嵐の前に休息を
「昨日は不審者を捕らえたらしいな」
カルテが相変わらずの仏頂面でのたまった。
朝も早く暖炉の部屋で、篤哉とフウラの報告を聞いている。
カルテは昨晩、正確には今日の深夜に帰宅した。恐ろしいほどのオーバーワークだが、キリカによればこうして連日帰宅することの方が珍しいらしい。
「……で、踏み込んだ時には既にもぬけの殻だったのだな」
「そう」
「行方は分からないのか」
「フウラにはわからなかった。でも、あつやにはわかったみたい。昨日セルビアと二人だけで尋問してた」
黙っているカルテに代わり話を進めているのがバニリスだ。彼も夜通し仕事をしていたので、疲労は溜まっているはずだがおくびにも出さない。
「フウラは立ち会わなかったのか」
「うん。尋問の時は必要以上に人がいないほうがいい」
秘密を漏らすのに、それを聞く人物が少ない方が心理的ハードルが低いからだ。篤哉の尋問方法には興味があったが、後でセルビアに聞こうと思ってそっと扉を閉じた。
「とりあえず一番大事なことだ。薬研一味は、もう一仕事するつもりだ」
「それは確かか!」
バニリスが声を荒げる。カルテも身を乗り出すように食いつく。
「ああ。昨日廃村の建物に踏み込んだ時に簡単に調べたんだがな、状況からまだ一味が王都を離れるつもりがないことがわかった」
まず、炉の灰がまだ燻っていた。この家を離れてからまだ時は経っていない。
また、酒瓶の中身や皿の料理は残っていなかった。刺客が捕らえられたことを知り慌てて逃げたとも思えない。
「だが、食べ終えた食器をそのまま放置していた可能性はないのか。その後で、報せを聞いて逃げた」
「いや、食器の数からあの家に十人単位で集まっていたのは確かだ。そもそも暗殺だけが目的なら大人数で報せを待つ必要はないだろ。数人だけ残して、他は地元の根城にでも戻った方が安全だ」
「そうだな……で、薬研一味がまだ何かを企んでいると思ったのか」
頷いて、肝心の事を言った。
「昨日の間抜けな三人組が吐いた。次の狙いは政商【ビラ・ネインズ工業】だ」
「……あそこの運営する工場は王都の紙の八割を生産している。やられれば大混乱が起こるぞ」
不謹慎な話だが、ゲルディアスが潰れてもさして問題なく日常が過ぎていくのは商会の扱う主な商品が茶やコーヒー、香辛料などの嗜好品であるからだ。これが紙や油のような必需品ともなれば、一気に人々の生活が崩れてしまう。
「今夜二十一時、管理棟に押し込んで皆殺しにした後奪えるだけ奪ってそのまま姿を消すつもりらしい」
ううむ、と渋い声がした。カルテの鷹の目が、今までにない強い光を放っている。
「篤哉。その情報、信用できるか」
「尋問には慣れてないがな、後ろに巨大な刃物掲げたお姉さんが睨んでたんだ、嘘を並べられるほど肝の据わった奴らじゃなかったぜ」
「数回念を押したので間違いないかと」
セルビアも控えめに付け足した。篤哉も背筋に冷たい汗が垂れるほどの圧力で念押ししていたから間違いないはずだ。
「その三人をどうした」
「セルビアに預けた」
「……」
表情を崩さずに、顔を横に振る仕種をする。あまり考えないほうがいいと悟ったカルテは、篤哉に向き直り非情な命令を口にした。
「篤哉………薬研一味を、殺せ」
「やっぱ、警察は動かせないか。軍隊なんかはないのか」
「奴らは時に協力しあうこともあるのだが、今回は相手が矮小な盗賊ということで相手にしようとしない」
目の隈をこすって、苦々しげに言った。昨夜遅くまで行っていたのは軍部への援兵要請だったらしい。兵は一人とて貸してもらえなかったようだ。
「相手は多い……いけるか?」
「十五から二人と三人を間引いて十人。奇襲すれば不可能じゃない、ってとこか。フウラの手も借りれるか?」
「もちろん。あつやの戦い方、みてみたい」
「よし、決まったな。一味の侵入口もわかっているのだな」
篤哉がうなずくと、カルテの合図で会はお開きになり篤哉は夜に向けて休んでいろ、と命じられた。
カルテとバニリスが去った後、篤哉は放心していた。
昨日も四時間少ししか眠れていないし、自覚するよりも疲れがたまっていたのだろう。
ソファに身を預け舟をこぎ始めた篤哉の体にそっと毛布かけるセルビア。
もしかしたら、また礼を言われてくすぐったい思いをできるかも、と期待しながら。
セルビアが去った後、フウラも睡眠をとろうと考えていた。自分も今晩は死闘に加わるのだから。
フウラには決まった寝床はない。木の洞でもどこかの家の庭先でも眠ろうと思えば眠れる。
フウラは特に何も考えず、篤哉の横に座り、毛布の端を拝借して目をつむった。
眠気が支配するにつれて、少しずつ篤哉にかける体重が増えていく。
微睡む意識の中、この寝床は史上最高に暖かくて心地がいいと感じていた。




