第十七章 臨界点
それからさらに数ヶ月が過ぎた。
記録と検証は繰り返され、仮説は選び抜かれ、確かなものだけが残っていった。
やがて、それらは一つの形に至る。
装置は、そこにあった。
中心となる実験機に接続された外部機器。
まだ無骨で、ただの塊にしか見えない。
丸みを帯びた構造は、機能だけを優先した結果だった。
名前はない。
だが役割は明確だった。
流れ込んだものを、逃がさない。
留め、受け止めるためのもの。
遊は最終調整を終え、ゆっくりと手を離した。
「思ったより、かかっちまったな」
独り言のように呟く。
その声には、わずかな手応えが混じっている。
「こんなところに、答えが転がってるとはな」
視線の先にあるのは、接続された外部機器。
感情の中身は分からない。
それでもいい。
条件さえ掴めれば、現象は制御できる。
遊はそう考えていた。
自宅で続けてきた、あの炉の実験。
あのときも、同じ反応は出ていた。
ただ、意味が分からなかっただけだ。
線は繋がった。
その確信が、ようやく形になった。
背後から聞き慣れた声が届く。
「……いよいよだな」
遊は振り返らない。
「来たか」
短く返す。
鷹宮はゆっくりと歩み寄り、隣に立つ。
視線はまっすぐ装置に向けられている。
表情は変わらない。
感情の見えない顔。
だが、その奥にあるものを、遊は知っている。
「ここまで来たか」
鷹宮は静かに言う。
遊は肩をすくめる。
「遠回りはしたがな」
「いや」
鷹宮はわずかに首を振る。
「十分だ」
その言葉を横で聞いていたひよりが、小さく口を挟む。
「ちょっと、もっと褒めてもいいんじゃない?」
軽く笑うように言うが、声は少しだけ上ずっている。
「ずっと見てたけど、ほんとに大変そうだったし」
遊はちらりとだけ視線を向ける。
「見てたなら分かるだろ。無駄も多かった」
「でも、それがないとここまで来てないでしょ」
ひよりはそう言ってから、少しだけ言葉を切る。
胸の奥で、何かがざわついている。
理由は分かっている。
この先に進めば、何かが変わる。
戻れないところまで行くかもしれない。
それでも。
「……やるんだよね」
小さく、確認するように言う。
遊は答えない。
ただ、操作盤に手を置く。
「連動は確認済みだ」
「外部との同期も問題ない」
「理屈の上では、な」
鷹宮がわずかに口元を緩める。
「実験は、理屈の外で結果を出すものだ」
遊は短く息を吐く。
「違げぇねぇな」
ひよりは二人を交互に見て、少しだけ顔をしかめる。
「なんかさ、その言い方、ちょっと怖いんだけど」
軽口のように言う。
だが、その指先は無意識にぎゅっと握られている。
遊はスイッチの上に指を置く。
ほんの一瞬、動きが止まる。
呼吸が、わずかに深くなる。
この一つで、何が起こるのか。
分かっているようで、分からない。
「始める」
低く告げる。
鷹宮は何も言わず、隣に立つ。
ひよりは息を呑む。
遊の指が、静かにスイッチを押した。
その瞬間。
まだ誰にも知られていない形で、何かが動き出そうとしていた。
このあと。
予想外な形で。
とんでもないことが起きることを。
このときの二人は、まだ知らない。
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