第四十ニ章 歪み
空呑稼働まで、五週間。
最初の違和感から二週間。
研究棟の明かりは、まだ落ちていなかった。
夜の中央制御室。
機械の低い音だけが響いている。
遊は一人で画面を見ていた。
並ぶ数値。
接続状態。
出力。
流入量。
どれも正常。
どれも問題はない。
「……」
椅子に座ったまま、遊は動かない。
普通なら、気にしない程度の揺れだった。
誤差。
そう言われれば、それで終わる。
でも遊は分かっていた。
こういう小さな違和感ほど、あとで大きくなる。
◇
「またやってる」
声。
振り返る。
ひよりだった。
「帰ったんじゃねぇのか」
「え、普通に帰ってないの見えてるじゃん」
「俺はいいんだよ」
「いやいや、それはよくないでしょ」
ひよりは呆れた顔をする。
「てかさ、自分だけ平気みたいに言うのやめて?」
遊は画面を見る。
「平気じゃねぇ」
ひよりが止まる。
「え、今のなに?ちょっと意外なんだけど」
「何が」
「そういうちゃんとした感じ出すの」
遊は少し黙った。
「分からねぇから調べてんだよ」
それだけ言う。
ひよりはそれ以上言わなかった。
ただ、隣に立った。
◇
解析。
再計算。
過去データとの比較。
何度繰り返しても結果は同じだった。
異常はない。
でも。
何かが違う。
遊は記録を遡る。
空呑の設計。
炉の構造。
器との接続部分。
一つずつ確認していく。
時間だけが過ぎていく。
朝。
昼。
夜。
◇
「まだいたのか」
声。
玄堂だった。
遊は画面を見たまま答える。
「帰る理由がねぇ」
玄堂は軽く息を吐く。
「見つかったか」
「まだだ」
「何を探している」
遊は少し考える。
「原因だな」
玄堂は黙る。
遊は続ける。
「壊れてる場所じゃねぇ」
「動きすぎてる場所だ」
◇
その夜。
遊は一つの記録で手を止めた。
空呑の処理記録。
流入。
変換。
排出。
数字だけを見るなら問題ない。
むしろ、想定以上だった。
処理速度。
変換効率。
どちらも高い。
遊は眉を寄せる。
「……」
次に器側の記録を重ねる。
受け入れ。
保持。
安定化。
そこで初めて気づいた。
空呑は正常だった。
炉も正常だった。
問題は、その間。
器だった。
空呑が取り込んだものを、器は受け止めている。
だが。
想定していた量を越えている。
器は壊れてはいない。
ただ、ずっと受け止め続けている。
「そういうことか」
遊は小さく呟く。
空呑は力を生み出す。
器はそれを整える。
炉はその力を使う。
全部、間違っていない。
だから気づかなかった。
役割が違うものを、同じ負荷で考えていた。
「増えた分だけ……器に溜まる」
遊の目が止まる。
問題は故障じゃない。
構造そのものだった。
◇
翌朝。
研究員たちが集まる制御室。
遊が画面を出す。
「空呑は正常だ」
研究員が顔を上げる。
「炉も?」
「ああ」
「じゃあ何が?」
遊は器の記録を表示する。
「器だ」
「器?」
「そうだ」
短く言う。
「受け止める側が足りねぇ」
静かな空気。
ひよりが口を開く。
「それってさ」
少し間。
「作る側じゃなくて、受ける側の問題ってこと?」
遊は首を横に振った。
「そう見えるが、そんな単純な問題でもねぇ」
「受け手の許容を無視した設計ってことだ」
誰もすぐには言葉を出せなかった。
炉も空呑も正常。
それなのに。
どこかに歪みがある。
それだけが、確かに残っていた。
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