↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/68

大陸の地理と北の防壁

和気藹々とした宴の翌日、カルテと篤哉ら三人は暖炉の部屋に集まっていた。昨日の好天が嘘のように激しい雨が降っている。


「篤哉、フウラ。お主らには北部貴族領に行ってもらう。対魔王軍国家事業の一つである北部防壁大工事について探るのだ」


二人は黙って聞いている。篤哉には北部貴族領も防壁工事も知らないが、余計な口をはさむことではない。ヴィスタリアと違い必要なことは話してくれるはずだ。

バニリスが詳しい説明を引き継ぐ。

煤けた巻紙を四人が囲む机に広げた。大陸と周辺の地図のだ。


「篤哉には詳しい地理を話していなかったな。アジェル王国はここだ」


指さしたのは大陸の北西部である。アグニス大陸北西に位置する王国である。他の国と比べると面積は大きい方だ。

王都は国土の中心部からやや西よりの場所にある。王都より西側は前にフウラと話したように貧相な土地である。北はしばらく王領が続いた後【ケリウィズ関山】を通って北部貴族領に出る。男爵子爵などの下級貴族が密集しており、伯爵領も二つある。

アジェル王国は南でフィベリア国とセグメント双子王国に接しているため、交易が盛んな南部は商業が発達している。この三国は清月教を信仰する三国である。総本山はフィベリアにある。

東には【水の国】アンデルセンという大国が存在する。この大陸でもっとも古い国で、大国としては唯一陽魔大戦後、現在まで存続している国である。

更にその東には【廃国レンデミナ】がある。どの国の領地でもないその土地は大陸の北東にあり、北の半島にはかつて太陽信仰の総本山であった神殿、いまでは【無常の神殿】と呼ばれる建物が残っている。なぜか現在まで破壊されずに残っているその建物は、見るだけで人の心に盛者必衰有為転変の悲哀を悟らせる。加護を失った空っぽの神殿のさらに北にある岬からは【大海《ルーフィーヌ・シーファ》】と呼ばれる世界最大の海を謁望できる。語源は古語で「飲み込む者、大きい鯨」の意味だ。長ったらしいので基本「たいかい」もしくは大洋と呼ばれている。

そして、岬からさらに海を隔てた先の大陸、かつては一つの国に支配された【バルフレア魔大陸】。今では世界で一番魔物に浸食された大陸である。二代目からの魔王はこの大陸に拠点を構えていた。そのため、五代目の魔王が現れた今世界的に警戒されている。


「もし魔王軍がバルフレアから攻めてくる場合、アンデルセンを通って最初に通るのは王国北東になる」


バニリスが岬の先から水の国を跨いでアジェルにまで赤い線を引いた。


「水の国は陥落前提か。今まで持ちこたえたんだから強いんだろ」

「いや、逆だ。陽魔大戦の時に徹底して傍観不干渉を貫き、魔族に陣営すら提供していた国だ。のちの魔王との戦いにも消極的で、最低限の物資支援しかしない。大軍が攻めてくれば一も二もなく降伏するだろう」


あてにはならない。だからこそ自分の身は自分で守らねばならない。北東以南は既に防壁が存在するため、北東部の工事が急がれている。そもそも北東部だけ防壁がないのは、戦いのたびに破壊されているという証である。


カルテが口をはさんだ。


「最も、当代の魔王フィルグリアは異色だ。本来は一象限の中でのみ行動する生物を、未知の空間魔法で他の七象限へ飛ばして独自の世界を作らせているらしい。今、この世界の魔物は基本的に獣しかいないのはそのためらしい」

「なるほどな、そもそもバルフレアに拠点を構えてるって前提も怪しいわけだ。いや、そもそもこの世界にいるかすら怪しいな」


召喚された夜、カルテから聞いたフィルグリアのあだ名を思い出す。

【八象限の外眼】。もし本当に九象限の存在なのだとしたら厄介だ。なにせ、物理的な意味で次元が違うのだ。


「一応、フィルグリアも三次元の存在だと思われている。外眼というのはな、全ての象限で起きていることを把握しているから名づけられたのだ」

「そりゃ……」


絶句した。色々疑問が湧いたが、それはクラスメイトが考えるべきことだと思いなおす。


「で、その防壁がどうした」

「うむ。以前、屋敷の近くで行き倒れていた奴隷の男がいた」


奴隷。魔法や精霊と同じく、異世界文化の定番で、現代の日本人には馴染みのない存在。


「何か格別な事情を感じたため口の堅い医者に見せていたのだ。数日前、ワシの前で息絶えた。その直前に少しだけ話すことができてな」


男は防壁工事に従事する労働奴隷であった。奴隷には借金が原因の【負債奴隷】、刑罰で身分を落とした【罪穢奴隷】、自分から身売りした【志願奴隷】の三種類を国が認めている。

