木箱の山の戦い
「殺られたか」
「クキ。それはもう、バッサリと。クキイ」
はん、と馬鹿にしたように笑う。実際に馬鹿にしているが、それでもあのイオを一刀のもとに斬り伏せたとあっては鼻で笑って済ませるわけにもいかない。
「一刀で、か。それ程腕が立つか」
「クキ。間違いなく」
不気味な笑い声と共に赤い目を滾らせて雇い主に報告する。粗末な岩小屋に、男が二人だ。
「刀傷とはな、達人であればあるほど裂けてから開くまでが遅い。強い斬撃だというのにイオは地に臥すまで流血しなかった。クキキ、強い」
心底愉快そうに嗤う目の前の殺人鬼に、墨色の服を着たヘラ・クスクスはこの狂人め、と毒づく。特段気にする様子も無く、白布をふらふら揺らして遊んでいた。血の池を映し込んだような禍々しい赤眼と童子のような無邪気な顔が不気味だ。特に天井に埋め込まれた青銀が青白い光を放っているため赤が一層毒性を帯びる。
「まだ子供だそうだが……邪魔になるようなら殺せ」
「キキ!あれを相手取るのは…滾るゥ」
「チャレスフにまで押しかけられては面倒だからな。ついでにワーテルローの邪魔者も消せ」
「承知した。クキキキッ」
瞬間、風も音も無く姿を消す。数秒だけ二つの赤い光が残っていたが、それも青銀の光に呑まれてしまった。ヘラは一人嘆息した。
「いくら強かろうが勝つのは物を持つ人間だ。長い包丁振り回したところでたかが知れている……私の下には千を下らぬ奴隷がいるのだ。一つ一つは毛ほどの役に立たぬとも束ねればこの上ない武器になる……邪魔をしたことを吊られながら悔やむがいい」
イオとてそうだ。ワーテルロー内で「剣技はイオ、槍はモリア」と評される武芸達者な男であったが、それだけだ。特に目立った出世をするわけでもなく、それどころか病を治すための薬代にも事欠く生活を送っていた。ヘラにしてみれば棒振りに人生の全てをつぎ込むなど人間の生き様とは思えない。奴隷の方がよほどましだ。最期は名も知らぬ少年に討たれて荒野に骸を晒した。
「私も帰らねばな…」
薄汚い石の床に長時間座っている理由はない。ヘラは夕方の荒野に出た。石小屋のすぐそばに蠅喰草が咲いていた。ぶうんと飛んできた間抜けな羽虫が棘の鞄に仕舞いこまれる。後は溶けて栄養となるのみの運命だ。
「虫けらが、死におった」
それを呆れたような目で嗤ったヘラが、自分に逆らう虫の末路を想像して愉快な陶酔に浸った。
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篤哉たちが地上に出るころ、既に辺りは暗くなっていた。灰色の暖簾で隠された出入口から外に出て、辺りを見回す。僅かに川の潺が聞こえる。地面は明らかに整地されていた。人の気配も感じる。切り立った岩壁に囲まれた広いスペースで、木箱が山や塔となっていくつも纏まっていた。鼻腔を金属臭が刺激する。
「見て。あれはパロスの紋」
木箱を一つ指さして言う。丸枠に二つ山、その上に翼。間違いなくパロスの紋でありこの地帯がホロライズの管轄下であることを示していた。泥が染みた縛めを切り、蓋を開けて中身を確認する。
「…」
夜空に掲げると発光しているのがわかる。精錬の済んでいない原石だが十分に美しかった。フウラも間違いないと頷く。
「どうするの」
「まずはホロライズを抑えたい。オドルカにせよ領主にせよヘラにせよ、鍵になるのは奴だ。まずは…」
その時、がたっと大きな音がした。間髪入れず身構える。殺気はない。気配をわずかに感じるが、妙な感触があった。
「今の音って…」
「……フウラ、箱を全て調べるぞ」
今の音は木と何かがぶつかる音だった。辺りは石だらけ、聞こえる範囲に木といえば積まれた箱しかない。フウラが頷くが、その刃は闇を捉えたままだ。今度は無機質でない、人の声が聞こえてくる。
「隠れてっ」
姉弟を箱の塔の陰に隠して自身も息を殺す。木箱と岩壁の間に隙間がありそこに身を隠している状態だ。片方は出っ張った岩で塞がれているため狭隘な袋小路となっている。奥でミールを抱きしめながらラゼが懐剣を手にしていた。いざとなれば戦うつもりらしい。篤哉は単独で別の陰に隠れた。
提灯を手に現れたのは男が九人。案外多勢だ。内七人は荒くれ者と思える。特に和布のような髪を地面に擦れるまで伸ばした異装の男は手練れだろう。一人は漫画のようなグルグルメガネをかけた小柄な老人である。日中街中で見かけたら笑いを誘うその眼鏡もこの場では狂気であった。黄色い歯をみせてにやりと笑うと隣の提灯持ちに話しかけた。蝸牛が進むようなのったりした話し方だ。
「さぁぁぁてぇ。ずいぃぶんと溜まっておるのぉ」
「こりゃあいい儲けになりそうだぁ」
「旦那も喜ぶぜ」
「当然俺らの手間賃も、な」
下品にうひゃひゃっと笑うならず者たち。和布男だけは注意を怠らない。何か感じたのか、辺りをうろつき始めた。
「どれだけ運びやすかい」
「三山、いこぉぉうかぁのぉ。魔鉱はぁ飛ぶようにぃ売れるからぁぁ欲張るぞおぉぃ」
眼鏡をかけたまま布できゅきゅっと拭いて、舟に運べと言った。
