第四十三章 接続補正
空呑稼働まで、四週間。
研究棟の朝。
制御室には、低い機械音が響いていた。
遊は画面を睨んでいる。
炉。
空呑。
そして、炉に接続された器。
表示される数値を何度も確認する。
「……」
器の処理記録。
異常なし。
接続も正常。
機能も問題ない。
原因はわかっている。
負荷だけが、少しずつ上がっていた。
◇
「また難しい顔してる」
横から声が飛ぶ。
ひよりだった。
「朝から怖いって」
「うるせぇ」
遊は画面から目を離さない。
「何見てるの?」
「CUYON」
ひよりが覗き込む。
「とうとう、壊れたの?」
「んな訳、違げーよ」
「じゃあなに?難しい顔してさ。足でも生えてきた?」
遊は少し黙る。
「……処理量が多すぎんだよ」
「あらら、処理量?」
「ああ」
◇
遊は記録を開く。
器の役割。
炉へ流れ込む感情。
そこには、人の願いだけではないものが混ざっている。
届かなかった思い。
行き場を失った感情。
言葉になる前に残ったもの。
器はそれを選別する。
必要なものと、そうでないものを分ける。
そして、流れを整える。
それが器の役割だった。
◇
「今までは問題なかった」
遊が呟く。
「流れ込む量が、想定の範囲をかなり下回ってたからな」
研究員が画面を見る。
「空呑の影響ですか」
遊は頷く。
「まず間違いないねぇな」
遊は数値を指した。
「まあ、これ見りゃ分かる」
そこに表示されている値。
想定を大きく超えた流入量。
「ここまで増えるとはな……桁違いだ」
独り言のように言う。
全く想定していなかったことではないが、それよりももっと引っかかる事がある。
それは、遊に何かを暗示している。
しかし、手がかりが少なすぎる。
◇
空呑は正常だった。
炉も正常。
問題は、どちらかが壊れたということではない。
流れ込むものの量だった。
人の感情を集め。
増幅し。
炉へ送る。
その力が、想定を超え始めている。
◇
器は、ただの機械ではなかった。
感情を選別する中で。
処理されたもの。
残ったもの。
届かなかったもの。
そういったものが積み重なり、いつしか形を持った。
子供の姿。
ひとつの存在として。
炉のそばにいる。
◇
「そこでだ。炉の外側に、新たな外部機器を追加する」
翌日、遊は新しい構造図を表示した。
研究員が確認する。
「負荷分散ですか」
「そうだ」
遊は短く答える。
「器だけに背負わせるには、量が多すぎる」
空呑が生み出す流れ。
その全てを器だけで受け止める。
それはいつか限界を超える。
だから。
器を変えるのではなく。
器が処理する前に、負担を分ける。
◇
ひよりが画面を見る。
「それで大丈夫なの?」
遊は肩をすくめる。
「分からねぇ」
「え?」
「まだ確認できてねぇからな」
ひよりは少し黙る。
「遊が分かんないって言うの、珍しいね」
「何でも分かっちまうほど俺の頭は良くねぇよ」
いつものぶっきらぼうな返事。
でも、その目は真剣だった。
◇
取り付け準備が始まる。
稼働まで四週間。
まだ時間はある。
そう思っていた。
◇
炉は動く。
空呑も動く。
器も、そこにいる。
全ては正常に見える。
ただ。
増え続ける感情の流れだけが。
少しずつ。
器の限界へ近づいていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
二つの歪んだピースが噛み合う瞬間。
終わりの鐘の音が、あまりに美しい祝福の和音として響き渡る。




