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聖 絶 大 戦【第4章『士師記』連載中】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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138 ジム・クロウ11/王と道化のダイアローグ

 おまえは、君臨している。

 民なき王国に、たっだひとりの王として、君臨している。


 州と州の境目、ひとが住まうにはあまりに深い森のなかに、おまえの王国は築かれている。おまえにかしずくすべてのものが、道化である。みずからの意志を持たず、みずからの感情を持たない人形たちだ。彼らはまさしくおまえの手足となって思うがままにうごいたから、どんな過酷な環境であっても、おまえが快適に住めるかたちにつくりかえることはたやすかった。


 おまえひとりのために、つくられた王国だ。

 道化たちはもはやものを食わず、眠らず、そのほかのあらゆるものを欲することもない。王国にただひとつつくられた羽毛の寝台に、おまえは眠り、そのあいだ、道化たちは指示を受けることもできないからその場に立ち尽くしているのだった。


 王宮は、おまえの必要に応じて建て増されていった。食事をとる部屋、水浴びをする部屋、眠る部屋……。これだけをつくってしまうと、おまえはほかにどのような部屋が必要になるのかをどうしても思いつけなくなった。いたずらに部屋数を増やしてみたところで、そこにだれかが訪ねてくるわけでも、泊まってゆくわけでもないのだ。


 ひとり、だった。

 まわりの道化たちは、数えるに値しない。


 だれに見られることも、だれに笑われることもない。

 この暮らしをはじめたときには安らぎであったその事実が、数年が過ぎ、十数年が過ぎるころには、まるで針のようにおまえを刺すようになっていた。

 孤独はいい。孤独はかまわない。

 だが、孤立は耐えられない。

 間欠泉のようにときおり噴き上がる感情が、おまえを狂わせていった。


 ──ひとに、会いたい。

 ──ひとと、ことばを交わしたい。

 ──ただ。

 ──笑われたくは、ない。


 ひとがかたちづくる笑顔のかたちを、おまえは思い描けなくなっている。

 それだけに、笑みを向けられることがひとしおおそろしい。どんな意味を含有していようと、笑みを目にしたとたん、じぶんは我をうしなうだろう。道化をあやつり、その相手を引き裂かずにはおれないだろう。そうしてまた、友をうしなうことになる。耐えられない。耐えられる、わけがない。


 だから、ひととは会えない。

 だのに、ひととは会いたい。


 さびしさとは、ほんのりとした欠落感をあらわすことばではないのだと、おまえは思い知った。腹の奥底より噴き上がる、逃げ場のない激痛こそが、さびしさなのだ。おまえはからだに毛布をまきつけるようにして、嗚咽した。子供のように、泣きじゃくった。大声で泣いていればだれかが駆けつけ、おまえを抱きとめてくれると期待しているかのように。

 けれども、おまえの声のとどく範囲にひとはいなくて、

 それこそが、おまえの望んだものだった。


 おまえは、友をつくりあげた。


 友を持たない幼児が人形に対してそうするように、道化のなかからひとりを選り抜き、『ポール』と名づけた。見分けがつくように、ポールの仮面には泥がこすりつけられ、白っぽい顔になった。

 おまえは、日夜ポールに話しかけるようになった。


「ようポール。ゆうべはよく眠れたかい?」

「ずいぶん冷え込むな。もうすっかり冬だよな、ポール?」

「きょうのディナーはおまえさんの好きな鹿肉だぜ、ポール。よかったな。狩り担当の連中に礼を言っておきなよ」


 おどろいたことに──

 このポールはひとことも口を利かなかったのにもかかわらず、どんどんと“人格”を身につけていった。ポールは鹿肉をことのほか好み、大食漢で、すこし間の抜けた性格の男だった。

 そしておまえはポールを好きになっていった。彼はかならず食卓に同席したし、おまえが出かけるときにはかならずともなわれたし、おまえの寝台の隣に専用の寝台を得た。


 おまえは、飽きずにポールに話しかけた。ポールは無口な男であったが、まぎれもなく聞き上手だった。日がな一日ポールに語りかけているうち、日々起きるささいな出来事の話題に倦み、おまえの話は過去へとさかのぼっていった。


「笑わぬ道化」と呼ばれて歩いていたころを語り、たったひとりでの逃亡生活を語り、うすのろティムとしての農場生活を語り、ふたつの巡業劇団で起きたことを語った。さかのぼり、さかのぼり、やがて話は必然として、生まれた農場へとたどりついた。


