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器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


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第二十八章 接触

 炉の建設は、

 もはや研究の域を越え始めていた。


 地下搬入口には、

 連日、大型輸送車両が並ぶ。


 資材。

 冷却設備。

 制御装置。

 発電蓄積ユニット。


 そして、

 見慣れない人間たち。


 軍。

 官僚。

 企業関係者。

 貴族系資本。


 皆、

 巨大な炉を見上げながら、

 それぞれ違う未来を見ていた。


 飢餓地域への供給。

 国家インフラ。

 軍事転用。

 新市場。


 誰もが、

 この技術が世界を変えると理解している。


 だから止められないのだ。


 いや。


 すでに止める方法を誰も知らない。


 研究区画上層。


 鷹宮は資料を閉じた。


「久我さん、CUYON接続申請が正式に受理されました。これで、暴走の危険性はひとまず回避されることになるでしょう」


 部屋の奥で、

 玄堂が静かに頷く。


「当然だな」


 短い返答。


 その声音には、

 迷いがなかった。


「各方面からは反対も出ています」


「制御機構を挟むことで、運用権限が研究所側へ偏る。そういう理屈か」


「はい」


 鷹宮は淡々と続ける。


「ただ同時に、“炉が稼働前から反応を見せている”という情報も、一部には伝わっています」


「……影の件か」


「おそらく」


 数秒の沈黙。


 玄堂は窓の向こう、

 建設途中の巨大な炉を見上げた。


「問題は暴走だけではないのだ」


 静かな声。


「すでに、止めるという選択肢は無くなった。制御できるかどうかも問題だ」


 鷹宮は返事をしなかった。


 それが、

 今の人類の答えだった。


 止めるという選択肢は、

 もう存在しない。


     ◆


 CUYON搬入区画。


 白い蒸気が、

 低く漂っている。


 遊は接続用ケーブルを確認しながら、

 眉をしかめていた。


「電圧ラインをもう一回見せてくれ」


「はい」


 隣に居た技術者が慌てて端末を操作する。


 炉側の反応値。


 微弱。


 だが、

 確実に動いている。


 まだ本稼働していないはずなのに。


「……ったく、笑えねえな」


 遊が小さく呟く。


 あの黒い影。


 あれを見てから、

 嫌な感覚がずっと消えなかった。


 炉は、

 もう“何か”を始めている。


 その時だった。


「遊くーん」


 背後から、

 ひよりの声。


 振り返ると、

 作業用の薄手シャツ姿のひよりが、

 工具ケースを抱えて立っていた。


「頼まれてた調整パーツ、持ってきたよ」


「ああ、悪い」


 ひよりは額の汗を拭う。


 区画内は熱かった。


 炉の熱気。

 蒸気。

 機材熱。


 そのせいか、

 ひよりの襟元は少しだけ緩んでいた。


 遊は一瞬だけ視線を逸らす。


「……暑そうだな」


「そりゃ暑いよ。蒸し風呂みたいだもん」


 ひよりが笑う。


 その時。


 警告音が鳴った。


『接続ラインに異常あり』


 同時に、

 区画の照明が落ちる。


「っ!?」


 蒸気が噴き上がった。


 床が揺れる。


「ひより!」


 足元のケーブルが跳ね、

 ひよりの身体が大きく傾く。


 咄嗟のことだった。


 遊は腕を伸ばし、

 ひよりの身体を引き寄せる。


「きゃ――」


 柔らかい感触。


 熱。


 ひよりの身体が、

 胸元から強く押し付けられる。


 緩んでいた襟元がずれ、

 白い肌が近すぎる距離にあった。


 息が触れる。


 ひよりの肩が震える。


 遊の胸を掴む指に、

 力が入る。


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 ひよりは、

 目を閉じかけた。


 その瞬間。


 遊の脳裏に、

 由真の小さな手が浮かぶ。


『パパ』


 胸の奥が、

 ひどく締め付けられた。


 遊は、

 はっとしたように手を離す。


「……悪い」


 短く。


 それだけだった。


 ひよりの身体が、

 わずかによろける。


「あ……う、ううん」


 ひよりは視線を逸らした。


 顔が赤い。


 熱のせいだけじゃない。


 さっきまで自分を抱いていた腕の感触が、

 まだ残っている。


 なのに。


 遊はもう、

 別の方を見ていた。


 ひよりは小さく唇を噛み、

 乱れた胸元を両手で抱き寄せるように押さえる。


 きゅっと。


 まるで、

 自分自身を隠すみたいに。


 何かを期待してしまった自分まで、

 誤魔化すみたいに。


 沈黙。


 警報音だけが響く。


 遊は、

 その空気に耐えきれないように視線を逸らした。


「……配線を確認してくれ」


「あ、うん……」


 ひよりは小さく頷く。


 踏み込まない。


 踏み込めない。


 お互いに、

 分かっているから。


 だが。


 その時だった。


 CUYONの光が、

 突如強く明滅した。


『異常反応検知』


 低い機械音声。


 同時に。


 炉側の出力値が、

 一瞬だけ跳ね上がる。


 遊の表情が変わった。


「……なんだ?」


 モニター上で、

 炉内部の波形が乱れている。


 まるで。


 何かが、

 CUYONの存在を認識したみたいに。


 空気が変わる。


 低い駆動音。


 蒸気。


 そして。


 暗い配管の奥で、

 何か黒いものが蠢いた気がした。


 CUYONの青白い光が、

 静かに脈打つ。


 応えるように。


 敵を見ているみたいに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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