表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/52

第四十四章 ずれ

空呑うつろのみ稼働まで、三週間。


研究棟では、毎日同じ時間に実証実験が続いていた。


流入量。


反応値。


炉の安定性。


記録される数字は、以前よりも細かく管理されている。


空呑うつろのみから生まれる流れ。


炉へ送られる感情。


そして、その中で発生するものを処理する器。


すべてが予定通り進んでいた。



以前の遊なら。


一人で画面の前に座っていた。


異常を探し。


原因を探し。


答えを出す。


それで終わりだった。


誰かが聞けば必要なことだけを返す。


それ以上は求めなかった。


だが。


最近の遊は少し違っていた。


「ここ、もう一度確認してくれ」


「俺の見立ては合ってると思うか?」


研究員に資料を渡す。


「お前さんならどう見る?」


その言葉に、周囲が少し驚く。


遊が自分以外の判断を求めることは、ほとんどなかった。



「珍しいな」


玄堂が静かに言った。


隣にいた鷹宮も画面から目を離さない。


「何について?」


「遊だ」


鷹宮は少し考える。


「以前より、人に確認するようになりました」


「ああ」


玄堂は研究室を見る。


「何を見ている?」


「聞いても言わないでしょうね」


「だろうな」


二人とも、それ以上は踏み込まなかった。


遊が隠しているというよりは。


まだ、自分の中で整理している。


そう感じたからだ。



実験は順調だった。


空呑うつろのみは動いている。


炉も安定している。


器の反応も問題ない。


数値だけを見れば。


完璧だった。



「変だな」


遊が呟く。


「何が?」


ひよりが隣から画面を覗く。


「全部だ」


「全部?」


遊は表示された数字を見る。


「綺麗すぎると思わねぇか?」


ひよりは首を傾げる。


「いいことじゃないの?」


「普通ならな」


「普通なら?」


遊は答えなかった。



ひよりは最近、遊を見る時間が増えていた。


前と同じ。


無愛想。


口も悪い。


でも。


何かが違う。


ここにいるのに。


どこか遠くを見ているような。


そんな感じがした。



帰り道。


ひよりが声をかける。


「ねえ」


「ん」


「最近さ」


遊が振り向く。


「私、何かした?」


「は? なんで?」


「なんとなく」


少し笑おうとする。


でも、上手く笑えなかった。


「前より……遠い気がする」


遊は黙る。


「前から俺はこんなんだろ」


「そういうことじゃない」


ひよりの声が少し小さくなる。


「私、遊が何考えてるか分かりたいのに」


「全然分かんない」


その言葉に。


遊の足が止まる。



何か言おうとした。


でも。


言葉が出なかった。


澪の手記。


そこに残されていたもの。


見てしまった未来。


考え続けていること。


全部を話せば。


ひよりはどうする。


怖がるのか。


悲しむのか。


それとも。


一緒に背負おうとするのか。


分からなかった。



「……悪い」


出てきた言葉は、それだけだった。


ひよりは少し寂しそうに笑う。


「謝ってほしいわけじゃないんだけどな」


「分かってる」


「分かってないじゃん」


遊は黙った。



その夜。


研究室。


誰もいない場所で。


遊は机の引き出しを開ける。


古いノート。


澪の手記。


何度も開いたページ。


何度読んでも。


同じ場所で手が止まる。


未来。


選択。


人が決めること。


澪は答えを残していなかった。


ただ。


選べるように残していた。



遊は静かにノートを閉じる。


「……」


機械音だけが響く。



翌日。


遊はまた研究へ戻った。


変わらない顔。


変わらない歩き方。


でも。


以前とは違った。


一人で答えを見つけるためではなく。


誰かに残すために。


そうしているように見えた。



鷹宮はその変化に気づいた。


「玄堂さん」


「何だ」


「遊は何かを掴んだようです」


玄堂は黙って聞く。


「ですが」


鷹宮は続ける。


「逃げようとはしていません」


「……」


「誰かを守ろうとしているように見えます」


玄堂は静かに目を伏せた。


「なら、今は見守るしかないな」



実験は続く。


空呑うつろのみは動く。


炉も動く。


器も動く。


全ては予定通り。


ただ。


人の心だけが。


少しずつ。


予定とは違う方向へ流れ始めていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