盗賊の反撃
再びディスハーバー邸に戻ると、カルテとバニリスの姿はなかった。セルビアに聞けば、まだ帰宅していないとのことだ。
「流石に盗賊の根城に二人だけで押し込むのは無為無策だよな」
「うん。でも、放った刺客が帰らなければ勘付いて逃げるかもしれない。行こう、あつや」
「行くのか」
「押し込みはしない。様子を探るだけなら遠巻きでもできる。捜査で大切なのは、探ること。派手に動くことじゃない」
へえ、と篤哉は驚いた。自身のことを大人だと言い張るが、あながちこの娘は大人かもしれない。ゼッペルに言った言葉もそうだが、自分の仕事を大切にしているのだ。
(俺も大概小僧なんだよな。フウラよりは年上だと思ったけどそうでもないのか)
「なあ、お前っていくつなんだ」
「フウラは一人」
「鉄板だな。年齢は」
「十五」
「年下じゃんか」
「うん。あつやはそれなりに大人だから」
それなりに大人、と年下の女子に評価される元男子高校生の心境は複雑だった。
「はあ。まあ、フウラの言う通り探るだけならできるよな。俺はそういう経験がないし、教えてくれ」
推察や、それを考慮して動くことは得意だが、赤い国のスパイさんのような隠密行動は経験がない。年上だろうが下だろうが、ここは素直に教わるべきだ。
出来ないことは赤ん坊からでも吸収しろ。実戦で役立つことを第一に考える馬庭念流、篤哉の第一の師である大叔父の善信は常にそう言っていた。スマホの使い方は孫娘、篤哉のはとこに文句を言われながら教わっていた。画面が小さくて扱いにくいと言っていたが、それは画面のせいではなく泥酔していたからだと思うそばで見ていた篤哉も芋焼酎を傾けていたし、なんなら教えているはとこの勝那も酒気を帯びていたが。
(あの暴れ馬は元気でやってるかなあ。やってないわけがないか)
ふと、この世界に来て初めて郷愁を覚えた篤哉をフウラが不思議そうに見つめている。
そこへ、キリカが歩いてきた。
「あら、廊下で立ち話ですか?朝から歩いてお疲れでしょう。家の中で話すときは腰を落ち着けなさいな。どの部屋も自由に使って構いませんよ」
引き締まった目つきを保ちながらも優しく声をかけてくれた。
「ありがとうな。……なんだ、出かけてたのか」
「いいえ、出かけていませんよ」
「あ、庭いじりでもしてたか」
「あら、なぜ?」
首をかしげて聞くキリカ。肩甲骨にかかる程度のアッシュブラウンが傾く。その髪の隙間からはらっと何かが落ちた。
薄黄色の花弁だ。庭の花壇に同じ色の花が咲いていた。
「花壇の花に髪が触れるにはキリカの髪の長さだとしゃがむ必要があるからな。ただ見て愛でるだけならしゃがむ必要はないし家の花壇の花を手折るとも思えないからな」
「そうですか……でも、どうして私だと分かったのですか?セルビアや他の使用人かもしれないですよ」
篤哉は視線を下に向ける。
豊満な胸……ではなくキリカの手だ。その手を取り、白い地肌の透ける爪を見る。
爪の間にかすかに土が残っている。
「あら、残っていますね。お恥ずかしいところを見せてしまいました」
「土がついてるくらいどうってことないだろ」
「……ふふっ」
目を緩ませて、嫣然と笑った。大人の色気が漂い、同時に少量の邪気無さも感じる。
流石に篤哉も気恥ずかしくなってキリカの手を放した。
「では、もう一度念入りに洗ってまいりますね……ところで、花壇はどうでした?」
「そうだな…全員揃ってるようで良かったよ。一人も欠けさせないって気概を感じた」
「そうですか……見てくださってありがとうございます。その、暇があればご一緒に世話をしてみませんか」
「ん。機会があればな」
「よかった。……もう遅いので、あまり無理をされないよう」
