関所の切株
「おい、起きろよ。獄卒の巡回だぁ」
見張り番の警告に、藁や粗朶の上で寝ころんでいた男たちがばね人形のように跳ね起きる。
すぐさま金槌を振るい土嚢を担いで、昼も夜もない作業に打ち込む。
篝火が煌々と照らす夜天の作業場に、真っ赤な顔をした男たちが鉄鞭を持ってやってきた。
「お前ら、真面目に作業してんだろうな」
「へえ、この通りです。一睡もせずに作業を進めております」
そうか、と唇を歪めた男が、いきなり鉄鞭で男の顔をぶった。悲鳴を無視してもう二度振るう。
「な、何で……」
「ははは、一睡もしてねえならさぞ眠かろうと思ってなあ、どうだ目も醒めただろ、えぇ?」
「ひぃぃぃ」
「ああ、あとなぁ」
ぎょろりと気取って目を向く。篝火に照らされて眼球すら真っ赤に見える。本当に地獄の番兵のようだ。
「進めております、はねえだろ。お前ら糞みてえな奴隷風情が国の工事に関われるんだ、もうちっとありがたみを感じてもいいんじゃねえのか?」
「そ、そ、それは」
「お前ら、給金がすくねえ休みがねえとほざいてるようだが、本当なら金を積んでも関わることができねえ有難い役目を仰せつかってんだ。少しは立場をわきまえろ」
わかったなら働け、ともう一発殴ってから行ってしまった。別の作業場へ巡回に行ったのだ。
「くそ、どうじてこんな事に」
「すまねえ、とっつぁん。作業は俺たちに任せて休んでてくれ」
「駄目だそんなこと見つかったらまた酷い目に」
いつ終わるともわからない大工事、毎時降ってくる暴力、流した血も涙も雨と土砂に埋もれてゆく。彼らの血肉と心を削ってできた未完成の壁が、ただ無慈悲に聳えていた。
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関山は篤哉が思う以上に急峻な山であった。篤哉は山がちな上州馬庭で育った男、大概の山に驚きはしないがこの光景には目を奪われた。
場所による高低差が激しい。離れて見ると桃がいくつも並んだような見た目で、特に低い谷に関所の道が存在する。それでも勾配はきつく、整備されていなければ足を痛める者は多いだろう。いや、女性であれば整備されていても厳しい。
幸い、隣を歩くフウラは一般女性的な手弱女ぶりは皆無だ。雨上がりで草木が露に濡れる山道を歩きながら、第一の関所にたどり着いた。槍を持った番兵に誰何される。篤哉は黙って通行許可証を提示した。
「おや、経検長どのの。失礼しました、お通り下され」
署名はバニリスのものだ。これとは別にカルテ直筆の物も所持している。うまく使い分ければ効率よく事を進められる。
関所は王都に近い方から三つ存在する。第二の関所は小規模で、番兵も少なく皆老いていた。特に張り詰めた空気もなく、それどころか喜ばしいことがあったようで、フウラは干し芋を貰っていた。
「あげる。お肉じゃないからいらない」
「ひとつくらいどうだ。あの爺さん目を細めて喜んでたな。きっと孫娘でも王都に置いてきてるんだろ」
「…」
無言で小さい一切れをつまみ口に入れる。
「あまい」
「そうだな。しっかしサツマイモまであるとはな」
篤哉がこの世界に来てから、恐ろしい食材を目にしたことは一度もない。この粉の吹いた甘味が確実にサツマイモなのかはわからないが、篤哉の味蕾はそう判断した。
第三の関所までは少し距離がある。第一の関所が麓にあって第二の関所は王都側の斜面の七合目程度に存在する。第三の関所は北側の麓にあり、しかも北側の斜面は若干長いので距離があく。
周囲は濡れた草と葉、小鳥の囀りに狸のような生物(魔物ではない)など自然の情緒にあふれる光景だ。
「いい景色だな」
「うん。あむ」
「なんだ、結局食うのか」
