オドルカ麓の擾乱part2
どどどっ、砂埃や軽い砂利を飛ばし巻き上げ、暴徒は走る。その数は今や三桁を数え、廃墟になった大番屋を背景に村の横を通り過ぎようとしていた。
彼らの進行方向に、少しだけ色の違う地面がある。大砲の照準は常にそこに合わさっており、微調整は手動で行う。砲撃兵は高台の下で始まった剣戟を外に、撃鉄を起こした。青銀の魔力で弾を打ち出すこの砲に導火線はない。発砲の鍵になるのは直径二十センチほどの円盤だ。これを大砲下部の溝にはめ込む。
まだだ、まだだ、よし!
円盤を手に取り、手を伸ばしてはめ込もうと腰をかがめた時妙な音がした。鷹が飛翔するときの風切り音。少し遅れて円盤を取り落としたと気づく。拾おうとしてはっと我に返る。自分の手が円盤をしっかり握っている。握った手ごと円盤を取り落としたのだ。
「あ、あ……あああぁぁ」
鷹の羽はフウラが擲った暗器だった。爪先のような生易しいものではない。【雁裂】と呼ばれる正真正銘の暗殺器具だ。特殊な鋼鉄で作られており投げナイフとして用いると抜群の殺傷能力を発揮する。おまけにフウラは投擲と短剣術のスキルを併せて修得しているためより威力が増す。
砲弾が炸裂することはなく、地鳴りは徐々に大きく近くなってきた。
フウラは砲撃阻止に成功したことを確認し、潜んでいた木の枝からひょいっと飛び降りた。
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「うみゃぁ!」
野太い悲鳴が聞こえる。篤哉は実に奮戦していた。既に地面には気絶しているのか死んでいるのか、人が多く横たわっている。一部の砂利は赤く塗れており。岩に突き刺さった剣や柄の外れた斧などが散乱し、怒号と悲鳴と気勢が渦を巻く。
「ふんっ」
「あぶ」
厚い鋼が鉢金を割った。形勢不利と見たシュフーヴァがモリアに守られて場を退く。馬小屋へ向かった。
「させない」
フウラがナイフを投げようとする。
「んっ!」
頬に衝撃を受けて思わず呻く。横から火の玉が飛んできたのだ。直撃はしなかったが頬がちりちりと痛む。軽いやけどを負った。
見れば粗末な着物を着た魔導士が杖ごと胴体を斬られていた。
篤哉の斬撃が一歩でも遅れていたら更に酷い火傷を負っただろう。
「ありがと!」
「礼より代官だ!逃がすなよ!後が面倒だ、ぬりゃぁ」
喋っている間も白刃、いや既に真っ赤に染まった刀身は止まることない。既に七割が戦闘不能になった。その場を牽制しながら篤哉も馬小屋へ向かう。馬小屋は村の角にあり、山に一番近い場所でもあった。篤哉が来た時、丁度奴隷たちが村の傍を通り過ぎている最中だった。敵方も黙って見ているわけではなく、痩せた腕や首が次々と宙を舞い、地に転がり、踏みつけられた。
(ラゼとミールはうまくやってるか…?)
篤哉の中で大きな懸念があった。暴動が起きそうだということは掴んでいたもののまさかここまで大規模なものだとは考えていなかった。このまま通り過ぎてしまえばラゼ達は父親に会えずじまいかもしれない。
(進む先には絶壁、多分それに沿って進むことになるだろうな……なら無草の硬泥を抜けてクリストに雪崩れ込むか)
レイクがうまく手を打ってくれることに期待しよう。
シュフーヴァが葦毛の馬に乗って姿を見せる。腰が安定しておらず危なっかしい乗り方だ。
「どけぇい」
鞭を振って駆けだす。篤哉は刀を高く掲げて足を曲げた。スクワットの途中で時を止めたような姿勢。馬は老体を載せて突進してきた。篤哉は膝に力を籠めて跳躍する。飛び魚のように宙に浮き、刀を振る。シュフーヴァは体を捻って避けようとする。
「ぬわぁぁ!い、いだだ」
体に傷はつかなかったがバランスを崩した老体は馬から転げ落ちた。衝撃で動けないシュフーヴァを引きずって村の外に出た。既に戦地は村の外に移っている。
「ああっ」
「目が、目がああ」
戦場を縦横無尽に飛び動くフウラが首を裂き、目を潰し、八面六臂の活躍だ。伝う汗が火傷に染みるのか頻りに頬を掻いている。戦場を眺めていた篤哉は後ろに殺気を感じて柄を握りなおした。シュフーヴァの服も離す。老人は呻きながら這っている。
「おお、おお、よくもやってくれたなぁ。忠実だった奴隷共を煽ったのもお前の仕業なのか」
「思うほど忠実じゃなかっただけだろ」
「いいや、彼らはよくいう事を聞いてくれたさ。こんな風に、暴れることもなかった」
篤哉の両目が捕らえられたミールを補足する。両手首をモリアに掴まれて爪先立ちで涙目になっている。恐怖で声も出せない。左目を旋回してみれば別の兵士がラゼを捕まえて首筋に刃物を当てている。篤哉はラゼの動きも気にしながらモリアの出方をうかがった。
「子供すら手にかけるのかよ」