「間の抜けた面。そう言われることが、おおかったんだ」


 子供のころを、おまえは語った。


 間抜けとして生き延びるために、笑われようと努めたこと。わざと失敗をくりかえし、主人たちの一笑を買おうとけんめいになったこと。そう心がけているうちにいつしか失敗が習い性となっていき、まともに働くことができなくなっていったこと。


「……あすこで、まともに働けてたんなら、違ったんだろうかね」


 ふと、つぶやいた。

 ポールに目をやると、こくり、とうなずいた。おまえが、投げかけるすべてのことばに対しうなずきを返すよう命令を出していたからだが……そんなことも忘れて、おまえはそのうなずきをたんじゅんに受け止めた。肯定として、受け止めた。


「……あすこで、まともに働けていたと、思うかい?」


 こくり。


「おれは、まともに働けていたと、そう言うのかい?」


 こくり。


「間抜けであっても?」


 こくり。


「……そうしていたなら、おれはいつか仕事を覚えていったろうな。そりゃ、要領よくたあいかねえし、小突かれ、叱言を受けながらではあったろうけど……それでも、いつか仕事は覚えたはずさ。だろ?」


 こくり。


「そうしたら、おれはひょっとしたら売られはしなかったかもしれねえね。あの生まれた農場にとどまって、そのまま大人になってよ。そうすりゃ、いっぱしの力仕事なんかも任されて、それなりにまっとうな扱いを受けていたかもしれねえよな?」


 こくり。


「もしかしたら──もしかしたらよ、まじめにこつこつやってさえいりゃあ、旦那さまは『そろそろ、この間抜けにも嫁をもらってやるってのも、悪くはない』って、かんがえてくだすったかもしれねえ。そりゃ、間抜けのもとにきれいな黒肌のふくよかな美人がくるとは思われねえけど、頑丈で、おれに悪口を言わねえ嫁ぐれえなら、きてくれたかもしれねえよな?」


 こくり。


「そうすりゃあ、ガキだってできたかもしれねえよな。りっぱな洞人ドワーフらしい子が、三人も四人も生まれたかも。そうすりゃあ、おれだって親父さまだぜ。そうしたらよ、おれは奴隷小屋の裏に畑をこさえてよ、そこで穫れたかぶらを煮てよ、ガキどもに食わしてやってよ。『父ちゃん、これうまいよ』ってガキどもが笑ってよ。そいつを見て、おれと嫁とが顔を見合わして笑ってよ。……そういう光景が、もしかしたら、あったかもしんねえんだ。おれはそんな笑顔をおっかながったりせず、まっすぐ、受け止められたかもしんねえんだ。……おれがあんとき、まともに働こうとさえ、していたら」


 こくり。


「なあ、ポール。教えてくれよ。……これはぜんぶ、おれのせいなのか?」


 こくり。


「おれが、じぶんで招いたもんなのか? この逃げかくれする生活は。たったひとりで森の奥にのがれて、だれかとほほえみ合うこともできず、こんなしけた仮面にかくれて生きる人生は、おれが、このおれが、選んじまったもんなのか?」


 こくり。


「じゃあなんだよ、おれは笑われなくっても、笑われるのにおびえなくっても、よかったのか? はじめっから。はじめっからだ。だれかに笑われなくたって生きてこれたし、だれかに笑顔を向けてもらうことだって、できたっていうのか?」


 こくり。


「じゃあおれは──要するに、まるっきりの道化だったのか? ひとりで必死にとびはねて、ちゃんちゃらおかしいもがきをくりかえして、人さまにあざわらわれる、そういう道化でしかなかったのか?」


 こくり。


「みんな、そう分かってたのか?」


 こくり。


「ポール。おまえも、分かってたのか?」


 こくり。


「分かってて、おれを笑ってたのか? こんなにおかしな野郎はいねえ、てめえでてめえの首を絞めてやがると、笑いながら、黙ってやがったのか?」


 こくり。


「笑ってたのか? おれを」


 こくり。


「笑ってやがるのか? いまも」


 こくり。


「笑うな。やめろ、いますぐ笑うのをやめろ」


 こくり。


「笑うな笑うな笑うな。なんでだ、ポール、おまえだけは違うって思ってたのによ──笑うな。やめろ。その顔をやめろ」


 こくり。


「ああああああ。笑うな」

「俺を笑うな」

「あああああ」

「笑うな、」

「笑うな、」

「笑うな──」

「笑うなら──」

()()


 ごきり。


「ああ。あああ。ポール。嘘だろポール。なんでだ。なんでおれを置いてく。なんでおれをひとりぼっちにする。なんで()()()笑うんだ。なんで()()()笑ってくれないんだ。ああ。

 あああああ」

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