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器 -UTSUWA- 零  作者: 猿吉


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第十八章 名のない器

静まり返った空気の中で、装置はゆっくりと動き出した。


最初は、ごく小さな振動だった。

まるで眠っていた何かが、指先だけをわずかに動かしたような、そんな頼りない兆し。


だが次の瞬間、光が走る。


内部を巡る流れが整い、数値が揃い始める。

ばらばらだったものが、一本の線に収束していく。


それは、水が細い溝に流れ込むようなものだった。

散らばっていたものが、ある一点に向かって自然と集まっていく。


誰も声を出さない。


ただ、見ている。


息をすることすら忘れたように。


そして。


波形が、安定した。


乱れていた振れが、ある一定の形を保ったまま、崩れない。


それは単なる静止ではなかった。


外部から取り込まれたものが、混ざり合ったまま暴れるのではなく、

中で受け止められ、流れを与えられ、整えられている証だった。


濁った水をそのまま流すのではなく、

器の中で一度受け止め、澄んだものだけを静かに通す。


そんな働きが、確かに起きている。


遊は画面を見つめたまま、ゆっくりと呟く。


「……出たな」


小さな声だったが、その一言で空気が変わる。


ひよりが、はっとしたように顔を上げる。


「え、えっと……これって、その……成功、ってことで、いいんだよね?」


言葉の最後が少しだけ震える。

緊張と、期待と、どこか信じきれない気持ちが混ざっている。


遊は、わずかに口元を緩めた。


「ああ。ちゃんと分けてる」


「暴れてない。受け止めてる」


その言葉を聞いた瞬間、ひよりの肩から力が抜けた。


「よ、よかった……っ」


思わずその場に座り込みそうになるのを、慌ててこらえる。

頬が少し赤くなっているのは、安堵か、それとも別の感情か......。


そのすぐ隣で、同じ装置を見つめていた鷹宮が静かに口を開く。


「……やったな」


低く、抑えた声。


だが、その奥には確かな熱がある。


遊は視線を外さずに答える。


「思ったより時間はかかったけどな」


「それでも、ここまで来た」


鷹宮の視線は、装置に向けられている。


冷静な表情のまま。

だが、その奥には、長く積み上げてきたものが形になった実感があった。


ひよりが、二人の間に顔を出す。


「あ、あのっ!これ、鷹宮さんがいなかったら、絶対ここまで来れてないですからね!」


勢いよく言ったあと、自分で少し照れる。


「そ、その……お金とか、いろいろ……たぶんすごく大変だったんじゃないかなって……」


言いながら、だんだん声が小さくなる。


鷹宮はわずかに視線だけをひよりに向ける。


「俺は俺の役割をやっただけだ」


それだけ言って、再び装置へと目を戻す。


だが、その言葉の奥にあるものは、二人にも伝わっていた。


遊が、軽く息を吐く。


「助かったのは事実だ」


短い言葉。


だが、それで十分だった。


ひよりは、うんうんと何度も頷く。


「ほんとに、ほんとに」


そのやり取りの中で、装置は変わらず動き続けている。


安定したまま。


まるで、最初からそこにあったかのように。


やがて、記録は一通り出揃う。


遊が端末を操作し、データを保存する。


鷹宮が静かに口を開く。


「……だが、ここからだ」


空気が、少しだけ引き締まる。


「これはあくまで外側の制御だ。本体に繋げて、同じように動く保証はない」


遊は頷く。


「わかってる」


「これから大型の炉に組み込む段階に入る。そこで初めて、本当に使えるかどうかが決まる」


ひよりが小さく息をのむ。


「そ、そうね……まだ終わりじゃないんだよね」


遊は画面から目を離さずに答える。


「むしろ、ここからが本番だな」


それは、静かな宣言だった。


成功の余韻は、すぐに次の課題へと飲み込まれていく。


それでも。


確かに一歩は進んだ。


その事実だけは、誰にも否定できない。


◇◆◇◆


装置を見ていた遊が、ボソッと一言。

「さて、どうやって組み上げるかな......」


ひよりが、装置を見つめながら、何か予感のようなものを感じとり、ぽつりと呟く。


「まさかとは思うけど、あんた、これを……『このまま使う』なんて言うんじゃないでしょうね?」


遊は少しだけ間を置く。


「ああ、作り直さない」


「え?」


「これをベースにする。中身を組み替えて、そのまま使うよ。勿体無いからな」


ひよりの目が丸くなる。


「そのまま……なの?」


「反応の核は、ここにある。なら、捨てる理由はないだろ?」


鷹宮がわずかに頷く。


「合理的だな」


遊は続ける。


「形は変わる。規模も大きくなる。けど、根は同じだ」


それは、小さな火種を、そのまま大きな炉へ移すようなものだった。


ひよりは少しだけ不安そうに装置を見る。


「だ……大丈夫、なのかな」


その問いに、遊はすぐには答えない。


代わりに、装置の表面にそっと触れる。


温度が、わずかに残っている。


「……さあな」


小さく、そう言った。


だがその声には、迷いとは別のものが混ざっていた。


鷹宮が一歩離れる。


「準備に入るぞ。時間はそう多くない」


その一言で、空気が切り替わる。


三人は、それぞれの持ち場へと動き出す。


やがて、装置の電源が落とされる。


光が消え、音が止み、すべてが静寂へと戻る。


実験は、確かに成功だった。


だが。


その静けさの中で。


ほんの一瞬だけ。


停止したはずの装置が、まるで一息ついたかのように。


かすかに、揺れた気がした。


それは錯覚だったのか。


あるいは。


息を吹き返したのか。


誰も、それを確かめることはなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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