表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/72

第六十七章 検証の始まり

 評定は、結論を出さぬまま閉じられた。


 それは誰かが責任を避けたからではない。


 断じるには、あまりにも事実が足りなかった。


 目撃証言はある。


 行方知れずになった者もいる。


 だが、それだけだった。


 黒い人影を見たという話も、現時点では一つの証言に過ぎない。


 それをもって影と断定することは、誰にもできなかった。


 評定の間を出る者たちは、それぞれの役目を胸に静かに歩き出す。


 武備方(国の守りと兵を預かる役所)は周辺の警戒を強める手配を進める。


 町政方(町々の暮らしを預かる役所)は現場を保ち、余計な人が近づかぬよう動き始める。


 勘定方(国の財や税を司る役所)は、研究院が必要とする人員や資材を優先して回すよう指示を出した。


 産業方(工房や商い、炉を用いた産業を担う役所)は、民の暮らしに混乱が広がらぬよう、情報の扱いを慎重に進めることとなった。


 誰一人として、怠けている者はいない。


 誰もが、自らの責務を果たそうとしていた。


 だからこそ、遊は胸の内に重いものを抱えていた。


 研究院の回廊を歩きながら、窓の向こうに見える巨大な炉へ目を向ける。


 今日も炉は、静かに鼓動を刻んでいる。


 観測記録にも異常はない。


 CUYONも、いつもと変わらない。


 炉とCUYONは、設計通りに働いている。


 ならば、なぜ。


「わかんねぇなぁ。何かが……おかしい。」


 思わず言葉が漏れた。


 隣を歩くひよりが振り向く。


「何が?」


「全部だ。おかしいと思わねぇか?」


 遊は小さく首を振った。


「炉も正常。CUYONも正常。観測値にも乱れはねぇ。」


「なのに、影が出た。と、思われるって話だ。」


 ひよりも静かに考え込む。


「まだ、本当に影だったとは……。」


「分かってらぁ。」


 遊はすぐに言葉を返した。


「証拠はねぇ。」


 少し間を置いて続ける。


「でもな。」


「状況がな。いろんなものが、揃いすぎてると思わねぇか?」


 遊は今まで辿ってきた道のりを思い出す。


 器を造った理由。


 空呑の完成。


 CUYONとの接続。


 そして、町で起きた不可解な出来事。


 一つひとつは偶然と片付けられるかもしれない。


 だが、それらが一つの線として繋がるなら。


 遊の胸に浮かぶ答えは、一つしかなかった。


 その時、後ろから落ち着いた足音が聞こえた。


 鷹宮だった。


「遊。」


 遊は足を止める。


「お前の考えは理解できる。」


「だが、評定でも言った通りだ。」


「今のお前には確証がない。」


 遊は静かに頷く。


「……ああ。」


「だからこそ、確かめてこい。」


 鷹宮の声は穏やかだった。


「現場へ行け。」


「残された痕跡を見ろ。」


「影だったのか。」


「そうでなかったのか。」


「まずは事実を持ち帰れ。」


「答えを急ぐな。」


「事実が、お前を答えまで連れていく。」


 遊はゆっくり息を吐いた。


 その言葉は、研究者としての自分に向けられたものだと分かっていた。


「……分かった。」


 ひよりも静かに頷く。


 二人は顔を見合わせ、小さくうなずき合った。


 まずは現場を見る。


 残された物的証拠はないか。


 影の痕跡は残っていないか。


 そして、この出来事と炉を結ぶ何かがないか。


 すべては、そこから始まる。


 研究院の大きな門が静かに開く。


 遊とひよりは、巨大な炉を背に、町へ向かって歩き始めた。


 まだ誰も気づいていない。


 この一歩が、やがて世界の在り方そのものを問い直す旅の始まりになることを。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。引き続き、器の世界をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