王都side ヒルウィレムという男
バニリス・デクスターはヒルウィレムという男を知るために手を尽くしていた。先日篤哉たちから届いた手紙にはエスプローダとワーテルローでの事件とその顛末が克明に記されていた。ワーテルローは特にひどい。防壁工事に割くべき人員を私益に流用し、御用商人と手を組み、その結果は奴隷たちが暴走、重臣数名が死亡または処刑されて領主までが怪死を遂げる有様だ。本来ならばワーテルローが地図から消えてもおかしくないレベルの痴態だが、手紙曰く残された家臣の中に有能な人間が混ざっているようで、容赦するに値するのではと書かれていた。甘いといえばそれまでだが、優しい奴だと良心的の評価することにした。バニリスも大概甘い男だ。潰す潰さぬは防壁工事が完了してからの話だ。その時の実情によって処遇は決めるとカルテは言っていた。
さて、篤哉たちは今頃チャレスフに潜入しているころだろう。チャレスフは豪雨の山越えを果たしたあの男が働いていた土地、家族が残されているという。防壁工事、奴隷、キロスケルにヒルウィレム。材木商レクシーミル・ウラヌス。何が起きているのか想像もできない。いや、想像はできるのだが可能性が多すぎる。そのあたりの究明は篤哉たちに任せて、自身は王都でできることをする。
「ショーエネ殿。ヒルウィレムの人品骨柄について聞きたい」
カルテやバニリスの立場で問題視統べすべきはあちこちの貴族領で何が行われているかではなく、そういった悪事をヒルウィレムが見逃していることだ。エスプローダは領内の問題であるから捨て置くとしてもワーテルローは工事の従事すべき労働奴隷を偽って報告したのだから監督対象だ。ヒルウィレム・ケインが何を考え企んでいるのか、掴むために彼の周囲を探っているのだ。
「そ、そ、そですか、そう」
今話しているのはディアルに抜擢される以前にヒルウィレムが勤めていた普請局局長のショーエネ・セセラ。名前の響きに反して酷く無駄の多い男である。挙動はそそっかしく、話している時はジャグラーのように手が空を滑り、椅子の上で尻をもぞもぞさせている。つまり、落ち着きがないのだ。無駄に体温が高くて汗っかき、更に腕や首に無駄毛も多い。手足も無駄に長いが、肉付きだけは常人並であった。肥満体から国の上層部の腐敗を察知した篤哉が見たらどのように思うだろうか。
普請局は、政局の中では中堅的な立ち位置で局長は藍綬である。海洋管理局や街町整備局などは紺綬クラスであるため、やや見下されやすい。というのも普請局というのは災害時や老朽化などで建造物を修理・建て替えをする場合の責任組織である。工事現場監督のようなもので、天牛のように机にかじりついている文官から見れば土方のおっちゃん、下手すると土木業者と同等に見られたりする。そういう立場が社会的に低くみられるのはどこの国でも同じである。彼らは金槌の重みを知らないのだ。
「そ、そうですのあの、彼は一言でいうなら、ゆあぁあああ」
忙しい男だ。手が水が入ったコップを弾き飛ばしてしまった。倒したのではなく、弾いた。
「あああああ、すみませんすみません!おかわりをすぐに持ってこさせますので、はい」
「結構だ。私の分は無事だからな」
「それは恐縮です」
「何が恐縮なんだ…ごほん。それでヒル」
「ああ、そうでしたヒルウィレム!彼はとにかく優秀、本当に優秀でしたね、はいはい」
老齢でもないのに同じ話を何度も繰り返すのを根気よく聞きながら、バニリスは脳内でヒルウィレムの輪郭に情報を詰め込んで人物像を形作っていった。ことさら優秀だと称えるが、それは当たり前の話だ。そうでなければ隼が目をつけるわけがない。普請局の中でずば抜けたエリートとなれば、職務的に国防工事総監として相応しいと言えるだろう。では人柄はどうなのか。
「人柄、ですか。そそそうですね、リーダー気質と言いますか、人に要求を呑ませるのが、うまいのなんの」
「人望があったのか」
「う~ん?人望とは違います、かね。野心を隠さない性格だったから敵も多かったです。ただ、その、敵でも目の上の瘤でも、とにかく要求を呑ませるのがうまいんですね。脅迫だったり賄賂だったり哀願だったり」
「人心掌握に長けている、か」
「しょ、掌握……というか、相手に「こいつと提携したら得するぞ」て思わせるのが得意だったみたです、そう」
正直そういうスキル持ちなんじゃないかと疑うレベルらしい。【読心】というスキルはあるにはあるが、人間には使えたためしがない。主に悪魔や霊魂系アンデッドの上位種が使える。
「貴様もなかなか他人を観察しているじゃないか」
ただの落ち着きがない男から少しだけ評価が上がった。ショーエネは揉み上げを掻きながら、それしかすることがないのでと卑屈な笑みを浮かべた。ヒルウィレムが優秀で仕事は全て任せて、ほぼ奪われていたため他人の仕事を眺めているしかなかったのだ。普請局は産業省配下の組織で、建造物の補修や取り壊し、および王都の石垣と防壁管理が主な職務内容だ。道路整備は国務省配下の街町整備局が、新しく建設する国の建物は産業省の建造局が、王宮の建築物管理は王家直属の辛夷組とエリックの木鉄が、博物や芸術が関係するものは文化省が、と細かく決められている。仕事は忙しくない。魔王の襲撃があれば上記の全てが忙しくなるだろうが。
「まあ、そんな感じで他人と親しくするやつではなかったですが、ただ」
「失礼いたします」
「む」
書類を抱えた黒ぶち眼鏡の男が入ってきた。ショーエネに用があるようだ。
「来客中だ、後にできんのか」
「すぐに終わらせます。申し訳ありません」
俺だって好きで報告してるんじゃない、役目上だ。表情がそう言っている。書類を指さしていくつか確認を取ったら、挨拶もせずに出て行った。バニリスはぬるくなった茶を一口含んだ。
「いやはやなん、申し訳ありません。ご、ご無礼いたしました」
明らかに怯え切っている。バニリスは経検長、経済大臣の懐刀だ。局長クラスが軽んじていい相手ではないし、もしにらまれようものなら簡単に弾き飛ばされる。先ほどのコップの様に宙を飛んで叩きつけられることだろう。初めから怯えていたのもそれが原因だ。
「案ずるな。……あれは何者だ」
「あ、はい、はい。副局長のリーファル・ザルクエイです」
「副局長。ヒルウィレムの後釜か」
「はい。ヒルウィレムから長所を全て抜き取ったような男ですよ……」
陰険で、癇癪持ちだという。武芸達者ではないが、怒り出すと一種の狐憑き状態になり手を付けられない。どういうわけか平役人時代からヒルウィレムにだけは懐いていた。副局長になれたのもヒルウィレムの推薦あってのことだ。なければ万年平役人である。
「面倒そうだな」
「大変です。一瞬で顔色が変わるので」
部下の顔色を窺わなければいけないのも滑稽だ。本人は威厳ある上司という理想を何年も前に砕いて捨てたようで、気にする様子もない。
「他にヒルウィレムが親しくしていた人物はいないか」
「ああ、いることにはいましたね……」
「何者だ」
「いえ、名前はその、憶えていないのです。何せ局内で働くただの奉公人でしたので」
「奉公人?」
「え、ええ。しかも辞めたのは十年くらい前ですから……ただ、ヒルウィレムと親しげに会話しているのを数回見かけました、それいでで」
早口で話すため着いていけずに舌を噛んだ。蛇のようにチロチロ出して、涙目に。バニリスは溜息一つと飲みかけの水を差しだした。
「いたた。かか、かたじけなく、はい」
「ゆっくり話せ」
土砂崩れみたいに話されても困る。
「はい。……名前も顔も思い出せないのですが、一つだけ特徴がありました」
「何だ」
その特徴を聞いて、バニリスの脳内に電流が流れた。それこそ落石が脳天を直撃したような衝撃。頭の中で描いていた像が急に洞色づき、その他の事柄と結び憑き始める。
「額に平行した三本の掻き傷」
その特徴を持ち、一件に深くかかわっている男を知っている。
彼は、十年ほど前に王都で活動を始めて、今では高い地位を築いている。
彼の名を、ヘラ・クスクス。