そして、キリカは手水場へ向かった。側でフウラが手持ち無沙汰に窓の外を見つめている。視線の先に黄色い蝶が飛んでいた。
「悪い、話し込んだな。じゃあ、行くか」
そう言って三度外に出る。もう既に夕暮れ時だ。門の外には下城途中の官僚や下級貴族が供を従えて歩いている。城内の貴住域に住めるのは、伯爵以上の爵位を持つ貴族だ。それ以外はノルブに屋敷を構え、王都滞在時の拠点にする。
「そういえば、その廃村まではどれくらいかかるんだ?」
「えっと、西門までは大体一時間くらい。そこから廃村までは多分二十分くらいって言ってた」
往復でも三時間くらいかかる。帰るころには完全に暗くなっているだろう。
「ちょっと急ごう。速度上げてもいい?」
「おう」
返事と同時に今までの倍ほどの速度で走り出すフウラ。
虚を突かれつつも足に力をこめて篤哉も走り出す。
飛脚も驚きの速度で走っているのに、さして息も乱さず、無駄な乱気流も生まない。
前を駆け抜けながら、フウラは内心すごく驚いていた。
(あつやって、隠密系や速度補強の加護を持ってなかったよね。勇者の基礎ステータスがあったとしても、この速度についてこられるなんて)
通常、勇者は最初底上げされた自身のステータスに振り回されて制御できない。全力で走れば曲がることができず物にぶつかり、跳躍すると高く跳び過ぎて着地に失敗し足首を痛める。幼少時より勇者として特別訓練を課された他国の純粋な勇者に劣る点だ。そして、これが勇者を数多く備えながら「量産勇者の見栄張り王国」と揶揄される理由である。戦功を立てながらも、アジェル王国は苦い待遇だった。
「どうする、暗くなってきたぞ。一晩かけて見張るつもりか」
「ううん。今日は場所を確認するだけでいい。目印をつけて、そのまま帰る!」
走りながら、息の乱れを最小限にとどめられるように話す。簡単に言うが、疾走しながら会話をするのがどれだけ苦しく難しいことかは実際にやってみればわかる。爆走しながら三分くらいの曲を大声で歌ってみるといい。
一時間と言っていたところを、三十分弱で二人は城壁西門に到着した。
王都の門だというのに警戒が薄い。フウラが二言程話したら、簡単に通してくれた。
身長の数十倍の高さを誇る石と鉄の壁を潜りながら、篤哉は首をひねった。
「王都から西は、平原から荒野、【シーフィルの森】を通るともう海しかない。他国や貴族領も接してないし、土地も痩せてて資源もない」
「なるほど、西に用がある奴がそもそもいないってか」
更に、土地的に魅力がないわりに魔物がわりと手ごわいらしい。時々集落が襲われ、恐れた人々は王都に移住したり、警戒の強い東部や南部に引っ越した。今向かう廃村も、その名残、残骸だ。
篤哉は初めて魔物を見たが、不思議な感覚に襲われた。粘液の塊が浮いていていかにもモンスターな見た目の生物?もいればただの目つきが悪い犬もいる。だが、どちらも本能的に「魔物である」とわかってしまう、そんな感覚があるのだ。それは快不快や正邪の問題ではなく、ただ違和感を覚える不思議な感覚だ。
人間は違和感、理解できないものに対する攻撃性が強い生き物だから、そこに魔物との確執が生まれるのだろう。
今回の目的は魔物退治ではないため、犬や蔦の鶏は無視して廃村を目指す。あれの相手は、クラスメイトの仕事だ。
(伊勢崎や凍雲がいるからすぐに潰れることはないだろ。俺は人を牽引する能力じゃ足元にも及ばんから)
薄闇の疎らに草が生える平原。天然の砂利が地面を覆い、足をつけるとさくっと小気味良い音がする。
やがて、廃村らしき建物が複数見えてきた。視界は暗いが、間違いない。
「あそこ」
伸びた人差し指の先には、他より抜けて高い建物。唯一の二階建てと言っていたから間違いないだろう。
辺りは暗いし、見つかると面倒だからさっさと引き返すべきなのだが……
