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器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


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第三十一章 言えないこと

炉の稼働からしばらく経った。


世界は変わり始めていた。


街は明るくなった。


工場は止まらなくなった。


遠くの村まで光が届くようになった。


新聞は連日、炉の話題で持ちきりだった。


人類の希望。


新時代の象徴。


そんな言葉が並ぶ。


だが遊の仕事は変わらない。


今日も研究所の見回りだった。


「おつかれー」


背後から声が飛んでくる。


振り向くまでもない。


ひよりだった。


紙袋を抱えている。


「また来たのか」


「またとは失礼ねー」


「仕事は」


「終わった」


「早いな」


「優秀だからね」


胸を張る。


遊は苦笑した。


たぶん半分は本当だ。


半分は嘘だ。


会いに来たのだろう。


本人は認めないだろうが。


「ほら」


ひよりが紙袋を差し出す。


中にはパンが二つ。


「どうせ、何も食べてないんでしょ?」


「助かる」


「でしょ?」


二人は研究棟の外に出た。


まだ少し風が冷たい。


草が揺れている。


遠くでは巨大な炉が白く輝いていた。


見上げるたびに不思議な気分になる。


あれが本当に動いている。


今でも信じられない。


「なあ」


ひよりが言う。


「ん?」


「もしさ」


「おう」


「仕事かなくなったらどうする?」


遊はパンをかじる。


「意味がわからん」


「だからさ」


ひよりは少しだけ視線を逸らした。


「研究所とかなくなって」


「うん」


「炉も安定して」


「うん」


「暇になったら」


遊はしばらく考えた。


そして答える。


「畑でもやるかな」


「畑?」


「畑」


「夢がないなあ」


「そうか?」


「そうだよ」


ひよりが笑う。


遊は首を傾げる。


何がおかしいのか分からない。


「ひよりは?」


「私?」


「何がしたい?」


少しだけ間が空いた。


ひよりは炉を見上げる。


白い光が遠くに見えた。


「私ね」


「うん」


「普通でいいかな」


遊は黙る。


「普通?」


「うん」


「朝起きて」


「うん」


「ご飯食べて」


「うん」


「誰かと喧嘩して」


「うん」


「仲直りして」


「うん」


「そんな感じ」


遊は少し考えた。


それは案外難しいことなのかもしれない。


今の自分たちには。


「それならできるだろ」


遊が言う。


ひよりは苦笑した。


「そうかな」


「そうだろ」


「ほんと鈍い」


「は?なんでそうなる?」


「なんでもない」


風が吹く。


ひよりの髪が揺れた。


その横顔を見ていると。


遊は少しだけ落ち着かなくなる。


理由は分からない。


戦場で敵と向き合う方が楽だろう。


ひよりを時々理解できなくなる。


「ねぇ、遊」


「ん?」


「私たちってさ」


「おう」


「どういう関係なんだろうね」


遊が固まった。


ひよりは笑っている。


けれど目は笑っていなかった。


少しだけ真剣だった。


「どういうって」


「そのまま」


「仲間だろ」


「うん」


「友達」


「うん」


「それから」


遊は考える。


ひよりは待つ。


数秒。


十秒。


二十秒。


「相棒」


遊が言った。


ひよりの動きが止まった。


「……なにそれ」


「違うか」


「いや」


困ったように笑う。


顔が少し熱い。


たぶん気付かれていない。


気付かれていたら困る。


「それってさ」


「ん?」


「告白?」


「愛の告白をするには、ロマンチックな雰囲気じゃねぇな」


ひよりは天を仰いだ。


「そうだよねぇ……」


「何がだ」


「なんでもない」


遊は首を傾げる。


本当に分かっていない。


だから困る。


だけど。


嫌いになれない。


むしろ。


そういうところが好きなのだ。


夕日が傾き始めていた。


二人の影が長く伸びる。


遠くで炉が光っている。


その光の届かない場所。


誰にも知られない場所で。


黒い影がゆっくりと形を持ち始めていた。


人のような。


そうでないような。


まだ目もない。


まだ声もない。


ただ。


何かを求めるように。


静かに。


確かに。


そこに在った。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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