祭囃子と発破の音
ひゃららぁぁ ひゅーひゃらぁぁ
笛の音に合わせて子供たちが踊る、歌う、手を叩く。杜鵑や鶯にも似たこの笛は【レイ】と呼ばれる木笛で、悪魔除けの効果があると伝えられている。人々は噴水の飛沫を浴び、煌々と燃える篝火に照らされながら祭り騒ぎに乗じていた。このような大規模な祭りは初めてだ、住民たちは思う存分食べ、飲み、動いた。
「あ、ベンジャミン様だ!」
「なんだとぉ、おらぁまだ顔を見てねえんだ」
「そりゃ拝んどかなきゃな。罰が当たるぜ」
神か仏かという扱いで迎えられ、街の人々へ手を振って愛想笑いを浮かべるベンジャミン。巨大な前歯が露わになる。彼は噴水を背に、一つ演説をかまし始めた。
「テグロノキアの皆様、お楽しみの様子で何よりでございます。皆様のその熱気が私どもの喜びになります」
「こんな田舎町にここまでしてくださるなんて、本当に感謝しかないです」
「おうおう、その通りだ。しっかし、どうしてここまでしてくださるんで?」
「商人が豊かになるには国が豊かでなければいけません。国を豊かにするには人々が豊かでなければいけません。では、人々を豊かにするものとは何でしょう」
にかり、と笑ってまたビーバーの歯を見せる。
「娯楽です。娯楽が増えれば余裕が生まれる。心の余裕こそが人々の豊かさにつながるのです!私は皆様に豊かになってもらい、そのうえで商人として豊かになりたいと願っております」
わああああぁ
美辞麗句を並べ立てるその演説に、祭でテンションが振り切っている聴衆の歓声が答える。こうなればベンジャミンの独壇場だ。もはや彼の言葉を疑う者はいない。ベンジャミンは優しく美しい言葉を並べながら、気づかれぬように広場の一角へ目配せをした。その先の闇で五人の男が息を潜めている。
「おい、あとどれくらいだ」
「へへ、七分ってとこですね」
「そうか…危なくないのか」
「どうでしょうね。案外ここまで飛んできたりして」
「なにぃ!ま、まさか」
「冗談でさぁ。そんな逃げ腰にならねえでください。おかしな野郎が現れた時にはあんたらが頼りなんですから」
そういった男。暗闇故によく見えないが、わずかに届く篝火の明かりを頼りに凝視すると右手首から先がない。昨日、篤哉に一刀のもと断ち切られたのだ。未だにじくじく痛むが療養の暇はない。今日の仕事が終わるまでは。あの奇妙なガキが何物かは知れないが、もしもの時は後ろの男たちを盾に逃げるだけだ。エスプローダ家の協力者であるアファ・シーカーの私兵たちであるが、威張るばかりで一向に役に立ちそうもない。
(くそ、痛え。まともに血止めもしてねえからな。仕事が終わったらどうするか)
手首を飛ばされたからには職人として生きていけない。どう振舞えばいいかわからないが、まずは自分の役目を果たすことだけを考えることにした。
「おい、ベンジャミンが噴水を離れたぞ」
「あと二分もありませんや。流石旦那だ、いい頃合いですぜ」
男たちが固唾をのんで噴水を見つめる。見つめるのはこの男たちだけではない。広場の中心から少し離れた場所に数組隠れている。
「ふへへ……もう少しだ…」
さあ、本当の祭りに至るまでは秒読みだ。
3、2、1
どごおおおぉぉぉぉん!
祭の歓声を吹き飛ばす轟音が広場に、いや街中に響いた。夜空を焦がす火柱、月を塗る黒い煙、肌を焼く熱風。
突然の出来事に、祭の衆は反応できずに時が止まったように立っていた。噴水から離れて小豆汁を啜っていたベンジャミンも固まっている。
そして、広場へ飛び出そうとした姿勢のまま、隠れていた五人も狼狽していた。
「な、なんでだ……」
「おい、間違いなく噴水に仕掛けたのだろうな」
「間違えるはずがねえ!お頭が自らこさえた魔薬の爆弾だ、不発に終わるはずもねえ!」
そう言って騒ぎ始めた広場を注目する。粉々になって祭囃子を絶叫に変えるはずの噴水は、しゃあしゃあと変わらず空に水を放っている。
誰かが叫んだ。
「おい、燃えてるのはベンジャミン様の屋敷じゃねえか!」
「何だと、おい祭は中止だ!消火に行くぜ!」
「おうおう、今なら間に合うかもしれねえ!恩返しの時だァ!」
街の人々が噴水の水を汲み、勇んで火事場、いや爆発現場へ向かう中、当のベンジャミンが置いてけぼりにされている。
「おい、一体どういうことなのだ!」
「何も聞いておらんぞ、我らを謀ったのか」
「とんでもねえ!くそ、どうなってやがんだ」
詰め寄られる男が苛立ったように押しのける。無礼な!と叫んで私兵たちが白刃を抜いた。醜い仲間割れだ。職人はない右手を振り回しながら後ずさる。その背後から、にゅっと男が姿を現した。
「なかなか楽しい祭りだな」
「何者だ。貴様か、邪魔をしたのは」
姿を見せた真打、篤哉に白刃の先を向ける四人。職人が驚愕の顔になる。
「お、お、お、おめぇは」
截断された右手の断面が強烈に疼き始めた。本能的な恐怖が体を支配して動けない。
篤哉は大刀を抜き、右八双に構える。無構を使うような相手ではない。
「ふんっ」
私兵の一人が袈裟懸けに落としてきた。避けもせず体を捻りもせず、前進しながら強烈な湶斬りを見舞う。袈裟懸けよりも角度の深い斜め切りだ。男の刃が篤哉に届く前に、男の体が吹き飛んだ。路地の通路に倒れ込む。
「おい、案外手ごわいぞ!」
「三人がかりでいけ!」
「囲めば敵ではない」
荒くれ職人と変わらぬ発想で三方を囲む私兵たち。二人はともかく、左後ろの男はなかなか腕がたつと見た。
「死ねぇ!」
先頭の男の掛け声で突っ込んでくる。左後ろの男は一瞬遅れて踏み込んだ。篤哉は刃を地摺りに下げて、振るった。先頭の男の勇み足を斬って転ばせ、右に回転しながら遠心力任せに豪刀を薙ぐ。右後ろの男を受けた刀ごと斬り飛ばし、遅れてきた最後の男と刃を合わせる。
「ぐうううぅぅぅ」
競り合うこともない。男の力が徐々に抜けていき、剣を取り落とした。腹に、篤哉の脇差が刺さっている。刃が接触した瞬間の衝撃をいなした直後、片手で大刀を支えて脇差を抜いたのだ。男にしてみればいつの間にか刀が増殖していたようなものである。
信じられぬという目で自分が流す血を見た後、がっくりと息絶えた。
「ひ、ひぇぇぇ!た、たすけてくれえ」
残された職人が叫んでベンジャミンのもとに駆け出す。しかし、最後の砦になるはずの旦那様は、少女に取り押さえられて喉元に刃を突き付けられていた。
「あ、ああああ」
逃れられぬと知った悪党は崩れ落ちる。右手の痛みすらもう忘れ、恐怖だけが支配していた。
馬庭篤哉がそっと呟く。
「そんな顔をするなよ。祭はまだ終わってないぜ。悪党共の血祭はな」
右目はその場の二人を見て、左目はエスプローダ邸がある丘を見ていた。




