凶賊・薬研一味
血と、それを流した者たちの悲鳴が染み込んだ屋内を探索しながら、篤哉はカルテから経緯を聞いている。
ゲルディアス商会は、珈琲や茶等の飲料系嗜好品を扱う店でその系列では王都で最大の商家であった。
王府にも品を納める国家御用達であり、領地を持つ貴族が開催する食事会や茶会では多くの貴族がゲルディアス商会に注文をする。
押しも押されぬ大富豪であり、敵の多いカルテの数少ない支援者であった。
「金銭面の援助も受けたが、何よりこの家は安全だった。ワシのような嫌われ者には、安心して滞在できる他人の家がないのだ。家の中でできない話はこの部屋で行っていた」
二階にある、窓のない内部屋の中で言った。
凶行の時に人がいなかったようで、唯一血の臭いがしない。篤哉は深く息を吸い込んで、吐いた。
二階の一辺にはテラスがあり、そこから下に板ぶき屋根の細長い平屋の建物が見える。
「奉公人の殆どがあそこで暮らしていた。方針でな、奉公人は家族もろとも敷地内に住まわせていたのだ」
家族との距離が離れていると、心細くなることが多いだろう。働きづめで親の死に目に会えないようなことになれば、その後の商売にも身が入らない。
ゲルディアスは殊の外家族の大切さを強調していて、日中も必ず一度は家族と顔を合わせること、家族の体調に異変があれば隠さずに告げることなど、執拗なまでに説いていた。
自身もわずかな暇を見つけては各家を訪ねて言葉を交わすという徹底ぶりだ。
当然のごとく奉公人からは絶大な人気で、旦那様のためならば身を粉にしてでも働くと言って憚らなかった。
そして、実際に粉々にされた。
「賊は【薬研一味】と呼ばれる極め付きの凶賊だ。もともとジェゲイラ伯爵領や周囲の貴族領を荒らしまわっていたらしい」
王都での犯行はこれが初めてだという。
構成人数は不明だが二十人は超さないと予想されている。
頭の名は、コドラというらしい。
異変を察知して、先ほどの密談部屋に隠れていた唯一の生き残りが、扉越しに「コドラの親分」と呼ばれているのを聞いたのだ。
「隠し部屋が最後まで役に立ったわけか。しっかしどう殺されたらここまで血が流れるんだ」
一階の直売ホール、作業部屋、台所。二階の商談室や帳簿管理室、金庫室に商館長の自室。人がいた場所には、余すことなく溢血の痕跡がある。
「遺体は酷い状態だった。禍事の報せを聞いて駆けつけた時に拝ませてもらったが……」
全員、致命傷は首筋を刃物で抉られたことによるものだが、異様なのは遺体の拳だ。
粉砕骨折、文字通り骨がすり潰されたように砕かれていた。
右手の場合もあれば左手もいる。遺体の苦悶の表情と流血の激しさから、死ぬ前に課された苛烈な虐めであることわかった。首から大量に血を流した後では末端まで血が回らず
に拳の流血は少ないはずだからだ。
篤哉が散々繰り返しているように流れた血の量は半端なものではない。拭き取られた今でさえも、血の池地獄で泳いでいるかのような錯覚に襲われる。
その池には五十人を超す人間の悲痛な叫びと困惑が、そして怨念が渦巻いている。
「なるほど……だから【薬研】なのか」
薬研とは薬を加工するための道具で、船のような形状をしており細長く窪んでいる。その窪みに材料を入れ、車と呼ばれる円輪で押しつぶしながら往復させて粉砕し、薬や顔料を作るのである。粉唐辛子の加工にも使われることがある。
盗賊が何を思って人を加工材料のように扱ったのか考えもつかないが、人間の最期としてはあまりにも悲惨だ。ゲルディアスの人柄を聞いただけに、やるせない。
善行を積んだ人間が幸せになれる確証などない。いくら徳を積んでも、報われないことなんて世の中には路傍の石ころのように溢れている。
一方で金のために人間を踏みにじり、家族と幸せを噛みしめながら汗を流して働いていた人間を虐殺した匪賊がどこかで高笑いしているのだ。
「なあ、爺さん」
「どうした」
「俺は……いや、何でもない。説明を続けてくれ」
二人は、ゲルディアスの執務室兼私室にいる。
富豪の部屋にしては金満の驕りが感じられず、むしろ飾りが少ないようにも感じた。
壁には国家御用達の印可状が飾られており、ハープを奏でる女性を模した図が押印されている。国旗もこの図だったが、王家を表す家紋でもあるようだ。
机には高く積まれた書類。殺される直前まで仕事に忙殺されていたはずだ。
「なあ。気になったんだが」
「何だ」
「どうしてこんなに証拠が残ってるんだ?」
先程からあちこち捜査しているが、目の前の書類や帳簿管理室の帳簿など、まるで調べられた様子がない。店の者が全員死んでいるのだから、帳簿を調べなければ盗まれた金額がわからないはずだ。
(あ、そういえば生き残りがいるんだったな……)
「そこだ。ワシもそれに疑問を抱いた。御用達の大商人が殺害されたというのに警察の動きがあまりに鈍い。いくら国が勇者召喚に気を取られているからと言ってあまりにも杜撰すぎる」