「おかしい」
「そうだな、一人の気配もない」
どれだけ耳を澄ましても、人間が活動する音が聞こえない。聞こえるのは野犬の遠吠え、鳥のさえずりくらいだ。見張りの視線も感じない。
フウラと目を合わせ、村に近づく。予想通り、誰も出てこない。
目的の建物を前にしても、何一つ気配を感じ取れなかった。
意を決し、朽ちかけた扉を蹴り飛ばす。
そしてさっと身を引いたが、木の破片がぱらぱらと寂しい音を立てる以外の騒ぎは起きなかった。
「誰もいない、か」
「暗殺失敗に気づいて逃げた?」
「どうだかな……」
篤哉は建物内に入り、捨てられた酒瓶や皿を調べている。
「……おい、フウラ。薬研一味はまだ王都にいるぜ。しかも、何かを企んでやがる」
「ほんとに」
「戻ろう」
アラークという人物がどれほどのことを掴んだのか知れないが、篤哉の勘では既にカルテが独自に捜査を進めていることを知っている。ならば、カルテ本人に危害が及んでもおかしくはない。
二人は合図もせずに走り出す。少しだけ、息が乱れていた。
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屋敷は、なんとも言えない不穏な空気に包まれていた。ディスハーバー邸の周囲だけ闇の質が違う。きな臭い。
フウラは跳躍すると時代劇の忍者のように軽々と塀を乗り越えてしまった。篤哉はそんな芸当はできないので、素直に門を開いて敷地に入る。少し音を立てたがこの際仕方ないだろう。
フウラが玄関前で短刀を握って壁に背をくっつけていた。突入準備は万端だ。
目立つような掛け声もない。今回は蹴破ることなく扉を開けようとして、鍵がかかっていることに気づく。
「ああそうか、出迎えがないと開かないんだった」
「フウラが二階から入って片付けようか」
「それしかないか。不審者がいたら出来るだけこの出口に追い込むようにしてくれ。逃走しようとするなら俺が仕留める」
頷いたフウラが、少し下がって再び大きく跳躍した。篤哉も見とれるしなやかな足から生まれる力が、フウラの体を庇の上に持ち上げる。軽く何かが割れる音がして、その次に金属が接触する音が聞こえる。窓を割り、そこから手を入れて開錠したのだろう。この程度の破壊は仕方ない。
篤哉は静寂の中待ちぼうけた。何が起きているのかもわからない。どのくらい待たされるのか、と考えていたところで扉があいた。
身構えたが、姿を現したのはフウラとキリカだった。
「来て」
フウラに誘われて玄関を跨ぐ。食堂や暖炉の部屋がある方面の逆方向、洗濯室や武器庫や書斎などがある屋敷の東側に向かった。
フウラに案内された部屋に入ると、そこには薙刀を構えて氷のような冷たく静かなオーラを放つセルビアと、その冷気にあてられて風邪でも引いたように震える三人の男が見えた。
篤哉は思わずぽかんと口を開き数秒固まった。
「………急ぐ必要は全くなかったな」
余程のことがなければ屋敷の心配はしなくていいと、篤哉は学んだ。
篤哉の姿を認めると、セルビアはいくらか冷気を抑えて状況の説明を始めた。
「この者たちが屋敷に忍び込み、お嬢様の部屋を探す会話をしていたので仕留めました」
「みたいだな。こいつらだけか」
「そのようです。尋問を試みましたが、どうも不得手で……特にお嬢様に対して下卑た言葉を投げかけた時は自制するのに苦労しました」
それが極寒の原因か。篤哉は納得し、腹も減っていたので手短に終わらせることにした。
何で打ったのか鼻血を流している赤ら顔の男に近づく。
「じゃあ、聞いたことに素直に答えてもらおうか。黙秘権は一応認めるけど、そのかわり庇ってやれなくなる」
背後で圧を放つ巨大な刃にちらりと目を向けた篤哉。
解決は間近だ。




