口封じの刺客
泣き止んだハースは、掠れた声で一言いい残した。
「お願いします。どうか、どうか」
何を、と言われていない。だが、何をするかは決まっていた。
そして、その目的……薬研一味の壊滅のための端緒も掴んでいた。
正確には、向こう側からやってきた。
「フウラ、気づいてるか」
「うん。二人、だね」
「カロイに入る少し前からだったか」
「そうだね」
何気なく道を歩いていたが、二人とも剣呑な尾行者の存在を察知していた。
ハースがこうして生きてるのは、盗賊一味がその生存を認知していないからだ。認知していないということは、取り調べの報告が司法の上層部まで届いていないという事だろう。悪事を庇うためにかけた圧力が、奇しくもハースの命をつなぎとめたともいえる。声を聞き頭領の名前を知る生存者がいれば、すぐにでも口を封じられるからだ。
だが、どこからか情報が漏れた。怪しいのはゼッペル・バアラックだが、確証はない。後で探る必要があるだろう。
刺客の気配が消えた。篤哉とフウラを相手にするより、先にハースの口を塞ごうと考えたのだろう。
瞬間、篤哉とフウラが走る。篤哉は巨大な足の筋肉を使って、フウラはしなやかな風のごとく。
高速で走りながら気配はほぼ完全に押し殺して、門を潜ろうとしていた男の首に細い腕が絡みついた。
「むうぅぐ……」
声を出せないよう絶妙な位置を締め上げ、あっという間に気絶させてしまう。
「おい、行くぞ……おい、どうし」
背後に相棒が立っているとばかり思っていた刺客は、ローブ姿の青年の姿を見て狼狽する。
隙だらけの鳩尾に、勢いよく抜いた篤哉の柄頭がめりこむ。
「がはぁっ!」
激痛の呻き声と汚い唾を吐いて、芝生の上に転がった。
起き上がろうとする男の顎に容赦ない蹴りを見舞う。砕いてやりたかったが、この後尋問しなければならないので最低限喋る能力は残さなければならない。
「な、ながぁぁ…」
抵抗せずに呻吟する刺客を引きずり、門前のフウラと合流する。フウラは締め落とした男の上に腰かけながら待っていた。
「あっちに物置がある。そこで尋問しよう」
「おう」
小さな物置だ。あまり使用されている様子はないが埃は積もっておらず定期的に掃除されている様子だ。流石に富豪が休暇を過ごす土地だ。
(少し血で汚れるが勘弁してくれ。こっちは国の掃除をしなきゃならないんでな。一応後片付けはしとくから……)
誰とはなしに言い訳した後、未だ目覚めぬ男に蹴りを入れる。
「あ、ぎゃああ、いてえ!」
痛いように内臓に近い場所を蹴ったのだから当たり前だ。
「さて、質問に答えてもらいたいな」
「なんだとぉ……」
「嫌なら別に構わないけどな」
構わないが、どれほどの苦痛を受けて死ぬか知れない。目の前の少年を見た瞬間、本能で悟った。
淡々と、篤哉は続ける。
「まずは、そうだな…一味は何人いる」
「へへ、五十三でさぁ」
虚勢を張るように宣う男の頬桁を、凄まじい衝撃が襲う。
慌てた様にもう一人の男が答える。
「いや、五十三ってのは本当なんだ!ただ、王都内にいるのは俺らも含めて十五人だ。残りは地元で留守番やってるはずだ」
「王都内の拠点はどこだ」
「城壁の西門を出て街道を左手に逸れた場所に廃村がある。そのうちの一つの建物だ。辺りじゃたった一つの二階建てだからすぐわかるはずでぇ」
息を切らして情報を吐き出す。
横にいるフウラが、男の一人に石炭と紙を渡した。廃村までの略地図を書かせているのだ。
篤哉は尋問を続けた。
「頭の名前はコドラだってな」
「やっぱり知ってたのか……そ、そうだよ。コドラ・ベスケッタ。こええ人だぜ」
「ハースの情報を持ち込んだのは誰だ」
「頭の腹心のアラークさんだ。またの名を【菜突き】って言ってな、人のことを野菜みたいに串刺しにするすげえ人だ」
アラーク。聞かない名前だ。一つ心当たりがないこともない。いずれ判ることだ。
「なぜ犯行の際に遺体の手を砕くんだ」
「それはわからねえ。待ってくれ、本当なんだ。アラークさんに聞いてみたことがあるけど知らねえって言ってた。ただ、親分は砕く手をいちいち指定してた」
「何だと」
「こいつは右だ左だと、自分で指示を出してたぜ。そ、そういえばあの商館長だけは両手を砕かされたな」
一体どういった執着があるのだろうか。単純な人体破壊ではない闇を感じる。
横合いから、声がかかった。地図を描き終えたらしい。
