女密偵と経検長
帰宅すると、セルビアに迎えられた。
カルテが引き合わせようとしている部下はもう既に来訪しているそうだ。
案内されたのは朝にも来た暖炉の部屋だ。季節は晩春、熾火はないが煤で黒ずんだ赤煉瓦の暖炉が洒落ている。
今朝は篤哉が座っていた方のソファに、二人男女が腰かけていた。
男は三十絡みで短髪をオールバックに固めている。数少ないカルテが信用する部下ということで、真面目で堅物な雰囲気を持っている。服装も日本の早朝交差点を歩いていても不思議のないようなスーツ姿である。文化の違いで私服にはギャップがあるが仕事服となるとそうでもない。
女は非常に若い。セルビアやキリカよりも幼く、篤哉と変わらないのではないか。密偵ということで機能性に優れた薄着だが、それゆえセルビアやキリカと異なる未熟な、ともすれば貧相な体つきがうかがえる。そして一見貧相な胴体や腿には無駄な肉を削ぎ落した機能美が隠れていると、篤哉は看破した。
入室したカルテと篤哉を見ると二人は立ち上がり一礼した。
鷹揚に頷いたカルテが、双方を紹介する。
「二人とも、この男が馬庭篤哉だ。これからお主たちと共に働いてもらうことになった。篤哉、ワシの密偵役【風鈴】フウラ・ベリルと経済検使長官のバニリス・デクスターだ」
紹介された一人と二人は、互いに目線を合わせ会釈する。正確には、篤哉が左目を器用に動かして二人同時に目線を合わせたので会釈は一回だ。何気ない篤哉の癖だが、こういった行為の積み重ねが他者から敬遠され、やがて敬が消えて遠が厭となる理由の一つである。
「貴様が新しい仲間か。大分若いな」
「というか子供」
「それは貴様もだ」
「フウラは大人」
「年齢も外見も味覚も子供だろう」
「大人。フウラはたいていの自称大人よりも役に立つし、強い。だから大人」
「……好きな食べ物は」
「お肉。あとゼリー」
「大人だな」
「えへへ」
篤哉の評価もそこそこに、好き勝手話始める二人。見た目は親子漫才だ。
「無駄話は後にしろ。今、篤哉をゲルディアス商会館に連れて行った」
気の抜けた雰囲気が、山椒でも撒いたようにぴりりと引き締まる。二人、いや篤哉も含め三人はカルテを注視する。
「まあ、座れ。ああ、椅子は二人掛けか。篤哉はワシの横でよい」
「うい、遠慮なく」
言葉通り遠慮なく、カルテより先に腰を下ろす篤哉。主も部下もそれを咎める様子もなく腰を下ろす。大事なのは些末な礼儀ではない。
「まずは篤哉に二人の簡単な説明をせねばな」
フウラの主な役目は情報収集だ。その小柄な体格や潜伏スキルと加護、時には女であることを利用して探索を行う。女と言っても未成熟な体に欲情する変態はそう多くない……少なくはないが多くもないため、どちらかというと男では入れない場所での探索がしやすいということだ。武芸にも覚えがあり投擲術や絞術と呼ばれる絞め技に特化した柔術のような武術を嗜んでおり荒事にも役に立つ。
バニリスの役職は経済検使長官、通称経検長。経済省内の組織だが、国内の金の流れを全て監察する役職の長であり、他省や商人にも口を挟める権限を持つ。ただし、貴族が自身の領内のみで行う経済活動は監察の対象外である。金関係で融通を利かせたい場合、一番最初に丸め込まねばならない相手であるため送られてくる金品の量はそれこそ山を築けるほどだ。カルテが大臣となった瞬間、いの一番に行ったのは当時の経検長を更迭してバニリスを後釜に据えることであった。バニリスは津波のように押し寄せる賄賂を片手で押し戻せることができる稀有な人材だったのだ。
当時の経検長が蓄えた莫大な財産は、カルテが塵も残さずに吸い取った。【涜職卿】伝説の始まりであるが、その金がどこに流れていくのかは誰も知らない。少なくともカルテの生活に変化はなかった。
「二人のことは気兼ねせずに頼ってよい」
「なるほど。つまり、二人以外は常に疑ってかかれってことだな」
「そういうことだ」
ひねくれた、的を得ている返答に満足げに頷く。
ひとつ咳払いをして、話題は事件探索に移る。
「フウラの報告。薬研一味の足取りはつかめなかった。王都内に隠れ家があるのかもわからない。大人なのに、役に立てなかった。残念」
先程の問答を気にしたように、最後はやや不貞腐れた顔で呟く。
元々どこかの伯爵領で暴れていて王都での犯行は初めてなのだから、根城を用意したにしても即席のものだろう。
続いてバニリスが報告する。
「では、私の報告です。まずは警察の動き。率直に言えば、真面目に捜査する気が毛の先程も感じられませんでした。直に聞くわけにもいかないので状況判断しかできていませんが、それでも捜査に手心以上のものを加えているのは確かでしょう。司法省内の高いところから圧力がかかっている様子です」
カルテの読み通りだ。篤哉は、蟠っている疑問を口にした。
「なあ。その「何者か」が間接的に盗賊の捜査を事実上やめさせたのは、「何者か」にとってどういう意図があったんだろうな」
「……というと?」
篤哉は左目をせわしなく動かしながら話す。
「その「何者か」は薬研一味につかまってほしくないわけだ。権力者が盗賊の身の心配をするからには相当密接な関係があるんだろうけど、どんな関係だろうな」
「………」
「篤哉。おそらく貴様の思う内容が正しい。「何者か」が、盗賊を操ってゲルディアス商会を襲撃させた……カルテ様の支援者を潰すために。我々はそう考えている」
「確証があるのか」
「ない。だが、まずは最悪の前提で動くべきだろう」
最悪の前提。警察の捜査ならば先入観を持って動くのは厳禁だろう。しかし、自分たちの場合は起こりうるうち最悪のシナリオから順に消していくのが最善手だ。バニリスはそう言った。
バニリスが警察関連やゲルディアス商会の金の流れについて調べたことを報告し、フウラが思い出すように二、三報告したが肝心の薬研一味の手掛かりだけは欠片も手に入らなかった。頭のコドラはおろか下っ端一匹網にかからない。
「盗賊のことだ、もう既に王都から遠く離れた地にいるかもしれぬな」
カルテが嘆息しながら言う。
「そうだな……そういえば生き残りが一人いるって言ってなかったか」
答えたのはバニリスだ。側頭を指で押しながら、記憶を引きずり出す。
「確か名前はハース。二十歳になる奉公人で、店の掃除番だった。事件当日は隠し部屋の前を掃除していたところ一回からの絶叫を聞いて部屋の中に飛び込んだらしい。そのまま一晩過ごし、翌朝恐る恐る部屋から出ると死屍累々。そのまま気絶し、目が覚めたのは警察署内だったというわけだ」
唯一の生存者であるハースへの取り調べは粗末なものであった。見聞きしたことを一通り喋らせた後は、詳しいことを探りもせずに放り出したらしい。
「それならそいつに話を聞けば新しいことがわかるかもな」
「そうだな。バニリス、ハースが今どこにいるかわかるか」
「そこまでは……調書を読んだわけではなく、取り調べの部屋を警護していた小者から聞き出した話ですので、全てがわかるわけでは」
悔しそうに歯噛みするバニリスを遮り、華奢な手があがる。
「それは、わかる。ムクナシの書店員が、カロイの林の近くでゲルディアス商会の奉公人を見たって言ってた。ハースは書店の常連だったって」
「それをなぜ早く言わない!カルテ様、カロイの林と言えば風光明媚の地、商人の別荘が多くありますが」
「うむ。ゲルディアスもあの地に別宅を構えていた。奉公人ならば知っているであろう」
家族は皆殺し、野良犬のように警察署をつまみだされ、行く当てもない。幼いころから店の敷地内で暮らしていた若者にとって、知っている家は別宅しかないだろう。
「それでは、篤哉とフウラ。二人はカロイに向かってハースを探して話を聞き出せ。バニリスはワシと共に来い」
「は。かしこまりました。……篤哉、これからよろしく頼む。カルテ様がここまで信頼を寄せる貴様の手腕、見せてみろ。フウラは……くれぐれも調子に乗らないように」
「扱いの差が酷い。あつや、フウラは大人。そして先輩。敬って」
緊張していた雰囲気が、親子漫才で少しだけ緩和した。
フウラから、裏世界で生きてきたにしては邪気のない鳶色の眼を向けられ、尊敬の言葉を要求される。
篤哉は、お望み通りに最大限の敬意を込めて、にっこり笑いながら返答した。
「はい。よろしくお願いしますよ、フウラ先輩。早速くだんの林に案内をお願い出来ますかね、無案内なもので」
「やっぱいい。敬語のはずなのに、すごくむかつく。あとその笑顔もやめて」
捜査、開始。