紙の袋から覗く干し芋をちびちび食べているフウラ。その奥で木の枝を齧る狸を見て思わず顔が綻ぶ。顔立ちや体形は随分違うが丸い目が意外なほど似ている。
「意外とおいしい。帰りにお礼言わないと」
「そうだな。それと、あの話も気になるな」
あの話とは、老兵たちが上機嫌だった理由だ。柔和な顔に朗らかな笑みと少し暗い影を刷いて、第三の関所の端にある切株を見ればわかると言った。
下り坂も中腹に来た。頭上の木々の合間から関所の烽火台や物見櫓が見える。やはり第二の関所より大きい。
やがて関所の門に到着すると、番兵に止められた。
「待て。北部防壁工事のため、通行は厳しいぞ。許可証は持っているか」
またもや止められたが、よく考えると誰何されなかった第二の関所がおかしいのだ。いや、あそこにたどり着く時点でどちらかの関所を通ったわけだから厳しい詮議もいらないのだろう。この関所の番兵は第一の者よりも態度が柔らかかった。
「おお、経済省の高官がな。うむ、間違いない。若いのに公務か何かかな?」
かなりフレンドリーに接してきた。話しやすそうなので、試しに聞いてみる。
「第二の関所でここの切株を見てみろと言われたんだが」
篤哉は砕けた口調で言った。どういうわけか敬語で話すと不快がられる。逆に相当失礼な口調はあまり咎められない。カルテのことを爺さんなどと呼ぶが誰も咎める事はなかった。勿論怒る者は怒るが。
「ああ、あの件か。見てもいいが、少し刺激が強いかもな。お嬢ちゃんには見せないほうがいいかもよ」
「何だ、裸の男を干物にでもしてるのか」
「いや、裸じゃないけどな。干物は間違いじゃないか。こっちだ」
手招きされてついていく。
敷地内の、切株が並んだ場所に出た。
「おお…」
篤哉は無意識の唸りを出した。
切株の上に生首が晒されている。その数二十四。晒し首とは驚いた。フウラは初めて見るわけではないからそれ程動揺していない。
「確かに干からびてるな……どういう事情か説明してもらえるか」
「ああ」
公務で来ていると知っているから、話すのに抵抗はないようだ。
生首の男達は【篦角党】という山賊だ。この急峻で過酷な山の中で活動し、誰よりも山を知る者たち。神出鬼没で、北の麓で町家へ強盗に押し入ったと思ったら翌日には王都側で人攫いを犯すという具合だ。そのため、人数構成もわからず下手をすると百人以上いるのではという者もいた。
「それが、見ての通り根こそぎ首になったんだ。誰がやったと思う?」
「さあな」
「防壁工事の王府特使のヒルウィレム様だ」
「何」
早速実入りになる情報が入りそうだ。カルテの手帳には山賊の記述はなかった。
「正確には国防工事総監だっけか。忙しい方で王都と北を頻繁に往復するんだ。山賊が暴れてるからいちいち警戒が大変だったんだがな、見かねたヒルウィレム様が退治して下すったんだ」
一体どんな魔法を使ったんだ、と番所の皆が首を捻る側で、これからは警護に気を使わなくてよいと言い残して登って行った。
「いや流石に王様の代理を務める方だ、能力とか器ってやつが違うな。まあ関所の一兵卒が言ってもおかしい話だけどな」
最後は明るい自虐を言って、彼は門に戻っていった。
「あつや、今の話どう思う」
「胡散臭いとは思う。それ以外は何とも言えないな。ただ……」
少なくとも相当頭のいいやつだ。番所の兵士たちの心は掌握された。お陰で随分と関所で融通が利くはずだ。わざわざ山賊を捕らえたのはそのためではないか、と検討をつけていた。
フウラが言葉の続きを催促しようとしたが、止まった。頭上の葉が消え去り、王都側とは異質の水気を含んだ風が太陽光と共に二人を包んだのだ。傍には小川、細い道。
北部の鄙びた風景が、篤哉の前に現れた。




