チャレスフ群像
「じちゃん、さむいよぉ」
「おなかすいたよぉ」
「ぐすっ」
まるで地の底から這い出た餓鬼のようだ、と思った。自分の孫たちに抱く感想ではないが、やせ衰えたその躰、枯れ枝のような腕や膝をみればそう思うのも無理はない。クルガウは自身の掌を見つめた。向こう側が透けて見えるのではないかというほど薄くなった掌。悴んでうまく握れない。辛うじて雨が凌げるだけの洞穴で暮らし始めてもう一月になろうとしている。ただ一つの希望は、命を賭して王都へ直訴に行った息子だ。息子は執念深い。愛する女房の命を奪ったあいつらを、村をすべて破壊して高笑いしていたあいつらを罰するために、心臓を噛み砕いてでも王都へたどり着くはずだ。だから、孫たちにいつもの台詞を言って聞かせる。
「よしよし。今におとうがたっくさん兵士を引き連れて帰ってくるからなぁ。悪い奴ら、皆捕まえておかあの仇を取ってくれるからなぁ」
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「信じてよろしいのですな」
「もちろん。この目に偽りが見えますか」
胡散臭さの塊のような目だ。そう言いたいが、今回は乗るしかない。アンデルセンとの交流に依存していた町の財政は破綻しかけている。たとえ怪しい奴隷商人の番頭が相手でも、無理くり信じ込むしかないのだ。
「では、交渉成立です!誠に喜ばしい!」
「……ヘラ殿にも、よろしく」
「主人もきっと喜びます!賢い選択をなされましたな!」
チャレスフ南東の街、ボゥ・ズレベシャの名主フィックは、自分が取り返しのつかない愚かな選択をしたのではないかと深く後悔した。番頭の薄気味悪い、裂けたように笑う口から目を逸らした。
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キロスケルはそれはもう長い髭を蓄えている。本人は自身のことを芸術家だと思っていて、特に古の緻密な業で形成された骨董品や遺物に目がない。この場合の目がないというのは、大好きという意味ではなく見る目がないという意味だ。でなければ錆びた水差しを大枚叩いて買い求めるはずもない。
「ふふふ……これはまた美しい色合いだ……馬鹿な商人め、この宝を金貨十枚で手放すとは……間違いなく神話時代に作られた皿だ。ふふふ、さしずめ南部ガーヴィア調窯術で焼かれたな」
商人の自宅の庭で採取した粘土を焼いて絵の具で色を付けたものである。馬鹿な似非芸術家め、と金貨十枚の前でせせら笑っているに違いない。彼のコレクションルームの八割方は、スラム街でも売れないような馬鹿らしいものである。
「はっはっは。世界には芸術を理解できないものが多すぎる……仕方ないか。このわたくしの様に見極める力を持つ人間などそうそういるはずも無いのだからな。ああ、愉快愉快」
アゲアゲの気分を示すように髭がぴょんぴょん揺れる、踊る。龍髭と呼んでほしいが、ただの長い髭である。今はただ朗らかに笑う(おつむの弱い)子供のような無邪気さがあるが、これに酒が入ると変貌する。「たまたま」料理長が酒を切らしていたため、ここ最近は大人しくガラクタを愛でている。出来るだけ酒の仕入れが滞るようにと、城内の皆が願っていた。
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「そうか。それでいい。あの町の財政状況は把握している。断るはずもない」
「私共の誠意に胸を打たれていたようで、涙を流して喜んでいました!」
「そうか」
アンデルセンでの商談がまとまり、ヘラ・クスクスはティーカップの底に残った僅かな紅茶を飲み干す。えぐみの少ないさっぱりした味。これでもう飲めないのかと思うと残念な気持ちになる。この茶葉はゲルディアス商会でしか販売していないのだが、最近悲惨な事件があり潰れてしまった。
「私は牧場の見物に行く」
「農場の方は」
「後から」
「では、先に行って様子を見ております」
「そうしろ」
ヘラはが外に出ると、スポーツコートの様に広い庭に出た。あまり樹木が好きではないので、生垣で彩っている。緑一色と思いきや丹葉や黄色の葉もあり、それらが複雑な幾何学模様や螺旋を模している。まず間違いなく、領主様より奴隷商人の方が芸術を理解しているだろう。しかしヘラにとってこんなものは気休めでしかならなかった。彼の心を満たすのは、奴隷という自身がその全てを掌握している存在だけだ。自分の手を握りしめるだけで千をも超えるイキモノが血を吐いて苦しみ、または涙を流して崇めるのだ。それは何よりの愉悦だ。
彼は心を満たすべく「牧場」へ向かった。
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ボゥ・ズレベシャの外れに竹林がある。まさに風光明媚の土地で、ズレベジャの観光資源でもあるそこに茅葺屋根の粗末な庵があった。夜になれば狐が化けて出るような気がする。杮を舞わせて、扉が開いた。中から二人の男が出てくる。
「では、お願いする」
「了解いたしました。急ぎ大臣にも復命いたします」
「ご苦労だったな。このような場所に呼び出した侘びだ」
若い男が、中年の男にいくらか握らせた。顔が溶けた氷菓のようにだらしなくなり、ひょこひょこと拝むように受け取る。
「もうよい。些少なことだ」
「いや、噂通り懐が深くていらっしゃる。では、ヒルウィレム様、それがしはこれにて帰路に」
「気を付けてまいれ。人攫いなどが出没しているようだからな……」
「恐ろしゅうございます……」
中年の男はズレベジャの方角へ向かった。そこから西へまっすぐ向かうと王領に出る。ヒルウィレムはしばらく目を半開きにして佇んでいた。やがて身を翻し、元来た道を戻ってマケリアへ向かった。




