ベンジャミンの善行
フウラの目が輝いている。それはもう、星のように。星の光が照らしているのはじゅうじゅうと油を弾けさせ心のうちに眠る獣欲を呼び起こす薫りを放つ物体だ。
「結局は牛肉に落ち着いたな。どうだ?」
「もぐもぐもぐ」
「聞くまでもないか」
干し芋と魚による焦らしで溜まったフラストレーションを晴らさんと猛烈にかきこんでいる。よく食べる人間を見てるだけで腹は満ちると言うが、篤哉はそれを体験していた。干し芋は腹にたまるし魚も結構な大きさがあったはずだが……篤哉は知らないが女性には別腹という名の第二の胃が存在するのだ。
フウラの別腹が満足したところで、今日のまとめに入る。テグロノキアは案外南寄りに位置していてまだ日が高いうちに到着した。そのため、簡単な情報収集だけはしておこうと思ったのだ。
「俺はベンジャミンの「善行」を見て回った」
善行の中でも大きなものは、広場の噴水を修理したこと、公園に遊具を寄付したこと、同じく公園に舞台を設置して旅芸人を呼び芸や芝居を愉しめるようにしたことだ。広場に文房具や玩具の出店を開いて人気を博してはいるもののとても採算がとれる内容ではない。
では、本当に百パーセントの博愛精神から寄付を行っているのか。縁もゆかりもない北の街に。
それはない。ベンジャミン・フロストはそんな聖人のような人間ではない。
カルテに渡された手帳には、ベンジャミンの強引な商売のやり口が詳しく書かれていた。確かにベンジャミンは押し売りや売り惜しみなどの表立った悪徳商売はしていない。そもそも油や塩ならともかく文房具や工具を売り惜しんでも利益は上がらない。ベンジャミンの悪辣さは、原料の仕入れの方法に現れている。特に木材。南の地域にいくつか山林を所有しているが、その山は元の持ち主を騙してタダ同然に巻き上げたものだ。利益第一主義も強く、過度な木の伐採により山の麓の集落が土砂災害や水害で苦しんでいる。王都でこそ善良な商人の顔をしているが南部では【鬼の山持】とよばれて恐れ憎まれている。
「鬼が企んでるか、爺さんの調べが頓珍漢か。とにかく広場と公園を見て回ったんだがな」
突然増えた娯楽施設に、家族連れが大勢遊んでいた。皆ベンジャミンの善意を信じ込み感謝を捧げていた。行き交う人の話を聞けば、明後日には噴水前でお祭りを開催するらしい。聖人の善行にしても行き過ぎている。何か住民たちの人気を集めなければいけないことでもあるのだろうか。
「住民を煽動して何かをするつもりなのか…フウラは何かわかったか」
肉を食べて機嫌と血色がよくなったフウラは、自分の調査を振り返る。
「街中は浮かれてるけど、街の周辺で子供が行方不明になる事件が起きてる」
「何だと」
郊外の村や街の隅の男児が連れ去られる事件が頻発しているのだ。エスプローダ家も捜査に乗り出しているが一向に行方が掴めない。村人は【箆角党】の仕業だと言っていた。
「無理があるな。いくら身軽な山賊でもわざわざ王領抜けてここで仕事をする意味がない」
「うん。そもそも一昨日にも一人消えてる」
「いくら子供でも首だけじゃ攫えないわな」
山賊が討伐されたのがいつの話か聞き忘れてしまったが、あの干からび具合から一日二日前の話ではないことが分かる。
「攫われた子供の親に話を聞きたいな…」
「一昨日いなくなった、アンヤって子の母親がいいと思う。誰彼構わず息子の行方を聞いてるらしいから話しやすいと思う」
「そうか。今日は流石に遅いから明日行ってみるか」
「フウラも着いてく」
「いや、フウラはベンジャミンについて詳しく調べてくれ。できればやつの後ろ盾を知りたい。多分エスプローダ家の中にいるはずだ」
黙って頷いたフウラは、小さな紙に村の簡単な地図を描いた。文字は読めなくても地図ならある程度はわかる。アンヤの母親の家に丸をつけて篤哉に渡した。それを壁にかけていたローブのポケットにしまい、ついでに布団を敷き始めた。この宿屋は勝手宿と呼ばれる飯の用意も布団を敷くのも自分で行う安宿だ。晩飯の肉も自前で買ってきたものだ。食器や鍋だけは貸してくれる。
寝具は木製の台に厚い敷き布と毛布を掛けるだけで、枕すらない。ディスハーバー邸の魅惑の枕とは言わないが安物でも欲しかった。ベッドは二つ並んでいる。気を利かせてフウラの分も敷いた。
「寝るの?」
「歩き通して疲れたんだよ。フウラはそうでもないのか」
「わりと疲れた。ふあぁぁ」
見計らったように欠伸をする。目もとろんとしていて瞼が芝居の緞帳のように下りてきている。
「じゃあ明かり消すぞ」
「うん。おやすみ」
明かりを消して間もなく、すうすうと寝息が聞こえてきた。篤哉は、以前暖炉の部屋で同じ布団で寝たことを思い出した。あの時はソファに凭れて、今は安宿の堅い寝具の上で。今回は同じ寝具に寝ているわけではないが、狭い部屋でほぼ接している。毛布からはみ出てだらんと垂れる小さな手を取り、そっと毛布の中に仕舞った。温暖な北部でも、夜は冷える。




