけでも」


ゼリーを見せる。


「……いらない」


弱い拒否。


でも。


完全に突っぱねている感じではない。


「……少しだけでいいです」


「……むり」


「……」


少しだけ、考える。


「じゃあ」


スプーンを手に取る。


「一口だけ」


「……」


返事はない。


でも。


目を閉じたまま、動かない。


「……」


ゆっくりと、ゼリーをすくう。


少しだけ近づける。


「……どうぞ」


「……」


一瞬、間が空く。


それから。


ほんの少しだけ、口を開く。


「……」


そのまま、ゼリーを運ぶ。


「……」


飲み込む。


「……どうですか」


「……ふつう」


ぼそっと返る。


「じゃあ、もう一口」


「……やだ」


「今のは食べましたよね」


「……」


少しだけ、沈黙。


「……もう一口だけ」


「……」


ほんの少しだけ、間を置いて。


また、口が開く。


「……」


もう一口。


静かに食べる。


「……ありがと」


小さく、呟く。


「いえ」


「……なんか」


少しだけ、視線がこちらに向く。


「安心する」


「……」


言葉に詰まる。


「……」


次の一口をすくう。


そのとき。


指先が、触れる。


「……っ」


一瞬だけ、止まる。


でも。


弓乃は、何も言わない。


むしろ。


少しだけ、力が抜けたように見えた。


「……」


そのまま、もう一口。


静かな時間が流れる。


「……もういい」


数口で、止まる。


「これだけ食べれば十分です」


「……うん」


少しだけ、息をつく。


「……」


沈黙。


でも、不思議と気まずくない。


「……陽斗くん」


名前を呼ばれる。


「はい」


「……会えないと思ってた」


ぽつりと、零れる。


「……」


「忙しいでしょ……って」


少しだけ、言葉が途切れる。


「……だから」


目を閉じる。


「……来てくれて、嬉しい」


その一言が、静かに刺さる。


「……」


言葉が出ない。


でも。


「……来ましたよ」


やっと、それだけ返す。


「……うん」


小さく、頷く。


そのまま。


少しだけ、体が揺れる。


「……あ」


ふらつく。


とっさに支える。


「……っ」


距離が、一気に近づく。


ほとんど、抱き寄せる形になる。


「……あったかい」


ぼんやりとした声。


「……」


心臓が、うるさい。


「……」


離れようとする。


でも。


「……」


服を、掴まれる。


弱い力で。


でも、はっきりと。


「……いかないで」


「……」


言葉が、止まる。


「……」


そのまま、動けなくなる。


離れる理由が、なくなった。


「……分かりました」


小さく、答える。


「……」


弓乃は、そのまま目を閉じる。


少しだけ、呼吸が落ち着いていく。


「……」


静かな部屋。


外の音も、ほとんど聞こえない。


「……」


手は、まだ掴まれたまま。


ほどくこともできず。


ほどくつもりも、なかった。


「……」


椅子に座る。


そのまま、見守る。


(……帰れるわけ、ないか)


小さく、息を吐く。


その夜。


距離は、確かに変わっていた。

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