「気は乗らないさ。だけどなぁ、いざとなったら盾にも襖にもなってもらうことになる……おお、哀れ」
「芝居がかりやがって……どうしろと」
臍を噛む篤哉に悠々と話しかけるモリア。余裕綽々、というよりある種の悟りを開いたような顔をしている。
「せっかく間近で見れるんだ。おお、首が飛んだ」
「はぁ。人質取ってまでして逃げようともしないのか」
「おお、逃げるよ。思う存分楽しんだ後でね」
新作芝居鑑賞でもしているように、口の端をを吊り上げて笑う。右手は槍を、左手はミールを拘束したままだ。
「あの娘、強いな。お前の連れか」
「……」
「誰の差し金か知らないけど余計なことをしてくれたもんだ。おお、本当に…」
「…今度はお前の部下がやられたぞ。ほら、槌で殴られて」
「……おお」
気の抜けた会話をしながらも、二人は全く油断していなかった。モリアは篤哉が少しでも油断したら串刺しにする気概でいた。篤哉もそれは同じだが、離れた場所で拘束されているラゼが心配だ。
時が遅々と進んでいく。何の衝撃か、一際おおきな砂煙が立ち込め、篤哉とモリアの間にも灰色の空気が押し寄せた。両者目を閉じる。閉じながらも相手の気配をうかがうことを忘れない。並々ならぬ腕前は、両者共に痛いほど感じ取っていた。
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吶喊、絶叫、歌うような悲鳴。永遠に続くかとも思える絶唱の中を飛び回るフウラの目に、異質な軍勢が映った。防壁の方角から灰色の集団が猛速で近づいてくる。徒歩ではない。馬に乗った兵団だ。
「な、なんだ…」
「援軍か!」
兵士も奴隷も戦う手を止めて新たな軍勢に注視する。篤哉もモリアも驚いて口を開けていた。騎馬隊の先頭に立った甲冑姿の男に見覚えがあったからだ。
「静まれ、静まれ!双方武器を地面に捨てろ!レイク・アベンジャー、領主ラカス様の代理として参った!争いをやめよ、続ける者は身分問わず斬る!」
凛然と言い放つ。フウラはその威に、あの情けないうらぶれ男がこんな表情もできるんだなと感心した。気配も見せずその場を離れる。
「おお、馬鹿な……あのラカス様が」
「馬鹿殿に足を引っ張られたみたいだな。間抜け」
「くそっ」
手槍を構えて逃げ出す。ミールの手は掴んだままだ。シュフーヴァが乗っていた葦毛の馬を捕まえようと走る。
その時、衝撃に覚醒したミールが咄嗟に足をばたつかせた。その踵がモリアの膝頭に当たって転んでしまった。
「ちいっ!お前だけでも…」
錯乱したモリアがミールに手槍の穂先を定める。余裕の表情は消え、目は縦長になるほど吊り上がっている。
「くそ、間に合え…」
ほぼ同時に、様々なことが起こった。
モリアの穂先がミールの胸に繰り出される直前、脇に積んであった樽の陰から何者かが飛び出した。その何者かが、ミールが串刺しになる直前でモリアを突き飛ばす。
男の野太い悲鳴も聞こえた。ラゼを拘束しながら状況の変化に戸惑っていた兵士が、背後から近づいてきたフウラに息の根を止められたのだ。
突き飛ばされたモリアは本能で謎の男に槍を繰り出す。穂先はいともたやすく胸板を貫き、モリアは腕を巧みに弾きぬいた。いや、引き抜こうとした。
篤哉の動きも速かった。刀が落雷のような唸りを上げてモリアの腕関節を叩ききる。左手が半分になり、男に突き刺さった槍の柄を握ったまま体から離れた。切断された断面からは筧のように赤い水が噴き出している。
「おおお!」
それでもモリアは走った。片手で馬に飛び乗って鞭を遣わず右手で殴って馬を走らせる。フウラがその背中に雁裂を擲った。
「……はずした」
歯噛みするフウラ。流石に距離が離れすぎていた。刃先がモリアの耳を削いだものの致命傷には至らずモリアの姿が小さくなっていく。地面には赤い線が引かれていた。あの傷で助かるだろうか。
「ごめん」
「仕方ないだろ。元からかなり無謀な戦だったんだ」
フウラとラゼが後ろから近づいてきた。フウラは狙いを外したことがショックなようですこしいじけている。今晩豪華な肉を奢れば戻るだろ、と安直な考えに至る。
その背後では未だに腰が抜けて立ち上がれないシュフーヴァがレイクに拘束されていた。その他奴隷も兵士も拘束されて集められている。
「ミール、大丈夫?怪我は、怪我はない?」
「ね、ねえちゃん…」
「手首がこんなに腫れて…」
「おれはだいじょぶ……それより、あ、あれ」
ミールは震える声で自分を助けてくれた男を指す。ラゼはその顔を見て気絶しそうになった。左手の残骸付きの槍に心臓を貫かれて既に息をしていないその男。粗末で穴だらけの破れ服を着て、覗く地肌には刻印が見える。
「おとうさん……」
擾乱の田舎芝居は、少女の嗚咽を終曲に幕を下ろした。




