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勇者side 凍雲斌の決意 水谷高校二年三組出席簿付き

慣れとは恐ろしいものだ。たかだか十回に満たない戦闘を経験しただけで、耳は轟音に驚かなくなり、多少の痛みは無視して動けるようになった。


戦いが終わり、斌は城内の個室にいる。勇者の中でも伝説級、黒星スキルの持ち主として城中外問わず下に置かぬ扱いを受けている。讃えられるのも気疲れしてしまうが、こうやって立派な個室が与えられたのは嬉しい。生活し始めてそれほど時は経っていないが、小物やカーテン、デスクカーペットなどが斌の趣味に合わせられている。城下で買い求めたものだ。斌は水色が好きで、ターコイズブルーのガラス製筆入れが特に気に入った。


椅子を机に背を向けるように反転させて座る。足を伸ばしてマットレスの上に置く。部屋着に着替えて地肌が見えるふくらはぎを指圧する。柔らかい肉を隔てて、芋のような凝りに刺激が届く。


「あんんっ!」


斌は女子の中でも非力な方だ。成績は良かったが運動は苦手で、握力も弱い。そんな自分の指で軽く押しただけで悲鳴を上げてしまう。戦場を駆け回るだけでも相当な重労働だ。武闘系のスキルを駆使する加藤祥太や海神の力で【海統の三叉槍(トライデント)】を振り回す矢根鷹刑部(やねだかぎょうぶ)は筋肉痛に悩まされたりはしないのだろうか。そして、海神の力で塩水漬けになった熊の魔物を片づけたのは誰だろうか。あの土地の塩害の被害はいかほどか。頭をもげるほど抱えて悩ませる人間がいるはずだ。


斌は慎重にもみほぐし、芋にやっと火が通ってきたくらいで指を離した。今度は掌が痛くなってきたのだ。


「つかれたぁ。……ほんとにこれでいいのかな……」


戦いに慣れてくるのは良いことだ。死ぬ確率が減る。慣れは慢心を生むが、幸いフォローしてくれる仲間が三十人以上いるのだ。斌の心配は、戦闘の殺伐に順応して命の重さを見失ってしまうことだ。紛争地帯の少年兵が平和になってからも実力行使の掠奪社会から抜け出せずに事件を起こす話がある。生き物を殺すのに慣れてしまったら、自分たちの幼い心は変色してしまうだろう。

死は或いは泰山より重く或いは鴻毛より軽し。命は惜しむべき場合と潔く捨てるべき場合があるという言葉だが、命を斬獲する者にもこれが言えるだろう。殺すべきか、殺さざるべきか。それが究極に試されるのが、魔物ではない人間に刃を向ける時だ。


「そんなことにならないといいけど……」


ならないといい。まさか同族と殺しあうことはないだろうなんて楽観視できるほど斌は愚かではなく、それは仕方ないことだと割り切るほどの酷薄さも持ち合わせず、その時はその時だと先送りするだけの図太さも無い。だからこうして自室で足を揉みながら苦痛に呻いているのだ。


「ねぇ」


そこにはいない彼に話かける。いつしか助けてくれたように、今も助言してくれないだろうか。いつ自分たちが壊れるか、不安で壊れそうだ。そんな自分を彼に笑ってほしい。


「篤哉君は不適合なんかじゃないよ……声が聞きたいな…」


教室で話しかけてもあまり返事してもらえないが、廊下や下校途中で話しかけると短い会話は成り立つ場合があった。特に気難しいわけでもなく、口数が少ないながらに自分の貧乏生活やそこから学んだ節約法、テトラビブロスの解釈やドラマの原作小説などいろいろ語ってくれた。学校内の人間で篤哉が剣術を修めていることを知っているのは斌だけである。もし彼が仲間内にとどまっていてくれたら、自分の気持ちももう少し晴れていただろう。


「ううん。駄目だよね。わたしはそれでいいけど、篤哉君がつらすぎる」


ただでさえいい目で見られていないのに不適合者の烙印が押されてしまえばどれだけ居心地が悪いことか。そんな状況を止められなかったのは自分の責任だ。皆と友達になることを選んだ自分の。全てを掴もうとして指の隙間から大切なものが抜け落ちたからって、恨めしく思うのは筋違いだ。


反対側の脚もほぐし、ぷらぷら揺らしてみる。筋肉は柔らかくなったが関節が痛い。コンドロイチンて本当に効くんだろうか。


「わたし、頑張るから。また会ったら少しだけ話そうね……できれば少し長めがいいなぁ」


彼女の呟きは空中にとどまって暫く消えなった。心に眠るのは慕情か敬愛か依存か、欽仰か。全てであろう。

篤哉なら人を斬っても自身を保てるはずだ。自分たちにはそんな強さはない。強大な力を武器に奢ってはいても、生死の闇に呑まれてしまえば堕ちてしまうだろう。


「わたしがそれを防ぐよ。絶対に人を殺さないし、殺させない」


そのためなら自分を殺す。彼女は炎とは違う、冬の空の凍雲のような決意を固めた。



*****************

【水谷高校二年三組出席簿】


00 鍋島法蔵(なべしまほうぞう)

01 青山姜庫(あおやまきょうこ)

02 朝比奈市兵衛(あさひないちべえ)

03 石破克飛(いしわかつひ)

04 伊勢崎幾真(いせざきいくま)

05 凍雲斌(いてぐもさやか)

06 江良神楽(えらかぐら)

07 加藤祥太(かとうしょうた)

08 久坂永喝(くさかながかつ)

09 草薙一角(くさなぎいっかく) 

10 梱巻源四郎(こりまきげんしろう)

11 坂部智花(さかべともか)

12 宿祢天禄(すくねてんろく)

13 蘇我旗徹二(そがはたてつじ)

14 滝川榛(たきがわはる)

15 築山閑(つきやましずか)

16 殿川右京(とのがわうきょう)

17 虎ノ門空吾(とらのもんくうご)

18 名張加悦(なばりかや)

19 沼井需芽(ぬまいもとめ)

20 根岸東平(ねぎしとうへい)

21 念阿弥勘助(ねんあみかんすけ)

22 白亜浅霞(はくああさか)

23 方舟 千櫂(はこぶねちがい)

24 橋場周之助(はしばしゅうのすけ)

25 藤原玄蕃(ふじわらげんば)

26 不動元吾(ふどうげんご)

27 穂木安吉(ほぎやすきち)

28 枕木秀繁(まくらぎひでしげ)

29 馬庭篤哉(まにわあつや)

30 毬形彩羽(まりがたいろは)

31 三浦真盛(みうらまもる)

32 武藤周防(むとうすおう)

33 目黒一実(めぐろひとみ)

34 最上和会(もがみかずえ)

35 矢根鷹刑部(やねだかぎょうぶ)

36 鹿路星(ろくろひかり)

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