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聖 絶 大 戦【第4章『士師記』連載中】  作者: 木村太郎
Vol.4 The Book of Judges/士師記

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137 ジム・クロウ10/おいらのなまえはじむ・くろう

 もちろん合衆国政府も、黙ってはいない。

 報道新聞を日夜にぎわせるこの凶悪犯を、野ばなしにはしない。良識ある市民たちによる「一刻もはやく対処を!」という世論に後押しされ、さまざまな対処方法が検討される。まずはもちろん、「ジム・クロウ」ものの芝居を法で規制する案。しかしこれは当局の反対を受けて却下された。いまなお歩きつづけている「笑わぬ道化」どもの足どりをたどれなくなってしまう。連中がすがたをくらましたとなれば、世論からの指弾はまぬかれえない。

 むしろ、一網打尽をかんがえるべきである。


 囮──。

 その単語を軸に、作戦は立てられた。


「笑わぬ道化」がさいごにあらわれた巡業劇団の天幕から、百マイル圏内。そのなかのすべての公演を、まず打ち切る。ある郊外の、比較的ちいさな劇団だけが興行を継続する。

 天幕の外まで笑い声や歓声がひびくようすは、なんの変哲もなかったが……ひとたび天幕に足を踏み入れ、演し物ではなく観客に注意してながめわたしてみれば、違和感に気がつくはずだ。巡業劇団の主要な収入源である子供たちが、そこにはひとりもいない。観客席にあざやかな彩りをくわえるご婦人方のきらびやかなドレスも見受けられなければ、老夫婦の白髪頭もならんではいない。そこには、天人ヒューマンの男性だけが座っている。機械のように笑い声や拍手をそろえながらも、油断なく天幕のなかぜんたいに目を配る、プロフェッショナルたち。


 かれらが待っていたのは、闖入者だ。

 見おぼえのない顔が、天幕へ入ってくるそのしゅんかんだけを、待っていた。


 “ジム・クロウ”も興行主も、そのぴりぴりとした緊張感にとらわれているから、パフォーマンスには精彩を欠いた。歌も踊りも拍子をはずし、曲芸はとちり、目はきょろきょろとあたりを見まわしてばかりいる。そんなみっともないすがたにも、変わらず喝采は送られた。その場にいるだれひとり、芸など見てはいなかったからだ。


 ただ、そのような実態も、天幕の外からはうかがえない。

 うかがい知れない。

 そのため、囮としてはじゅうぶんに役割をはたす。


 おまえが、ひきよせられる。


 おびただしい道化の群れをひきつれて、おまえが丘のうえに立つ。眼下には、笑い声をもらす明るい天幕が、ちっぽけな点を草原のなかにぽつんと打ったかのように見えている。笑わぬ道化の仮面のうちで、おまえの目が、血走った黄色い目が、ぎょろりと剥かれる。


 全身をくねらせ、のたうつように、道化たちはあるいていく。その先頭には、ひとり決然と歩をすすめる、ひょろりと細長い影がある。


 ──()()()


 おまえはつぶやいている。なんども、なんども。


 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ひくいひくい声が、おまえのくちびるの端から、おどろおどろしい戦鼓のひびきのように、もれつづけている。天幕から聞こえるあっけらかんとした歌声と、対比をなすように。おまえの狂気は加速の一途をたどっている。おのれのちからを客観視し愉悦にひたるような余白は、まるでない。ふくれあがる激情と、それをうべなうものとしての流血だけがすべてだ。呪人ンザンビになりおおせたものがゆきつく、波濤としてのありかた。


 天幕が、押し広げられる。


 道化の変異がはじまる。“ジム・クロウ”が苦悶し、笑みをはりつけたあの仮面をまとう。「笑うな」というおまえの声とともに、道化は興行主へとおそいかかり──しかし、いっせいに立ちあがった観客たちによってとりおさえられた。


 おまえが、仮面の奥で目を剥く。

 驚愕がなんらかの行動にむすびつくまえに、駆け寄ってきた数人によっておまえのからだも押したおされた。じぶんに筆杖ペンと銃が向けられていることに気がつき、おまえはようやく理解した。


 ──罠か。


 天人ヒューマンの男たちは、すばやくおまえを縄でしばりあげ、そのまま突きたおして背中に膝を立ててくる。肺から呼気がしぼりだされ、ひゅう、とかすれた声が出た。耳元にひとりがうずくまる。必要のない大声を張り上げる。


