141 ビラヴド1/十九時間
名は、まだなかった。
二歳だった。
奴隷のむすめの例にもれず、母親にほとんどかまいつけられることなく育った。だから、ことばも、ろくに知らない。歩くことはできた。奴隷宿舎の、すこし年長の子ども――まだ仕事らしい仕事をあたえられていない、六歳までのちいさな洞人たちとともに、よちよちと農場の橋をあるきまわっているのが、常だった。めずらしくもない、洞人むすめのひとり。けれど生まれつき、瞳の色だけがことなっている。洞人によくいる黒色ではなく、赤色。老人たちに言わせると、“暗黒大陸じゃ、不吉のしるし”だそうだが、母親にとっても、周囲の子どもたちにとっても、どうでもいいことだ。そのほかは、ごく平凡な、あたりまえの幼児だったから。
幸福、とは言いがたい。
すべての奴隷にとって、人生とはつねにそうしたものだ。それでも、奴隷の子としてはそれなりにめぐまれた日々を過ごしていた。
運命が変転したのは、とつぜんだった。
母――セサは、ある夜、奴隷宿舎で寝こけているおまえを、揺り起こしたのだ。兄ふたりと、姉はもう起きている。きびしい顔をしていた。
「いくよ」
セサはおまえを抱きかかえると、奴隷宿舎をあとにした。寝間着も靴も、おまえは持っていない。ふだん過ごしているままの恰好だったが、夜気はひんやりと冷たくて、むきだしの腕に鳥肌が立った。うっすらと、霧状になった雨が、降りはじめている。
母ときょうだいたちは、無言のままに夜のなかを走ってゆく。おまえは母の乳房に顔をうずめ、そのやわらかさとぬくもりをひさしぶりに味わおうとした。しかし、おまえが乳を吸っていたころよりも、母はいくぶん痩せていて、走っているせいもあってかごつごつと胸郭がぶつかってくるばかりだ。また安眠のなかにもどろうとする試みにも頓挫して、おまえは不きげんに眉根を寄せて、ただ耐えるしかなかった。
……セサにとっては、おまえの快適さなど、一顧だにするよゆうもない。
逃亡――である。
*
この“たのしいわがや”農園であたらしい農場主となった“先生”なる人物の残忍さは、奴隷たちの耐えうる水準をはるかに超えていた。
もともとは学校の教師をしていた男だ。
ガーナーの旦那さまが天に召されたあとで、奥さまひとりで農場の経営はできないと絶望しきっていたところ、妹の連れあいにあたる“先生”が名乗りを上げてくれたのだ。小男で、どこへゆくにもカラーをつけている。ノートを持ちあるき、 奴隷たちにちいさな質問をしては、その答えを書き込むのがくせだった。
「ずいぶん勉強熱心な旦那さまがいたもんだ、洞人になろうとでもしてるみてえだな」
そう軽口をたたき合っているうちが、華だった。
じつのところ、“先生”は、じぶんの理論を実践にうつす機会を手にし、高揚しきっていたのだ。
「洞人のある集落では、かれらは日に二〇時間はたらく」――。
これは、“先生”が自費で出版した本の一節だ。
「しかるに、わが国の奴隷たち――そのおおくは日に十時間もはたらいていない――には、まだ余力がのこっている。読者諸兄の農場では、奴隷たちは自家農園をつくってはいないか? これはすなわち洞人たちが、それをたがやすことのできる力を余している事実の、明白な証左にほかならない。あなたがたは、とうぜんじぶんの財布に入る金を、奴隷たちに投げあたえているわけだ。ひとえに、かれらの舌を満足させてやるという、そのためだけに!」
……必然的にセンセーションを巻き起こすはずであったこの著書は、じっさいにはほとんど黙殺された。“先生”はこの矛盾に直面したが、原因のありかを、そのすぐれた頭脳によってたちどころに解明してみせた。
――つまり、理論は理論なのだ。蒙昧な大衆に飲み込ませるには、実績が要る。たとえば、私の理論にもとづいて、ある農場が倍以上の利益を生んだ、というような!
