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器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


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第四十ニ章 歪み

空呑うつろのみ稼働まで、五週間。


最初の違和感から二週間。


研究棟の明かりは、まだ落ちていなかった。


夜の中央制御室。


機械の低い音だけが響いている。


遊は一人で画面を見ていた。


並ぶ数値。


接続状態。


出力。


流入量。


どれも正常。


どれも問題はない。


「……」


椅子に座ったまま、遊は動かない。


普通なら、気にしない程度の揺れだった。


誤差。


そう言われれば、それで終わる。


でも遊は分かっていた。


こういう小さな違和感ほど、あとで大きくなる。



「またやってる」


声。


振り返る。


ひよりだった。


「帰ったんじゃねぇのか」


「え、普通に帰ってないの見えてるじゃん」


「俺はいいんだよ」


「いやいや、それはよくないでしょ」


ひよりは呆れた顔をする。


「てかさ、自分だけ平気みたいに言うのやめて?」


遊は画面を見る。


「平気じゃねぇ」


ひよりが止まる。


「え、今のなに?ちょっと意外なんだけど」


「何が」


「そういうちゃんとした感じ出すの」


遊は少し黙った。


「分からねぇから調べてんだよ」


それだけ言う。


ひよりはそれ以上言わなかった。


ただ、隣に立った。



解析。


再計算。


過去データとの比較。


何度繰り返しても結果は同じだった。


異常はない。


でも。


何かが違う。


遊は記録を遡る。


空呑うつろのみの設計。


炉の構造。


器との接続部分。


一つずつ確認していく。


時間だけが過ぎていく。


朝。


昼。


夜。



「まだいたのか」


声。


玄堂だった。


遊は画面を見たまま答える。


「帰る理由がねぇ」


玄堂は軽く息を吐く。


「見つかったか」


「まだだ」


「何を探している」


遊は少し考える。


「原因だな」


玄堂は黙る。


遊は続ける。


「壊れてる場所じゃねぇ」


「動きすぎてる場所だ」



その夜。


遊は一つの記録で手を止めた。


空呑うつろのみの処理記録。


流入。


変換。


排出。


数字だけを見るなら問題ない。


むしろ、想定以上だった。


処理速度。


変換効率。


どちらも高い。


遊は眉を寄せる。


「……」


次に器側の記録を重ねる。


受け入れ。


保持。


安定化。


そこで初めて気づいた。


空呑うつろのみは正常だった。


炉も正常だった。


問題は、その間。


器だった。


空呑うつろのみが取り込んだものを、器は受け止めている。


だが。


想定していた量を越えている。


器は壊れてはいない。


ただ、ずっと受け止め続けている。


「そういうことか」


遊は小さく呟く。


空呑うつろのみは力を生み出す。


器はそれを整える。


炉はその力を使う。


全部、間違っていない。


だから気づかなかった。


役割が違うものを、同じ負荷で考えていた。


「増えた分だけ……器に溜まる」


遊の目が止まる。


問題は故障じゃない。


構造そのものだった。



翌朝。


研究員たちが集まる制御室。


遊が画面を出す。


空呑うつろのみは正常だ」


研究員が顔を上げる。


「炉も?」


「ああ」


「じゃあ何が?」


遊は器の記録を表示する。


「器だ」


「器?」


「そうだ」


短く言う。


「受け止める側が足りねぇ」


静かな空気。


ひよりが口を開く。


「それってさ」


少し間。


「作る側じゃなくて、受ける側の問題ってこと?」


遊は首を横に振った。


「そう見えるが、そんな単純な問題でもねぇ」


「受け手の許容を無視した設計ってことだ」


誰もすぐには言葉を出せなかった。


炉も空呑も正常。


それなのに。


どこかに歪みがある。


それだけが、確かに残っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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