第七十ニ章 再構成
研究院の解析室には、静かな緊張が流れていた。
切り出した土塊から見つかった人骨。
その内部に入り込んでいた黒い煤状の物質。
そして、炉から採取した微量の煤。
幾日にもわたる照合と分析は、ようやく一つの結論へ近づこうとしていた。
記録板を前にした院士が、静かに口を開く。
「すべての照合が終わりました。」
遊とひより、居合わせた院士たちの視線が集まる。
「骨の内部から採取した黒色物質と、炉から採取した煤状物質との一致率は……九十九・九です。」
室内から音が消えた。
ひよりは小さく息をのむ。
「そこまで……。」
院士は静かに頷く。
「現段階では、ほぼ同一成分と考えて差し支えありません。」
遊は記録板を見つめたまま言った。
「……〇・一が残ってる。」
院士は少し驚いたように顔を上げる。
「その差は測定誤差の範囲と思われます。」
「ああ。」
遊は頷く。
「そうかもしれねぇな。」
「だからって、断定はできねぇ。」
その一言に、院士たちも静かに頷いた。
遊は結果だけで結論を急ぐ人間ではない。
それを皆が知っていた。
別の院士が骨片を持ち上げる。
「もう一つ、気になる点があります。」
机の上へ置かれた人骨。
白く乾いた骨の断面だけが、わずかに形を崩していた。
滑らかで、不自然な曲面。
まるで溶けたようにも見える。
「高熱による変形でしょうか。」
誰かが呟く。
遊は静かに首を横へ振った。
「違う。」
骨片を手に取り、灯りへかざす。
「周りの土は変化してねぇ。」
「焦げた跡もねぇ。」
「もし高熱なら、骨だけこんなふうにはならねぇよ。」
ひよりが骨を覗き込む。
「じゃあ……どうして?」
遊はしばらく答えなかった。
断面を指先でなぞる。
骨の表面だけではない。
内部まで同じ変化が続いている。
その様子を見つめながら、小さく呟いた。
「そういうふうに見えるか?……これは溶けたんじゃねぇ。」
院士たちが顔を上げる。
「作り替えられてる。」
その場の空気が張りつめる。
遊は言葉を選びながら続けた。
「形を失って崩れたようには見えねぇ。」
「一度ばらばらになって、もう一度組み直された……そんな跡に見える。」
誰も口を挟まない。
遊は黒い煤へ視線を移した。
「この骨は、生きた人間のものじゃねぇ。」
「先の大戦で残されたものだ。」
「もうここに命は宿ってねぇ。」
静かな声だった。
「だが……。」
「人として生きた痕跡までは、消えてなかったのかもしれねぇな。」
ひよりが遊を見る。
「痕跡……?」
「届かなかった思い。」
「残された願い。」
「言えなかった言葉。」
遊はゆっくりと続ける。
「影は、人を包み込んで、自分と同じ側へ引き込む。」
「生きた人間なら、そのまま取り込まれる。」
「だが骨には、命は残っていなかった。」
「だから途中で止まった。」
「そうは考えられねぇか?」
机の上の骨片を見つめる。
「骨に残っていた何かだけが浄化され、その途中で終わった。」
「その結果が、この変化なのかもしれねぇ。」
院士の一人が静かに言う。
「つまり……これは仮説ですね。」
「ああ。」
遊は迷わず頷く。
「証明はできねぇ。」
「だが、今ある結果とは矛盾しない。」
再び解析結果へ目を落とす。
煤の一致率は九十九・九%。
骨だけに起きた変質。
そして、人だけが消えたという現場の証言。
それぞれは小さな点だった。
だが、その点は一つの線になり始めていた。
遊は記録板を閉じる。
「……評定(=国や研究院の重要事項を話し合う合議)へ報告する。」
ひよりは静かに頷く。
「うん。」
「もう、この結果は研究院だけで抱えていい話じゃない。」
遊は大きな窓の向こうに見える炉を見つめた。
今日も炉は静かに稼働を続けている。
人々の暮らしを支えながら。
そして、その誰も知らない場所で、何かが少しずつ姿を変え始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。引き続き『器』の世界をお楽しみください。




