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勇者side 戦闘体験、南の山林にて

馬庭篤哉は勇者ではないが勇者スキルは持ち合わせている。魔物に対する戦闘適正も高くなんだか凄そうなスキルだって使えてしまう。今まで彼がその力を使ったことがないのはどのような技かも知らずにいきなり実践で使うのはリスクが高すぎるのと、単に自分が勇者であるという自覚が砂一粒ほどもないからだ。大学時代に色々な国家資格を取得した学生が社会に出た瞬間やる気をなくしてインテリ系引きこもり有資格者になるのと似ている。




だが、安易に勇者スキルを使わなかったのは賢明な判断であった。その証明は三十六名の勇者が放つスキルを見れば簡単になせる。




「おりゃああ、【悍魔破砕(ブランブレイク)】」




ボクシング少年、加藤祥太(かとうしょうた)の拳が氷豹の頭蓋を舞い上がるほどに粉砕し、地面に降星の痕を残す。悍魔とあるように悪魔特攻の技であるが些細なことだ。ただ、この後に整地する人の苦労がしのばれる。




「世の中の空に剛光あり、世の前の天に瞬光あり、世の後の昊に閃光あり、されば人の世の宙より極光あれ……【一条の光墜つ(コスモスロー)】」




【光の魔導師】となった薄幸の美少女白亜浅霞(はくああさか)の詠唱により空から極太の光が垂直に地面に突き刺さる。獣たちは焼ける暇もなく目には見えない灰と化す。底が見えない深さまで穴が開いていた。整地は難しいから水を注いで湖にするしかないだろう。




「さらに大軍が来たぞ!」


「まかせて!私が皆を守る!」




クラスのアイドル凍雲が三角帽をかぶっていかにもな魔女の格好で前線に立つ。




「あのお姿は「魔法少女リーサ」のエルミちゅあんの生き写しではないか」


「まさにまさに」


「月の神の祝福だというのなら清月教に課金してもいいかな」


「教え子の魔女コスが見れるなんて教師やっててほんとによかった」




後ろで好き勝手言いあうオタク共に女子が冷たい言葉を投げつける。これでも鍋島はそこそこ人気教師だったのだ。


凍雲が万年柊で作られたロッドを構えて詠唱を始める。襲い掛かる疾豹の大軍。この山には豹しかいないのか。




「河の時は動くことなく、物の理従うことなし。淵に魚の影もなく、影なき魚は息をせず。火の鳥立った、雨が降った。濡れた大地に花が咲く。花一束は幸せなり。花一束は憐れなり。花一束は凍りけり。……ごめんね、【全ては結晶と宿る《ウィルフリーズ・アルウム》】」




宣告通り、その全てが結晶となった。純粋、一点の曇りもなく僅なる染みもなく不純物を含まぬ氷の結晶。豹は、その体を形作っていた物質全てを水素と酸素の共有結合分子に変えられてしまった。それが生命体であった証はどこにもなく、ただその氷像は美しかった。


凍雲斌の固有スキル【凍てつく雲】。物理法則、世界の常識、生命の神秘、何もかもを無視する訳の分からぬ魔法。固有スキルは危険度が未知数のため城内では遂に放つことができず、今が初使用である。結果は見ての通り。問答無用で全てを作り替えるこの業は古代に封印された錬金術にもつながる。だが、そこまで分析できる者はいなかった。技のスケールに唖然としていたのもあるし、随行していた下級兵士は後始末が大変立ち消沈していたのもあるが、騒ぎを感知した大物が姿を現したからだ。


アジェル王国南部に棲みつき国内の【畜生族】の中では最強格の一匹である【無爪の仙豹】シュグマだ。毛はふさふさ、爪も牙もなく華麗で無腰の見た目だがそれでなお獰猛が隠しきれていない。今までの雑魚、いや雑豹とは違う王者の威厳がある。




凍雲は一旦退き、代わって七人の男が前に出る。梱巻源四郎、根岸東平、三浦真盛、鍋島法蔵のオタク四人組と、藤原玄蕃(ふじわらげんば)、殿川右京(とのがわうきょう)、虎ノ門空吾(とらのもんくうご)らヤンキー三人衆だ。今までの戦闘で凍雲を除き最もまともに戦えていたのはこの七人である。オタクたちは荒事の経験はないがゲーム的な知識を多く持っており属性相性や魔法のお約束など前提知識がある。また、普段から少ないコミュニティの中で生活していた、というか他に混ぜてもらえなかった分仲間内での息はそろっている。一方不良三人は前提知識ではなく戦闘そのもののコツを熟知しており、修羅場馴れして度胸もある。この三人を舐めてはいけない。【怒神のフジゲン】藤原、【暴れ殿】殿川、【人喰い虎】虎ノ門と物騒なあだ名をつけられ本職の暴力団すら一目置くというプロヤンキーだ。




その七人は戦闘態勢に構えたまま動かない。彼らを眺められる高い位置に、秀麗なかんばせの伊勢崎が立っていた。両手を掲げて掌を空に向けて技を放つ。




「受け取ってくれ、【剛腕の加護】【守護堂の加護】【疾風の加護】【霞の加護】」




矢継ぎ早に加護を施していく。それだけのことだが、これがどれほど凄いことか異世界人たちには決してわからない。加護を与えるのは、神の役目の一つである。長い歴史の中で人力で加護を与えることに成功した者は一人しかいない。また、加護を奪うことに成功した者も初代魔王グローテのみだ。伊勢崎は、初代魔王に並ぶ偉業をなしとげたともいえる。




固有スキルの名は【導く道】。伊勢崎が常に願う、常に誓う「人の上に立ち人を守り人を導く」その道を導いてくれる、まさに最高の加護である。


ただでさえ規格外の強さを誇る勇者七名が何重にも神の奇蹟を重ね掛けされたのではたまったものではない。仙豹は跡形もなく消え去り、ついでに山が二つ消え去った。本格的な戦闘に昂奮冷めやらぬ勇者たちと、凶悪な魔物を一方的に屠った事に世界の希望を見出し感涙にむせぶ多くの兵士と、後片付けの大変さを想像してうずくまる一部の兵士と、とある商人の横暴により自分たちを苦しめていた山が吹き飛んだことに何とも言えない爽快感を抱いた麓の村民の声が、欠けることのない空で混ざって消えた。

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