(そうか…ここからは川を利用して運ぶ気なんだな)
オドルカの水源を利用した効率のいいやり方だ。男たちは作業に取り掛かりながらさらに話し続けている。
「おい、石ころの方も大事だがよ、あっちの方はどうなんだ」
「おお、そうだ。確かあそこの下に積んであるはずだぜ」
「おうし!」
「おいぃ、大事な原石ぃを石ころぉ呼ばわりとぉは罰当たりぃなぁ」
その時またガッと木を蹴るような音が聞こえた。篤哉でもフウラでもない。男たちが崩しにかかる木箱の山の一つから聞こえてくるのだ。素早い作業で山は標高を減らしていき、件の箱の封が切られた。
(やっぱりか)
中から取り出されたのは手首と足を縛られた女児であった。猿轡も噛まされている。どれだけの間箱の中に閉じ込められていたのか。時々びくっと震える以外は動く様子もない。
「おい、くたばっちまわねえよな」
「それは困るぜ!死んだ女を持っていったら首が飛んじまう」
「いや、あの変態なら意外と喜んで死体にむしゃぶりつくかもよ」
「ばぁかもん!童なんぞぉは後じゃあぁと!さっさと石ぃをはこぉぉべぇ」
「うるせえ爺い!お前も石っつってんじゃねえか!」
「なぁんだ」
「黙れぇぇ!」
険悪になった雰囲気に、和布男の怒声が響く。和布は一つの箱を抱えて持ってきた。
「見ろ!縄が切られている」
「何だって」
「切り口がまだ乾燥せず固まっている…近くに誰かいるぞ!」
男たちの目に獣性が宿った。辺りを見回し、フウラたちが潜む隙間にもわらわらと近づいてきた。後ろには姉弟がいるから動くわけにはいかない。フウラの強みは機敏さで相手を翻弄できること、動けない戦いは分が悪い。篤哉は決心し、大胆な行動をとった。
「おい、そこにいるのは誰だ!」
一人がフウラの姿を確認して叫ぶ。その声が合図だ。
篤哉は木箱の塔に渾身の体当たりをかました。幼少から体幹を鍛え続けた篤哉のぶちかましに、ぐらんんと大きく傾いて上にある木箱が三つ男たち目掛けて転がった。更に何回もぶちかまし、辺りは砂塵で朦朦とした。
「ぎゃあああぁぁ」
「な、なんだ!」
「足が、足がぁ!」
「大事なぁぁ魔鉱がぁ」
一瞬で混乱に陥った男たち。一番最初の悲鳴は、フウラの短刀に心臓を突かれた男の物だ。今は壁に寄りかかるように息絶えている。
「ふんっ」
攻撃を予測したフウラの頭が右にずれる。岩壁に針金のような細い金属が突き立っていた。和布男が、髪の毛に仕込んでいた物だ。鬼の形相で睨んでいる。
「舐めた真似を…死ね、藻掻いて死ね」
両手で、否十本の指で髪の束を自在に操り、フウラを襲った。そこで気づく。針金ではない、強化を施した髪の毛であると。
「せぇぇいいぃぃ」
夜天に裾をなびかせながら気合が響く、劈く。男の頭が真っ二つに割れた。気絶している女児を人質に取ろうと刃を向けたので、低くなった箱塔の上から篤哉が飛び降りたのだ。頭にとどまらず首筋、胸の真ん中まで鮮やかにに割れている。もう少し飛べば二つに分かれていたことだろう。あたふたする老人と提灯持ちの足に峰打ちを食らわして移動を封じる。衝撃で老人の眼鏡が外れ、米粒のような目が露わになった。
フウラと和布の戦いも佳境を迎えていた。フウラの短刀にも強化は施されており、辺りには斬られた髪の束が散乱している。フウラはジリ貧だ。姉弟を守る以上、無策にこの場を移動してはならない。移動するならば、一撃必殺の覚悟をもって臨まねばならない。
「ふんっ、ちょこまかと!そろそろ蜂の巣になってもらおうか!」
「うっ」
鋼鉄以上に硬く鋭い無数の斬撃が容赦なく責める。頬を裂かれて血を流しながら、起死回生の一手を放った。
「なっ。ぐうぅ、得物を手放すとは血迷ったか」
投擲された短刀が左手の腱を断ち切った。痛みに呻きながらも、無腰のはずのフウラの息の根を止めんと右手をうごめかせる。新たな武器を構えなおす一瞬を攻めるはずが、その姿を見失った。
「どこだ、上か」
「ざんねん」
下からだった。這うように近づいたフウラは、腹と心臓、そして喉仏に一瞬で得物を突き刺した。戦場に無数に転がる、細長い針金を。
「くううっ」
「フウラを舐めると、こうなる」
いつものとぼけた可憐さの欠片もない、執行者の目で和布の首を絞める。自分の髪で自分の首を絞めつけられる……武器を失った相手こそ注意すべきなのだ。串刺し状態で血の泡を吹いて倒れる男を一瞥すると、ラゼとミールにもう大丈夫だと声をかけてから篤哉の方へ近づいた。
「終わった」
「見事だったな」
「見てたなら助けてくれてもいいのに」
「後学のために先輩の戦い方を見ておこうかと思いましてね」
「敬語はやめて。ただでさえ今は気が立ってる」
「そりゃわりい」
軽口を叩きあうが、篤哉の目の奥には例えようもない怒りと、哀しみが渦巻いていた。話している間も、地面に横たわる、既に命を失った幼気な女児を見つめていた。
「なぁぁにがぁおきぃぃたぁぁ」
「ぼ、僕はただ、つ、つ、付き添ってただけ、え」
がくがく震えている二人の男へ、壮絶な尋問が始まる。