男は名乗らなかったが、ひたすら防壁工事の場で悲惨な状況が続いていること、商人と貴族の横暴、王府から派遣された役人への不信、そして自分の家族が虐げられていることを訴えていた。訴えながら、息を引き取った。死に顔は疲弊していた。状況を考えれば、土砂降りの関山を越えて、さらに魔物の出没する王領を歩き通して来たのだろう。そして王都に到着したものの自分の訴えはどこに告げればいいかわからずに力尽きたと思われる。


「その後、手を尽くして調べた。何もかもが臭い。見ろ、この工事に関わっている者を箇条書きにしてみた」


そう言って地図の上に紙を重ねた。紙には人の名前が書いてあるが篤哉には読めない。フウラがそのまま読み上げる。


*****************


普請担当貴族 キロスケル・チャレスフ伯爵

       ラカス・ワーテルロー伯爵

       イリュザ・エスプローダ子爵


商人 材木納品 レクシーミル・ウラヌス

   石材鉱物納品 ホロライズ・パロス

   工具納品 ベンジャミン・フロスト

   奴隷派遣 ヘラ・クスクス


職人 工事現場監督 エリック・ガストーロ


王府 国防工事総監 ヒルウィレム・ケイン

 

*****************


「他にもいるが、重要なのはこやつらだ」


エリックはともかく、商人は皆アクの強い人物である。キロスケルの苛政もカルテの耳に入っている。ラカスの評判はあまり聞かず、イリュザは先代が死亡して嫡子が成人するまでの繋ぎの女領主であることしかわかっていない。


「そして、ヒルウィレムだ。大工事の最高責任者で工事現場においては王権すら発揮できる総監の立場についている」


国防工事総監という役職は臨時にできた役職である。本来は経済大臣が勤めるのが慣例であったが、涜職の噂が強すぎて任せるべきではないとの声が高く新しい役職として独立させるべきだという結論に至ったのだ。この新たな役職に、普請局という国務省の下部組織の副局長に過ぎなかったヒルウィレムを推挙したのはあのディアル・ラグランジュであった。


「阿漕な商人、貴族、そして大出世を遂げた王府の使者か。悲惨な状況ってのは色々想像できるな」

「貴族や商人を多数噛ませる以上、多少の賂や汚職は仕方がない。だが、それが防壁工事に従事する人間を苦しめているとなれば話は別だ」


虐げられながらこなした作業が精巧なはずがない。必然的に手抜き工事となり、いざというときに防壁としての機能を果たさない可能性がある。


「ワシが調べるだけ調べた内容をこの手帳に記した。道中で見ろ」


灰色の表紙の手帳を渡される。その手帳に箇条書きの紙をたたんで挟み込み、服の内にしまった。


「ワシとバニリスは王都で調べを続ける。連絡を取りたいときは北部で唯一王領の街【アータ・セラ】にある鳩屋を使え」


鳩屋は伝書鳩を使って郵便をやり取りする商売だ。アータ・セラの鳩屋は信用できると言う。


「……内容は理解した。じゃあ、行くか」

「うん。雨の中は嫌だけど」


旅支度は既に済ませていたため、荷物を担いで部屋を出る。

玄関の前でキリカとセルビアにも見送られた。キリカは相変わらず凛としていて、強く優しい目で見送ってくれた。セルビア通り過ぎざま篤哉の手を取って何かを握らせた。紫色の石が二つ、赤い紐でつながっている。何かのお守りなのだろう。紺色の髪が寂しそうに揺れている。


篤哉は左胸のポケットにお守りを入れて、旅発った。

バニリスがもう一度、帰って来いよ、と声をかけようとして留まった。しつこい心配は野暮だと思いなおしたからだ。


雨が上がり始めた曇天が吉兆であればよいと、皆が願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。