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初任務を終えて

上も下も片付き、盗賊騒ぎもひと段落した頃。

篤哉の夢見はとうに回復し、枕を抱く必要はなくなっていた。

私兵としての初任務は終わったわけだが、自身の仕事がどれほどのものなのか、自己評価が定まっていなかった。自信がないのではなく経験が浅いため可も不可も判断できないのだ。

ただ、その道の先輩方には頗る好評であった。


バニリスは優秀な後輩ができたと柄にもなく燥いでいた。今まで人殺しレベルの業務に加えてカルテの手伝いをしていたから、正直負担が大きすぎたのだ。年若い篤哉の多くを背負わせるのは心苦しいが、これから頼りになるだろう。


フウラは高揚冷めやらぬ心持だ。密偵や暗殺もこなすが彼女は十五歳の少女なのである。カルテやバニリスの計らいで最大限自由な生活を保障されていたが、それでも同年代の友達がいない寂しさは隠しようもなかった。付き合いのある友人は幾人かいるが、自分の普段の生活内容を語らずに過ごす時間は掛け値なしに楽しいと言えるものではない。同年代で、同じ職務をこなし、同じ時を過ごす時間が多く、自分と同じ速さで走れる。そんな篤哉の存在は、彼女にとって嬉しい物であった。


キリカは篤哉のした仕事の内容の多くを知らない。力になれるわけでもない自分が踏み込むべきことではないし、もし必要があれば向こうから言ってくるはずだから。それでも、篤哉の働きが素晴らしいものであることに疑いはなかった。厳格で石像のように表情が硬く人を褒めることなど滅多にない父が、会って間もない篤哉のことを破顔して褒めていたのだから。「良くやった」と、賛辞とも呼べないような短い労いであるが、その言葉がどれだけ貴重なものかはその場にいた皆が知っている。父に信頼され、フウラに懐かれ、セルビアに好かれるその人格にキリカも深く感じるものがあった。


セルビアは今に至るまで屋敷とキリカを守ることを第一に生きている。セルビアは貴族の生まれである。本来ならば仕えられる立場であったが、男の甜言に惑わされた母のせいで真夏の炎天下に追い出されてしまった。母を恨む気持ちはない。誰にでも弱さはある。弱肉強食の世、弱さが罪というのは否定できない。だが、その弱みを握って人を玩具にして弄ぶような人間を肯定できるほど汚れきることができなかった。腹が減っても盗みを働けず、偽物の太陽に身を焼かれて消えそうになっていたところを公務で遠出していたカルテに拾われたのだ。セルビアにとってカルテとその同志は最後の希望なのだ。理不尽を容認し傷を見ぬふりする世界を革《あらた》めてくれる希望なのだ。この館は希望の城であり、だからこそ自分はそれを守り通すことに命を賭けている。自分の体重ほどもある大薙刀の修行を始めたのもそのためだ。貴族の娘が武術の修行をし、また女中の仕事をする。屋敷の者は優しいが、来客の中には心無い言葉や下卑た視線を送ってくるものが絶えなかった。だからこそ、自分の仕事を適切に褒め、また配慮してくれる篤哉への好感度は非常に高い。母の轍を踏みたくないため未だ恋愛感情には至らないが、それでも彼女は篤哉と話すと幸せになれる。


カルテは今日も仕事に追われている。涜職卿の名を冠り王府一汚い政治家と評される彼は、王府一勤務時間の長い政治家でもあった。彼が汚いことは間違いないだろう。僅かな仲間と大勢の敵、そして風見鶏のような日和見勢に囲まれて執務を繰り返す毎日であった。五代目の魔王が現れ侵略を始めているという状況から勇者召喚と拝命の聖儀を行うにあたり、経済省も多忙を極めていた。儀式当日、高価な式服を纏って下品な会話を交わす同僚の間で五十時間睡眠をとらずに働いていたカルテは座っていた。合体しそうになる瞼を押し上げ、中央で戸惑う勇者たちを観察していたところ篤哉と目が合った。その時感じた印象は、うまく言語化できるものではない。ただ異常な状況で両目を動かして必死に頭を働かせている彼を見て、この少年に全てを賭けよう、そんな気持ちが芽吹いたのだ。今回の一件を通してその芽は花開くまでに至った。まだ不確定要素はたくさんあるが、カルテは信じて疑わなかった。


この国を救うのは、カルテ・ディスハーバーと馬庭篤哉である、と。



*****************


多くの期待を背負ってしまった篤哉の下に、とある知らせが入った。

事件解決から八日が経ち、そろそろ次の仕事が与えられるのでは、という頃。既にセルビアやフウラに都内の数か所を案内してもらい、知り合いも増えた。紹介された刃物鍛冶の職人に依頼して、脇差にする短刀を注文していたりする。


その朝、朝食の後の会話でカルテが篤哉に言った。


「篤哉。近く次の仕事を命じることになる」

「へえ。今は言わないのか」

「今でもいいが、相当な大仕事になるからな。正直二つ目の仕事にしては重過ぎる気もするのだが……」


口ごもるカルテ。篤哉も、早めに覚悟を決めたほうがいいと感じた。重過ぎると感じる仕事を任せなければならないのは、それほど切迫しているということだ。


「切羽詰まってるなら今ここで言ってもいいけどな。出来れば頼んである脇差が完成してからが好ましいが」

「うむ。説明は三日後に行う。お主はその間ゆっくりしておけ。そうだ、あれの見物にはいくつもりなのか」


あれ、とは明日行われる大規模なお祭りのことだ。定期開催のお祭りではない。国民の期待と希望と声援が渦巻く熱風となって空に舞い上がる……【勇者の出陣祭】である。城中で基礎訓練を終えた勇者たちが実際に城壁の外で魔物と戦闘を行うのだ。二週間にも満たない訓練でいきなりかとも思うが、勇者のスキルは想像を絶する力を持つ。城中の訓練で放とうものならば城が一瞬で廃墟になる可能性だってあるのだ。故に、剣の構え方や拳の握り方、魔法詠唱の基礎など基礎中の基礎だけ学んで、あとは実戦で感覚を培うのみである。お預けを食らっていたスキルの試し撃ちができると、盛り上がっている。そんな彼ら彼女らが城門から王都の南門まで兵士たちと共に練り歩く。国民にとっては初めて勇者の姿を拝める日ということで大騒ぎだ。


「ああ、あいつらの晴れ舞台か」

「いい扱いを受けていた様子ではないからな。お主に見る義理はないだろうが…」


拝命の場を見ただけで、篤哉のクラス内での立場を見抜いていたのだ。本人は意に介していなかったが。


「いや、行くだけ行ってこようと思う」

「ほう」


意外という顔をしたが、黙って話を聞いているキリカが薄く笑っているのを見て気づく。


「娘と一緒か」

「私が誘ったのです。セルビアとフウラも一緒ですよ」

「ワシの連れは精々バニリスか。文句は言うまい」

「一緒に来ればいいだろ」

「そうもいかん。半分行楽とはいえ、軍事的行動なのだ。政治家が一緒になって騒ぐわけにはいかぬ」

「いや、俺らも騒ぐつもりはないけどな……あ、フウラはやけに張り切ってたな。うまい肉を仕入れるから食べようって」

「調理は私に依頼されました。篤哉様、その、また感想聞かせていただけると嬉しい、です」

「……オルセラ、久しぶりに嫉妬の感情を覚えたぞ」


亡妻の名を口に出し、冗談交じりに呟く。堅物のカルテが冗談を吐けるほど、この空間は平和であった。やがては国中がこの食卓のようになってくれれば良いと、そう思うカルテなのであった。

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