第四十一章 負荷
空呑稼働まで、七週間。
接続試験から数日。
研究棟の空気は変わっていた。
数日前まであった緊張感は薄れ、代わりに期待が広がっている。
中央制御室。
画面には安定した数値が並んでいた。
炉。
空呑。
接続フィルター。
三つの状態は、予想以上に落ち着いている。
「出力、上昇開始」
研究員の声が響く。
数字が少しずつ上がっていく。
「温度変化、問題なし」
「処理値、安定」
「接続状態、正常」
報告が続く。
遊は画面を見ていた。
悪くない。
むしろ、良すぎる。
空呑は炉から流れ込むものを受け取り、処理している。
炉もまた、その流れを受け止めている。
二つがぶつかることなく動いていた。
「すごいね」
隣から声。
ひよりだった。
「何が」
「だってさ」
ひよりは画面を見る。
「最初は合わないかもしれないって思ってたんでしょ?」
遊は少し黙る。
「まあな」
「でも、ちゃんと動いてる」
「今のところはな」
ひよりが笑う。
「そういうところだよね」
「何が?」
「すぐ悪い方を見る」
「ふつう見るだろ」
遊は画面から目を離さない。
「問題は起きるものだ」
「何も起きてないじゃん」
「だから見てんだよ」
ひよりは呆れたような顔をする。
でも、その表情は少し嬉しそうだった。
◇
負荷を上げる。
第一段階。
第二段階。
予定値を超えていく。
それでも。
問題は起きない。
「安定しています」
研究員が言う。
制御室に、少しだけ安堵の空気が流れた。
玄堂は静かに画面を見る。
「ここまで来るとはな」
鷹宮が答える。
「予想以上ですね」
遊は二人の声を聞きながら、炉を見る。
◇
『もっと』
小さな声。
遊だけが聞いた。
「ん?」
『もっと、できる』
遊は炉を見る。
「何が」
少し間。
『たくさん』
炉の反応が柔らかくなる。
『あったかくできる』
『明るくできる』
『困ってるの、減らせる』
遊は黙った。
炉は嬉しそうだった。
力が増える。
できることが増える。
それが、この存在にとっての喜びだった。
「そうか」
『うん』
「無理すんなよ」
『だいじょうぶ』
迷いのない返事。
さらに出力を上げる。
表示される数値。
順調。
誰もが思った。
これは成功する。
長い時間をかけて作ったものが、ようやく形になった。
そんな空気が広がった。
◇
その時。
遊の目が止まった。
一瞬。
ほんのわずか。
波形が揺れた。
「……」
「どうした?」
鷹宮が聞く。
遊は画面を見る。
「今、何か動いた」
研究員が確認する。
「確認します」
数秒。
「問題はないようですが......」
表示は正常。
数値も範囲内。
遊は黙る。
確かに見た。
説明できるほど大きな変化ではないが。
「……」
炉を見る。
いつも通り。
空呑も動いている。
まるで何もなかったように。
成功と呼べる結果だった。
もう一度確認する。
今度は見逃さなかった。
数値ではない。
空呑うつろのみの内部記録。
そこに一つの表示が出ていた。
接続対象への理解度 上昇
「理解度?」
遊が呟く。
研究員が振り返る。
「そんな項目、設定していません」
沈黙。
画面から表示が消える。
まるで間違いだったように。
遊は炉を見る。
『どうしたの?』
いつもの声。
「……いや」
『うれしい?』
遊は止まる。
「何が」
少し間。
『みんな、うれしそうだったから』
その言葉に、遊は答えられなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。わずかな揺れが引き起こす未来。