こうして、“たのしいわがや”農園に白羽の矢が立ったのだ。
農園にいた洞人たちは、さっそくこの『偉大な実験』の対象となる名誉をあたえられ、日に十八時間の労働を義務づけられた。『理論』からすれば、これは洞人の体力的にはまったく問題のない負荷であるはずだった。しかしひと月経過した時点で、“先生”は当初想定していた労働量にとどいていないという結果を目にした。とはいえ、この冷静沈着な大学者がうろたえることはない――この未達成は、織り込み済みであったのだ。
“先生”は洞人たちのもとを、くだんのノートを片手にあらわれると、おだやかにほほえんで、かれらにたずねた。
「どうだったね、このひと月は?」
洞人たち――先代農場主のガーナー氏のおかげで、天人にたいしても正直な物言いをすることに慣れていた奴隷たちは、待ってましたとばかりに、口ぐちに不満をならべたてた。いくらなんでも仕事がおおすぎる、日が落ちてからもはたらくせいで効率も悪い、眠る時間がすくなすぎて体力がもどらない――これらのことばを“先生”はうんうんとうなずきながら聞き、いちいちノートへと書きとめていった。さいごに、奴隷たちのあいだでリーダー格であったポール・Dが、こう言った。
「これじゃ、じぶんとこの菜園をたがやす暇もありゃしませんわ!」
……奴隷たちが期待していた改善は、なかった。
翌日、奴隷監視人をつとめる天人がやってきた。この男はきのう“先生”に不満を言ったものをよびだすと、たがいを樹に縛りつけるよう命じた。
鞭、であった。
あらわれた“先生”はノートを見ながら、ひとりひとりに回数を申し渡した。
「ポール・A。七回」
「ポール・F。四回」
「ハーレ。十一回」
「……ポール・D。十二回。さらにくわえること、十回」
あとで、鞭の回数は、ならべた不満の個数ときっかり一致していることを、奴隷のひとりが発見した。ポール・Dの追加十回にかんしては、だれにとっても謎だった。
すべての鞭打ちが終わると、“先生”はぱたんとノートを閉じた。
「きょうから、労働は十九時間とします。先月のおくれは、今月とりもどさねばなりません」
そこには、感情はなかった。
激することも、焦りも、もどかしさも、なにひとつなかった。
この理論家にとって、洞人たちはたんなる『現象』、じぶんの実験にもちいる対象物でしかなかったのだ。この“先生”のつめたいまなざしを見て、洞人たちもようやく理解した。ここに、妥協の余地はない。たとえ苛酷にすぎる労働に洞人たちがつぎつぎと死んでいっても、この小男は眉ひとつうごかしはしないだろう――と。
狂気の沙汰が、はじまった。
人間がとうていたえうるはずもないこの労働を実現させるため、奴隷監視人が雇い増され、三交代制で鞭を振るう態勢がととのえられた。労働がはじまって七時間がたつと、へとへとになった奴隷監視人に代わり、ぴしりぴしりと高らかに鳴る鞭音とともに、元気いっぱいの監視人があらわれるのだ。
洞人たちはいよいよ気を抜くすきまもなくなった。目はかすみ、指先はふるえ、腰ががくつく状態で、朦朧としたまま労働をこなすようになった。
綿花畑は地平線の果て、“たのしいわがや”農園が法的に許容される限界までおしひろげられ、そこに洞人の影が、つねに点々と見受けられた。ちょっと見には、連合国政府が喧伝するうららかな南部農園のありさまだったが……よくよく寄って見れば、洞人たちはみな死霊のようにうつろな顔をしているのだ。
セサが逃亡をかんがえたのは、懇意にしていた母親仲間が、乳が出なくなったせいで赤ん坊を死なせた、その夜のことである。
衰弱して、だんだんと泣くことさえもできなくなった赤ん坊に、トウモロコシ粉をといた重湯をのませていたが、だんだんとそれさえのめなくなり……けっきょく、母親に抱かれ、子守唄を聞かされながら息を引き取った。赤ん坊の顔までをくるんだ毛布に、顔をうずめるようにして母親が泣きじゃくるのを見ながら、セサはじぶんの腹をぎゅっと抱きしめた。そこに、夫ハーレの子、おまえの弟か妹がいたのである。このままでは、きっとこの子も死なせる、と思った。逃げなくちゃ、とかんがえた。
決断は、できなかった。
ハーレが、セサの顔を見た。おまえのことも、ひと目見た。そして「よし」と立ち上がる。
「先生に、かけあってくる。せめて三時間、いや二時間だけでも、みじかくしてもらわにゃ、このまま全員お陀仏だってな」
セサが止めるのも聞かず、ハーレは出ていった。
……この頃、“先生”はそろそろつぎの一手が必要だという結論に達していた。先日の鞭打ちの効果も、そろそろうすれてきた。あれは洞人どもの性根から怠けごころをたたきだすには役立ったが、連中が抱いている「これ以上は無理だ」という限界を超えさせるには足りない。もう一度、活を入れさせるための“一手”が要る。そこに、ハーレがとびこんできたのだ。好都合だった。
翌朝、ハーレは吊るされた。
そしてその夜、セサはおまえを起こしたのだった。