「そうだな、フウラからも聞くことは」
「話が長いぜ!足が強張っちまう」
いきなり外から濁声が聞こえた。尋問に集中していたとはいえ、全く気配を感じ取れなかった。
姿を現したのは、据わった目つきと無精髭、体から酒の匂いを放つゼッペルだった。
「何の用だよ。それより、見張りの任務を放り出したのか」
「けえっ。なにが見張りだ。今さっき、正式に捜査が打ち切られたぜ。ゲルディアス商会館は一時国が預かる。もちろん、別宅も預かっていずれ売りに出すだろうな」
「何だと。……いや、最初からわかりきってたことだな」
げえふ、とげっぷを放ったゼッペルは高圧的に篤哉に命令する。
「そいつら二人、渡してもらうぜ」
「そんなこ」
「だめ。子供には渡せない」
篤哉が断る前にフウラが割り込んだ。ゼッペルの額に青筋が浮く。
「子供、だぁぁ?おいガキンチョ、お前は生まれてから鏡を見たことがねえのか?」
「そういう話じゃない。上からの圧力に簡単に負けて、流されながら仕事をさぼる。そんなのは、子供のすること」
「……ぐぐ、くそが」
腰の剣に手をかけそうになり、すんでのところで朝に見た玄綬の牘を思い出す。
ぜえ、ぜえと酒臭い深呼吸をして、嫌な笑いを浮かべる。
「まあ、話を聞けや。さっき言ったようにな、俺はゲルディアスの別邸を差し押さえに来たんだ。なんでも、あの可哀そうな生き残りのガキがあそこに住み着いてるらしいじゃねえか」
「っ!」
露ほども可哀そうなどとは思っていない顔で、にやにや笑うゼッペル。
「なあ、そいつら渡してくれよ。俺はな、警察内部でもいいところまで行ってたんだよ。盗賊や殺人鬼や薬物中毒者、何人も捕えて斬り殺してきた。同期の中じゃ間違いなく一番手柄を上げていたはずだ」
「……」
懐かしむように目を細め、そして歯軋りする。
「だが、あれだけ手柄を立てて国に貢献したってのに、訳の分からねえ理屈つけられてここまで落ちぶれちまったんだ」
「それはあなたが、立てこもりの犯人を人質の子供ごと焼いて殺したから」
フウラは、その件を知っているようで冷たい声で述べる。たいするゼッペルは、舌鋒鋭くやり返す。
「それがどうした。犯人は大勢だったんだ、焼くのが一番いい方法だった。それに子供を殺したとかいうけどな、あれは魔法具店の富豪の息子だぜ。無事に助けたかったんなら身代金を出せばよかったんだ。俺が何年かけてやっと稼げる金を数日で稼ぐくせに、けちるからあんな目に遭うんだ!あの児もガキの癖に太りやがって、金に飽かせていい物ばっか食ったんだろ」
唾を飛ばしながら、呪詛のようにまくし立てる。腹が立ったのか、床板をだだん、と踏みつけて気を確かに持つ。
「それからは、転落まっしぐらだ。殺人現場の見張りに差し押さえの通告、小者がやるような仕事ばっかだ……」
唇を噛んで悔しがるゼッペル。噛んだ唇の皮が裂け、血がにじんでいる。本人は職務熱心のつもりだったのだろう。専心して仕事をしていたら、爪弾きにされていた。
「だからよぉ。今ここで薬研一味を捕まえて、俺を馬鹿にしてやがる奴らに一泡も二泡も噴かせてやるのよ。渡せ、渡せよ!その代わりハースのことはしばらくそっとしといてやるから。あそこに住み着いてることも黙っといてやるから」
篤哉は、しばらく考えた。
この酒乱で野蛮な男は気に入らないが、もう既にこの二人から聞き出すべきことは聞きだした。こいつらは後で処分しようと思っていたが、それまで引き受けてもらえると思えばありがたい。篤哉には死体処理の経験などないし、それを警察官に委託できるのは悪くない。
それに、現時点で薬研一味の逮捕に唯一積極的な警察官がこのゼッペルである、という見方もできる。腕は立つらしいし、万一自分たちがしくじったときに後を任せられる存在になるかもしれない。
左目で、横にいるフウラを見る。不満そうだが、意図を察してこくりと小さく頷いた。
「持って行けよ。……始末はそっちでしろよな」
「けけ、交渉成立か」
気色悪く笑って差し出された手を無視して、篤哉とフウラは物置を後にした。
いつの間にか、木漏れ日が赤みを帯びている。昨日の夕焼けのような鮮烈さはないが、無数の隙間から光線が覗くさまは、ちろちろ燃える暖炉の炎を連想させる。
背後の物置から聞こえる絶叫をシャットアウトして、二人は午後の林道を歩いた。




