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器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


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第七十九章 小さな異変

 作業は、もう終盤に入っていた。


 遊は設計図を確認し、最後の部品を手に取った。


「ほら。これ」


 CUYONが部品を受け取る。


 そして、いつものように自分の身体へ手を伸ばした。


「え? またかよー」


 遊が思わず身を引く。


 CUYONは何のためらいもなく、部品を身体の中へ収めていく。


「でも、もう驚かねぇぞ!」


 遊は胸を張った。


 ひよりが横から遊を見る。


「やっぱ、驚いてんじゃん」


「いや、これは驚いたんじゃねぇ。確認だ」


「何の?」


「……正常な反応かどうかの」


「ふふっ」


「笑うなよ」


 CUYONは二人のやり取りを気にすることなく、最後の部品を身体に収めた。


 遊は設計図を閉じた。


「よし。これで終わりだ」


 ひよりも工具を片付ける。


「じゃあ、動かしてみようか」


「ああ」


 二人はCUYONの作動を見守った。


 CUYONが起動する。


 小さな駆動音が部屋に響いた。


 表示された数値を、遊とひよりが並んで確認する。


 必要な量だけが取り出される。


 余分なものは押し戻される。


 これまでよりも動きは安定していた。


「……いいね」


 ひよりが呟く。


「ああ」


 遊も表示を見つめた。


「これならいけそうだ」


 しばらく様子を見る。


 異常はない。


 影の反応もない。


 改良は、うまくいった。


「終わったな」


「うん」


 ひよりが息を吐く。


 遊も椅子の背にもたれた。


 長く続いた作業が、ようやく一区切りついた。


 それからしばらくの間、CUYONは問題なく動いていた。


 一日。


 数日。


 さらに時間が過ぎても、目立った異常はなかった。


 必要なエネルギーを取り出し、余分なものを押し戻す。


 以前よりも、その動きは安定している。


 遊もひよりも、改良は成功したものだと思っていた。


 ある日のことだった。


 遊がCUYONの前で記録を確認していると、突然、ほんの一瞬だけ表示が乱れた。


「……ん?」


 遊が顔を上げる。


 表示はすぐに元へ戻った。


「どうしたの?」


 ひよりが尋ねる。


「今、一瞬だけ……」


「何か変だった?」


「ああ」


 遊は記録を確認した。


 しかし、異常を示す記録は残っていない。


「……なんだ?」


「もう一度見てみる?」


「いや。今は正常だ」


 遊はそう言って、画面を閉じた。


 それでも、遊は机の引き出しから小さな手帳を取り出した。


 日付と刻だけを、走り書きする。

 

 『CUYON、一瞬遅れ』

 

 記録に残らないなら、自分で書けばいい。


 そう思っただけだった。


 ……その直後だった。


「……へっ」


 遊の鼻が動いた。


「遊、くしゃみ?」


「まだだ」


「そう?」


「……へっ」


「へっくしょい!」


「うわっ! ちょっと、手で押さえてよね!」


「お? わりぃ。ちょっと、ティッシュ取ってくんねぇか?」


「はい、これ」


「さんきゅ」


「うわー。糸引いてるよ……」


「言うなよ」


「だって、すごいよ」


「もういいから、見るな」


 ひよりが笑いながら顔を背ける。


 その様子を、CUYONが見ていた。


「また、くしゃみ出るよ」


「は?」


 遊がCUYONを見る。


「おいおい。怖ぇなー。お前に何がわかんだよ」


 ひよりが横から口を挟んだ。


「なに? その思春期の少年みたいなセリフ……」


「うるせぇよ」


「だって、怖ぇなーって」


「いや、普通に怖ぇだろ。なんで分かんだよ」


 CUYONは少しも気にする様子がない。


「もうすぐ」


「だから、何が分かるんだよ」


「ほら」


「へっ……」


 遊の顔が歪む。


「へっくしょい!」


「ほら」


「……」


 遊は無言でCUYONを見た。


 ひよりは腹を抱えて笑っていた。


「お前、何なんだよ……」


「分からない」


「そこは分かれよ!」


 ひよりの笑い声が、部屋の中に響いた。


 その後も、CUYONはいつも通り動いていた。


 必要なものを選び、不要なものを押し戻す。


 影も生まれていない。


 改良は成功した。


 二人は、そう考えていた。


 けれど、その数日後。


 CUYONの動作が、また一瞬だけ遅れた。


 今度は、ひよりも気づいた。


「……今の」


「ああ」


 二人が画面を見る。


 異常はない。


 記録にも残っていない。


「何だろうね」


「分からない」


 遊はCUYONを見つめた。


 CUYON自身も、何も感じていないようだった。


 いつも通りに動いている。


 いつも通りに、人の感情を選別している。


 いつも通りに、必要なものだけを炉へ送っている。


 だから二人は、それ以上追わなかった。


 その奥で。


 CUYONにもまだ理解できない何かが、すでに変化を始めていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。引き続き、器の世界をお楽しみください。

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