そもそも、勇者とかかわりがあるのは騎士軍や魔法隊などで王都の治安を守る警察に深い関係はないはずだ。
つまり、動きが鈍いのは別の事情がある。
「ちょっと待てよ…多分だが警察って組織は司法省の管轄だよな?」
「その通りだ」
「そして、確か爺さんのライバルのディアルの役職は」
「司法大臣、だ」
古今東西、役人の弱点は賄賂と上司の圧力である。今回は、後者が働いたのだろうかと篤哉は邪推した。
「お主の考えが大方正しいだろう。……だが、首謀はおそらくディアル殿ではない」
「どうして」
「あの男は人道を省みるような者ではないが、分別はある。鷹の爪持つ隼は、鴉のように狡猾な知恵も持ち合わせている。政権争いに賊徒を利用するようでは未来はない。その程度のことが分からぬ男ではないわ。十中八九隼に取り入ろうとする燕雀の浅知恵であろう」
推定の体をとっているが、確信しているようだった。
(こんな粗忽なやり方を押し通す奴が、政権の頂点に長く立てるわけがないか)
「じゃあ、司法省の高官か何かか」
「いや、むしろ高官に取り入って大臣にすり寄ろうとしている者であろう。あの四天王も、我先にと味方に引き込むことに躍起になっておるわ」
将を射んとする者、まずは馬を射よというが魔王軍が今にも攻め込むかという時期に味方に弓を引いている現状。これが、アジェル王国の腐敗ぶりである。
館内もあらかた調べ終わったので一階に戻り玄関に向かう。
外に出ると、ようやく新鮮な空気が肺に流れ込んでくる。だが、鼻の粘膜にこびりついた血の臭いは簡単には消えてくれなさそうだ。
「……」
ふと横を見ると、追い出した警察が不貞腐れて座っていた。カルテを気にして発言しないが、用が済んだなら消えてくれと目で訴えている。それこそ射殺さんばかりの憎悪の視線だ。
カルテは声もかけずにさっさと歩いて行ってしまった。
篤哉も後を追い、刺々しい視線を背に受けながら血の館を後にする。
「今更だけど、その札は何なんだよ。どっかの黄門様の薬入れか?」
「何だ、見てはいたのか。これは【玄綬の牘】といって、公人の権利の象徴だ」
穴に通された黒い紐を揺らしながら、説明する。
札には四種類あり、カルテをはじめ四人しか携帯を赦されていない【玄綬】、大臣クラスや軍部の将軍、魔法研究所所長など国家の重鎮は【紺綬】、各省内の中流官僚や局長クラスは【藍綬】、それ以下の一般役人は【灰綬】を与えられ、それぞれの色の紐がくくられているのだ。
特に玄綬には王家の家紋が刻まれており、携帯していればほぼ王族としての扱いを受けることができる。篤哉の譬えも間違いではないのだ。
「あのう、そこのお方」
商館から百メートルほど離れたところで二人は声をかけられた。
声の主は耳の垂れた愛想のよい中年男性で、案ずるような表情を浮かべている。
「どうした」
「いや、先ほどあなた方がゲルディアス商会の館に入って行くのを見かけまして……あそこの警備をしているのがあのゼッペル・バアラックでしたので心配で様子をうかがっていたのですよ」
「あの男は有名なのか」
「いや、それはもう。悪党からも恐れられていますが、国民からはもっと恐れられている男ですよ……」
捕らえた悪党の証言を利用して被害者に強請りを仕掛けたり、人質を取って暴れる酔漢を人質ごと斬り殺したり、その残忍さはこのあたりで知らぬ者はいない。
それでも、犯罪の検挙率は高いし悪行の「後始末」もきちんとこなすので見逃されていたが、最近になって降格処分を受けた。
「それで犯罪現場の警備なんてしてるわけですけどね……そんなわけで、ちょっと心配になったのですよ」
ゼッペル・バアラックは抜群の検挙率を誇るだけあり腕は確かなようで、風の魔法と剣術を組み合わせた戦い方から【嵐】の異名をとるのだという。
「……それは本当だろうな。二日酔いの体だったが体幹はしっかりしていた」
「お主が言うならそうなのだろう。……心配感謝する。お主も気を付けて歩かれよ」
「へ?あ、はい。ありがとうございます」
カルテの言葉遣いに違和感を感じながらも、気のいい福耳男は去っていった。
「篤哉、人間にはああいった面もある。善良な国民が一人でも残っている以上、ワシは泳ぎ続けなければならぬ。涜職だ老害だと言われようがな」
「そうだな。ところで、この後だが」
これから篤哉は凶賊の捜査にあたるのだが、もちろん犯罪捜査の経験などはない。持ち前の観察眼と集中力で考えることができても、そもそものノウハウが不足しているのだ。
「いったん家に帰るぞ。それからワシの部下を二人引き合わせよう」
「私兵の先輩か?」
「厳密には違う。一人は情報収集を担う密偵で、もう一人は本当に部下だ。まあ、会えばわかる」
話しているうちに、ノルブ地区に戻っていた。
時刻は十時半ば、道には買い物に行く使用人やカルテのように登城予定のない人間が歩いている。
青空は晴れて清々しいが、篤哉の鼻の奥には未だに鉄臭さが消えていないのであった。