「おい! 武装解除させろ! 外の連中だ!」


 すこしはなれた位置に立っていた男のひとりが、天幕の外へ銃口を向けて叫ぶ。


「聞こえるか! おまえたちのボスはすでに身柄を拘束された! おとなしく武装を解除し、投稿しろ!」

「おまえも、おなじことを呼びかけろ!」


 ──なるほど。


 おまえは思う。


 この連中は、「外の連中」がどういうたぐいのものだか、理解していないのだと悟る。おまえがどういうちからを持っているのか、おまえにつきしたがうものどもがどういう性質の集団であるのか、分かっていない。ことばが通じる相手だと、思い込んでいる。


 ──つまり。

 ──まだ、活路は閉ざされていない。


 おまえに降伏をよびかけさせようとして、天人ヒューマンは、おまえの背に乗せた膝の重みをゆるめる。呼吸がいくぶんらくになり、なんどか、深々と息を吸いこんだ。それから、おまえは口を開く。大声をはりあげる必要はない。ただつぶやくように、言う。


()()


 天幕の向こうで、銃声がけたたましく鳴りはじめる。おまえをとりまいていた天人ヒューマンたちが、ぎょっとする。


 攻撃された。

 なぜだ。

 とにかく、応戦しろ。


 ひくい声でささやきが交わされるみじかい時間で、銃声は終息する。しん、とした沈黙だけが、天幕の外から聞こえてくるもののすべてだ。男たちの困惑が、いっしゅんごとに意味を増してゆく静けさの重みに耐えかねて、恐怖へと、変換されていく。


 そして──

 天幕が、破られる。


 殺到する道化たちに、男たちは応射する。あるいは筆杖を振るい、あるいは発砲する。しかし意志なき人形たちは、鉛の玉をいくつ喰らっても、手足を焼かれてちぎりとられても、止まりはしない。倒れるまえに、裂けた仮面の口が相手に噛みつき、悲鳴をあげさせている。おまえを拘束していた天人ヒューマンも、周囲の仲間たちとおなじく道化を止めようと銃を撃ち、さらに腰に差した筆杖を抜きはなったところで押したおされた。解放されたおまえはゆっくりと立ちあがり、不自然な姿勢で負荷がかかっていた首をひねり、こきこきと鳴らした。阿鼻叫喚を背景に、ふう、とため息をつく。両腕を、からだの両側からゆっくりと持ち上げてゆく。天井に向けた手のひらが、わずかにふるえる。


 呪い(カース)が、つぎの段階に移りつつある。

 おまえはそう気づいている。

 だれに説明されるでもなく、じぶんが孕んでいることを悟る女のように、本能が察している。


 だから必然の帰結として、襲撃は止まる。

 悲鳴も止まる。

 道化たちはおろか、応戦していたはずの兵士たちさえも、静止する。

 天幕のなかのすべてが固唾を飲むように、おまえからのさらなる指示を待ち受ける。遠目には、おまえがまるで楽団の指揮者であるかのように見える。


 二本の腕が、いきおいよく天指して振り上げられた。

 振り下ろされる。

 そのしゅんかん、天幕のなかのすべての天人ヒューマンたちが、生きているものも息絶えたものも、ひとしく仮面をかぶる。笑顔を戯画化したような、あの仮面を。


 ひくい声で、歌がうたわれる。

 ぎくしゃくした動きで、踊りがおどられる。


   さあ よっとくれ きいとくれ

   おいらの なまえは じむ・くろう

   おいらは ぴょんぴょん はねまわる


 おまえは爪を立てておのれの仮面を掻きむしる。

 締め殺される豚のような、ぐぎいいいいいい、という苦悶の声をあげる。


 ()()()


 おまえの叫びによって、すべての道化が、歌と踊りをやめる。その場へと、ひざまずく。小刻みに痙攣するおまえだけが、立っている。


 おまえは、ふたたび、君臨する。


 *


 数日後、合衆国政府はミンストレル・ショーの全面禁止を発表した。

 なかでも、「はねまわる(ジャンプ)ジム・クロウ」の演目だけは、厳罰が加えられることになる。


 理由は、公表されない。


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